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84 大輔、日本に帰る

定例会が無事に終わり、アランをはじめとする全員が帰ってきた。

ヘンリーからの帰宅メールを受け取った俺はすぐにマカナに祝い席の準備を頼んだ。どこかの景色のいいレストランか船上レストランでも貸切ろうか、と逸朗には聞かれたけれども、俺はここでいい、とマカナには手間を掛けさせて申し訳ないが、別荘でパーティをすることにした。


「ここの景色も最高だし、なによりみんな疲れてるはずだし、ここで迎えたいんだ」


そう言った俺に逸朗は微かに笑って、ヴァンパイアは疲れをあまり知らないが、まぁいいか、と小さく呟いた。


ここは俺にとって大切な思い出の場所だ。

みんなが俺の安全のために頑張ったことを知っているだけに、それなのに、俺は逸朗に守られて暢気に幸せに過ごしていたのだから、このくらいは労いたいと思っていた。


その夜はアランの武勇伝をいつになく興奮気味に語るゴードンを中心に楽しく時間が過ぎていった。素晴らしい夜だった。


それから3日後。


「お別れは辛いよ…」


涙を堪えて訴える俺を慰めるようにマカナはぎゅっとハグをしてくれた。そして淹れたての珈琲をテイクアウト用のカップにいれてくれ、味わって飲んでほしいと渡された。


「いいことも、あるかもしれませんし、こうして大輔さまが惜しんでくださるだけで、マカナはしあわせでございます」


目尻に皺をよせ、ふわりと笑って彼女は俺の頭を優しく撫でた。


日本に帰る日が来ていた。

イギリスには戻らず、このまま日本に戻るらしい。

あの日常に戻ることは嬉しかったけれど、マカナの食事や珈琲、そしてヴァンパイアに囲まれていては得られないほんわかとした空気がなくなるのは耐えがたいくらい辛かった。


そんな俺を逸朗は愛おし気に眺めつつ、困ったように眉を下げていた。

ジョシュアに至ってはマカナの拉致作戦を立てて、ヘンリーからこっぴどく叱られていた。


「大輔さま、大丈夫です。いつでもあなたの傍におりますよ、大切な方々は」


最後にそう言うと、迎えの車に俺を押し込んだ。

その姿が見えなくなるまで、俺は窓から身を乗り出して彼女に手を振った。


これほどの別れを演じたのに、逸朗は1日滞在を延ばして、ホテルライフを楽しむと言い出した。ピンク色のパレスのようなホテルのスイートルームでまるでハネムーンのような一晩を過ごしたあと、俺は日本の空港に降り立った。


「疲れた!」


叫んで、逸朗のマンションに入った俺はふわりと香る珈琲の匂いに鼻をひくつかせた。

先にゴードンが帰って来て、用意してくれたんだ、と感謝しつつ、懐かしいハワイアンコナを連想して、また少し悲しくなった。


延泊した最後の夜に逸朗から今後のことも含めて話を聞いた。


アイスラー家は断絶、ヴァンパイアたちは自由になった。

もう一族に力はないが、小百合のように一族を護ることはできる。


「大変だろうが、エミリアやエックハルトのように己の矜持だけで、一族を考えもしない当主を持つより、自由に野良ヴァンパイアをしたほうが幸せだろう」


と言った逸朗の頭の中にふいにひとりの顔が浮かんだようだった。


「ロルフとかいう執事がなかなかの逸材だとアランが言っていたから、きっと彼がまた一族を護って盛り立てていくだろう。エミリアを慕ってもいるみたいだしな」


あんな女のなにがいいのか、さっぱりわからないが、と悪態も忘れないで呟いていた。


バング家は逸朗の管理する会社をひとつ委託することが決まった。

不動産業のようなものらしく、


「黙っていても金が入る仕組みにしてあるから、さすがに潰しはしないだろう」


と、逸朗は面白くなさそうに言っていた。

多額の負債はヴァンヘイデン家が肩代わりし、その返済でしばらくはバング家も悲鳴を上げるだろうが、このまま突き進むよりはマシだろう、ということだった。

どうせマリアンも長く生きるのだし、と投げやりに言って逸朗は俺に圧し掛かってきた。


あの夜を思い出すと、すぐに顔が紅潮する。

それほど激しく、感情のままに求められたのだ。

俺の中に入ってくる彼の冷たさを感じ、強烈に自分が人であることを認識させられた。すると甘やかな吐息を漏らした逸朗が、大輔は温かい、やはり私はヴァンパイアなのだな、と呟き、同じことを考えていたことにさらに歓喜を覚えたことを、思い出すんだ。


魔術会はヴァンヘイデン家へ忠誠を誓ったとおり、クレモンを終生投獄と処断した。

いま彼は魔術会本部のある城の地下牢で、最期の日を迎えるまで過ごしているそうだ。

ヴィクトーはルカの教育に邁進していると聞いた。


そしてヴァンパイア3家がほぼなくなり、ヴァンヘイデン家の天下となった。さらに人狼とは良き隣人となり、魔術会を手中に収めたいま、定例会を開催していた会そのものの存続がどうなるのかと思っていたが、それに関してアランの口から意外な提案がパーティのときに出された。


「会は存続させる。ヴァンヘイデン家をトップにして、それぞれの生活を守り、それぞれの種を支え合うためにも必要な組織だと思うからな。だけど人狼も人、魔術師も人、ヴァンパイアだけが人から抜きんでたものになってしまったから、ここはひとつ考えたんだが」


そこまで言って悪戯心満載の瞳を俺に向けたアランはにやりと笑った。


「大輔に会の会長を頼みたい」


もちろん悲鳴を上げて逃げたのは仕方のないことだったと思う。

けれど、結局、俺は引き受けた。

それが逸朗の伴侶としてヴァンヘイデン家にできることの一つだと考えなおしたからだ。

ということで、俺は学生をしながらヴァンパイア、人狼、魔術師をまとめる仕事を得た。


そんなことを思い出しながら、自分の部屋へ行こうとした俺の耳に柔らかい声が聞こえた。


「おかえりなさいませ、大輔さま」


一瞬、身体が固まる。

すっかり耳に慣れたその声に俺は振り向く勇気がなかった。幻聴だったらどうしよう、という思いが頭を掠め、ぎこちなく声のほうに顔を向ける。


すると珍しくにやにやと笑った逸朗の横にマカナが珈琲をのせたトレーを持って立っていた。


「マカナ!」


俺はすぐに彼女に飛びつこうとして、珈琲を零しそうになる。

逸朗が気を利かせてトレーを受け取ったので、遠慮なく俺は彼女を抱きしめた。


「なんで、どうして、なんで?」


「逸朗さまからのサプライズプレゼントだそうですよ。こちらでお世話になることになったんです」


そしてウインクをした彼女は晴れやかに微笑んで教えてくれた。


「私の名前、マカナはプレゼント、という意味なんです」


こんな最高のプレゼントははじめてだ!と叫びながら彼女を抱えてくるくる回る俺を些か不満そうに逸朗は眺めていた。


明日、完結予定です。長い間読んで下さり、ありがとうございました。

もう一日、よろしくお願いいたします。

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