81 第三議題 アラン、反撃開始する
ヴァンヘイデン家をバング家の配下にする、告げたクレモンはアランの視線から逃れるように小さく身を屈め、椅子に埋もれるように座りなおした。
穏やかな表情とは裏腹に、彼から発される殺気が己自身を襲うように覆いかぶさってきているのが肌にピリピリと感じた。
恐ろしい、と口の中で呟く。先程から細かく震える身体を抑えることすらできなかった。
「これはこれは、またもや面白い議題だ。何故あって我が一族がバング家の下に付かねばならない?バング家、アイスラー家、ヴァンヘイデン家はヴァンパイア一族の祖となるもの。それぞれが独立して均衡を保っていたというのに。なにより、アイスラー家の処遇も決まらないうちから当家を配下に、とは、とても頷くことのできるものでもないのは承知だろう」
それから馬鹿にしたようにアランは大きく笑った。
「当家はウィルのおかげで潤っているが、バング家は聞くところによると随分と困窮しているとか。配下はご免被るが、援助なら申し出る心積もりはある。いかがか?」
ゴードンはアランの言葉に鳥肌が立つほど興奮した。
大輔から喧嘩を売るな、と言われてあまり好戦的にはいかない、と穏やかに誓っていたアランが、この期に及んで戦闘態勢に入ったのがわかって、彼を歓喜へと誘った。
ヴァンパイアは基本が好戦的な生き物、こういった命のやり取りのような雰囲気はどこまでも好ましい。
湧き上がる嘲笑をゴードンは必死に堪えた。
ロルフはアランの言葉に戦慄を覚えた。
金がないから資産狙いで落とし込もうとするなら容赦はしない、だが、条件によっては恵んでもいい、の意を暗に発している彼の真意にアイスラー家の取り潰しがあるのではないか。
この状況でバング家がヴァンヘイデン家を吸収するには無理がある。納得するだけの理由もなく、かつ今のところヴァンヘイデン家に非はない。
マリアンはこれをどう持ち込んで、ヴァンヘイデン家を手中にするつもりなのか。
己の思考が追い付かず、思いつかないのか、それともマリアンに作戦などなく、場当たり的に困窮した一族を救うためにやっているのか、ロルフはあまりの状況に困惑を隠せないでいた。
「レディ・マリアン、返答いかんによってはヴァンヘイデン家としてもやりたくないこともやらざるを得なくなる」
アランの顔から表情が消え、射殺すようにマリアンを見据えた。
ふいに気圧されたように彼女の視線が漂ったが、己の後ろに立つ侍従の耳打ちにより、決然と姿勢を正した。
「聞けばウィリアム様の伴侶は聖女の如き血の持ち主だとか。その血を得るため、エックハルト様も強引な手段に出たと聞く」
動揺が残るのか、幾分上ずった声だったが、威厳を示したマリアンに、アランは眉を軽く上げてみせた。
「だとして、なにか問題が?」
「本来、そのような血を得た場合、会に報告があってしかるべき。にもかかわらずそのような報告は本部にすら上がってない。それはウィリアム様、ひいてはヴァンヘイデン家に反意ありと疑われても仕方ないのではないか」
その言葉にアランが大きく嘲笑し、合わせてゴードンまでもが声を上げて笑った。
マリアンもクレモンも、エミリアまでが驚いたように固まった。
「これは失敬。レディ・マリアンともあろう方があまりにも愚にもつかないことをおっしゃるので、我慢できなくなった。申し訳ない」
目尻に滲んだ涙をわざとらしく指で拭う。
「なにをもって反意と看做す?ウィルの伴侶がたまたま貴重な血を持っていたことは事実。だが、それがあって伴侶にしたわけではない。覚えているだろう、傲慢にも己にも王位があると勘違いした挙句、女王暗殺を企て、結果打ち首になった女を。あれがウィルのはじめての伴侶となるべき女だったのに、なる前に逝った、その魂の器がいまの伴侶よ」
そしてアランは強くテーブルを拳で殴った。
一枚板で出来た天然木の分厚いテーブルが、その力に負けてぱっかりと割れた。
座っていた面々が一斉に立ち上がる。
澄まして座っているのはゴードンだけだ。
「あれらはこちらが恥ずかしくなるほどの仲でな、かつてあれほど誰かに心を奪われ、浮つき、恋に翻弄されるウィルを見たことがない。あれも普通の男だったと、改めて実感する日々だ」
ほのぼのとした抑揚とは真逆の拳が、怒りで震えてアランの膝の上にある。
だれもがその拳の行く末を不安な眼差しで見守っていた。
「それを報告がなかったから反意ありとは、笑わせてくれる。この中でだれが伴侶ができるたびに報告をした?たとえそれが古の血であったとして、その必要はあるのか?ウィルは確かに飛びぬけた能力を持った。だが、それで何をした?伴侶を取り返すためにエックハルト殿を弑したが、それだけだ。アイスラー家を破壊したのはゴードンだ。それも一族を思ってのこと、なにを責められることもない」
言って、ひたすら沈黙している全員をねめつける。
その視線の強さに挫けたようにその場のものたちが椅子に崩折れた。
「調べれば、ヴィクトー殿が己の若さを保つため、ヴァンヘイデン家の血を求め、ヴァンパイア狩りをし、あまつさえ一族のヴァンパイアを捕らえ、実験までしていたというではないか。しかもクレモン殿がそれを増長し、一族からかなりの数のヴァンパイアが減らされた。さらにクレモン殿は当家の血を得るため人狼を使って一族のものを害したという話」
クレモンが勢いをつけて立ち上がったものの、アランの言葉で矜持が挫け、その場にヘタるように腰を抜かした。エミリアもロルフも言葉がない。
ひたすら普段は気のいい当主であったアランを食い入るように見つめることしかできなかった。
「そのクレモン殿も魔術会の長の座を狙うため、ヴィクトー殿が指名したものを害そうとヴァンパイアを使った由。それがどうやらバング家のものだとの情報もあり、クレモン殿とレディ・マリアンの関係も見えてきたところ。それを知った上で定例会に参加すれば、ヴァンヘイデン家のみを害するような議題の数々。さすがの私でもおかしいと思うのが普通であろう。なにか言い訳があれば伺うが…?」
ゴードンはこの場の王のように振舞うアランに常にない感動を覚えた。
そしてこれが当主であるならば、ヴァンヘイデン家は永遠であろうと確信した。逸朗が当主を辞退したことをかつて腑に落ちずに責めたこともあったが、彼の選択は間違ってはいなかった。
アランこそ当主に相応しい器の男だ。
これがはじめてゴードンが一族の当主に尊敬の念を持った瞬間だった。
「さて、ここまでの話し合いでは水掛け論になりそうだ、こちらから証拠を提出しようと思う。すべての証拠を、この場で、見せよう」
アランの言葉に呼応したように、ドアがノックされる音が静かに響いた。
だれもがその音に恐怖を感じた。
そしてそのノックにいち早く反応してドアを開けたのはベルトランだった。




