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83 ヘンリー決着を報告する

ゴードンは王たる資質を眼前で見せつけられ、来る途中で子供のようにはしゃぐアランに苛立って窓で首を挟む愚行を、そして今までしてきた、軽んじた態度をいたく反省した。

そういえば頭を殴り付けたこともある、と思い出し、片手で眼を覆って首を振った。


アランは逸朗の言う通り、素晴らしい当主だった。

とてもアロハシャツでここに来ようとした人物と同一とは考えられない。


そのとき、ベルトランに呼ばれたヘンリーが警備のものを連れて現れた。


ある程度はベルトランから聞いていたものの、テーブルが真っ二つに割られ、その周囲を茫然自失で座り込む面々に、ヴァンヘイデン家の思惑を承知していた人狼たちと小百合が対照的に優雅に談笑している姿はあまりにも異様で、さらに飄々とクレモンを見下しているアランを目の当たりにして、嘆息した。


やりすぎとは言わないが、もう少し混沌とせずにできなかったものか…


そして再度ふたつに割れたテーブルを眼にして天を仰いだ。

ここは借りた場所である。修理代、もしくは弁償代の請求を思うとヘンリーは面倒を思って辟易した。

アランが壊したのだから、その請求はアランの執事が受けるだろう、と考えただけで、ヘンリーは胃の腑にきりきりと痛みを感じた。


あの男は苦手だ。


そう思いながら、もう一度ヘンリーは周囲を見渡した。

ここまで戦意喪失の体でいられるとせっかく連れて来た警備の手も必要ないじゃないか、と思った彼は困ったようにゴードンに視線を送った。が、そのゴードンはキラキラと輝く瞳を珍しくアランに向け、薄く笑うだけ。

なるほど、よっぽどアランは勇猛果敢に戦ったのだ、とヘンリーは理解した。


「さて、あとひとつ、懸念が残っている」


相変わらずの威厳を放ち、アランがぎろりとクレモンを睨みつけた。すでに意識を保っているのかも怪しいクレモンは腰を抜かしたまま身動きもしない。


「今回のことは魔術会、おそらくはクレモンひとりだろうが、中心になって起こしたことだと私は考えている。これは由々しき事態。干渉しないのが我らの鉄則。それを侵した魔術会をいかに処断しようかと…」


そのとき、ヘンリーの後ろからお待ちください、とか細いながらも意思のはっきりした声が上がった。

振り返ったアランはそこにひょろりと背が高く、深くローブを被った男を眼にした。

声は若く、見上げる瞳は綺麗なブルーだった。まだ少年のような身体つきで、震えながらも威厳を出そうと眉毛をきりりと上げてはいるが、残念な猫背のせいで威厳も威圧感もなかった。

そんな彼はクレモンを視界に入れて、痛ましいものでも見るような、もしくは汚らわしいものでも見るような複雑な色あいを瞳に映して、さらに一歩前に出た。


「私はヴィクトー様より次期長の指名をいただきましたルカと申します。このような場での発言、そして紹介になりましたこと、誠に残念です」


アランに対し、深く一礼をして、謝罪の意を示したルカは座り込んでいるクレモンの前までさらに進み出た。


「クレモンのしたこと、到底許していただけるとは思いませんが、これの処分は何卒魔術会にお願いします。そして…」


アランに振り返り、きっと唇を一度きつく引き結んだ。それから深く息を吐く。


「魔術会はヴァンヘイデン家に忠誠を誓います」


微かな戸惑いと僅かな怒りを含んだルカの言葉は静まり返った空間に漂うように響いた。すぐに衣擦れの音がして、アランの眼前にルカが額ずいた。

アランの足の甲に額を置き、さらに足先に口づけを落とした。

その光景にそこここで息をのむ音がしたが、アランの表情は穏やかなまま変わらない。


ここにルカがいることはだれもが知らないことだった。

そしてそう仕向けたのは逸朗だろうと、この場にいるヴァンヘイデン家一族のものは思い、苦い笑いを浮かべた。

最後の最後まで手を抜かない仕事ぶりだ、とアランは感心を通り越して呆れた。

そして勝てない、とも。


「その忠誠、ヴァンヘイデン家当主として有難く受けよう。それに対して私からは信頼を授ける。クレモンを連れて行くといい」


アランの言葉にぱっと顔を上げたルカにさらに追い打ちをかける。


「ただし、相応の処罰を下されよ、でなければ魔術会の忠誠も口先だけのものと看做す」


冷ややかな声に、堅い表情を浮かべたルカはもう一度首を垂れ、はい、と小さく受け入れた。


「結果に納得すれば当家で預かっている魔術師たちもお返しすると約束しよう」


どうやら彼らのことは諦めていたらしいルカが、瞳に堅さを残しつつ喜びに口許を緩めた。それを確認して、アランは大袈裟に首を回してみせた。

きっちり着ていたジャケットのボタンを外し、シャツの襟元も緩める。


「さて、これで私の仕事は終わりだな、やれやれ、なかなかの重労働。ウィルの化け物ぶりがよくわかったよ。あとは頼んだ、ヘンリー、ゴードン」


「はっ!」


首をふりふり部屋を去るアランに応え、ふたりは動き始める。それをみた狼たちはアランにくっついて、退室していった。


ようやく決着をみたのだ、と警備に指示しながらヘンリーは息をついた。




逸朗のスマホが鳴り、ヘンリーからのメールが来たことを知らせた。

プールから上がり、大輔は風呂で冷えた身体を温めている。

逸朗は警護も兼ねて彼が風呂から上がるのをベッドに寝転んで待っていた。

廊下にはジョシュアが立っているはずだ。

そしておそらく同じような内容のメールをダンカンから受け取っているところだろう。

思った逸朗の耳に、果たしてジョシュアの喜びの声が微かに届いた。


「なに、メール?ヘンリー?ゴードン?定例会はうまくいったの?」


バスタオルで髪を拭きながら出てきた大輔は実に暢気に聞いてきた。

普段のアランを見ているのに、彼は少しも疑うことなく、絶対にだれも傷付けることなく、無事に完遂して戻ると信じていた。

逸朗は大輔を手招きして、横に座らせると、彼の髪を丁寧に拭いていく。

ふわりとシャンプーの香りが鼻先をくすぐり、じくりと身体の奥底で欲情したのがわかった。こんなにも簡単に己を忘れて溺れるものか、と思いながら、逸朗はなるべく無心に彼の髪から水気を取り続けた。


「うまくいったようだ。すべてが予定通り。すぐに帰ってくるだろう」


その言葉に本当に嬉しそうに笑って返す大輔を逸朗は押し倒してしまいたいのを我慢する。ヴァンパイアと違って大輔は人だ。ちゃんと乾かさないと風邪をひく。


ルカまでよく引きずり出したな、と最後にあったメールを思い返し、逸朗はふふふ、と笑んだ。クレモンの処置だけが難しかった。魔術会と事を構えて大きくはしたくないが、今後一切ヴァンヘイデン家に手出しはしたくないように、魔術会を押さえてもおきたかった。

そこで逸朗は調べておいた後継者へ連絡をした。

嘘偽りのない報告という名の脅しを。

クレモンを切り捨てるにも、魔術会のナンバー2が引き起こしたことはあまりにも大きすぎたので、関係ないとは言い切れず、迷う魔術会に逸朗は囁いた。


ヴァンヘイデン家に忠誠を誓えば、不問に処す、と。


どうせそうならなくても不問に処すか、クレモンだけを処することになるのは明らかだったのだ。このくらいは脅しをかけたい、とハードルを下げてはいたが、どうやらあの若い魔術師は言葉そのままを実行したらしい、そう思ったら、逸朗は可笑しくなった。


「どうしたの?」


黒く微笑む逸朗を不審げに大輔が覗き込む。

それに首を振ってこたえ、逸朗はドライヤーで愛しい彼の髪を乾かし始めた。

ついでに首元にキスを落としておく。

このくらいはいいだろう、と呟きながら。


これで己の眼の前で幸せそうに座っている男を護ることができた。


その満足感に包まれ、逸朗はこの上なく上機嫌だった。


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