78 定例会が始まりました
本日からまた1回の更新に戻ります。すみませんが、宜しくお付き合いください。
いつもありがとうございます。
ピコン、と大輔のスマホが鳴った。逸朗はそれにちらりと眼をやって、大輔に声を掛けた。すぐに大輔がプールから上がってきて、スマホを手に取る。
「ダンカンからだ」
塗れた手で扱いにくそうだったのを見兼ねたジョシュアがタオルを渡す。それにありがとう、と呟きながら大輔は受け取り、手を拭った。
「えっと…罠がありそう、だけ」
「当然あるだろう」
しれっと逸朗が言った。なにも不思議なことはない、とマカナの用意した傘の添えられたトロピカルカクテルを一口啜る。
「今回の定例会はいままでの情報交換や報告会とは違う。ヴァンヘイデン家だけでも、魔術師とアイスラー家に言わなくてはならないこともあるし、さらにバング家にもそれなりの覚悟を必要としてもらうことになる。回避するためには罠くらいで済めばラッキーだろう」
大輔に手を出され、逸朗自身にも意味不明な結婚話まで出され、そのために拉致監禁まで犯しているアイスラー家にはお家取り潰しまでを覚悟させるつもりでゴードンは動いていた。それだけではない。
そこまで追い込めなければ、アイスラー本家を文字通り潰したヴァンヘイデン家にも同じ危機がある。
お互い、まさに背水の陣なのである。
「むこうは最低共倒れくらいのつもりかもしれないが、こちらはそうではない。魔術会には今後一切の口出しをさせず、アイスラー家は潰れてもらう。バング家に至っては放っておけば勝手に潰れるだろうが、これを機に配下に付けてしまおうと思っている。人狼に関しては今回のことで協力関係を今後とも築いていくつもりだから、ゴードンも必死だろう。どこまでこちらが考えているのか、悟らせないように動いていたから、逆にどう出るかわからず不安なはず。なんの対策もしていないとは考えられない…が、おそらく根回し程度で大したこともできてないとは想定してる」
「…そうかぁ、大丈夫かなぁ…」
不安げに呟いた大輔の手を取り、自分の膝に座らせると、逸朗は優しい光を湛えた瞳を愛しい人に注いだ。
だが、僅かにその瞳には深紅が混じっている。
「なに、死ぬことはないだろう」
その言葉にぞわりと背中を震わせながら、大輔は手の中のスマホをぐっと握りしめた。
その頃…
「本日はお集まりいただきましてありがとうございます」
少々甲高い声を上げた男が大仰な礼をして、その場にいる全員を見渡した。
2階に上がった先の、大広間に円卓が用意されており、それぞれ腹に一物を抱えたような表情で油断なく視線を這わせながら、表面上はにこやかに座っていた。
開会の挨拶および司会は持ち回りとなっており、今回は魔術会の長の番だった。
ということはローブこそ着てないが、あのひょろっとした血の気のなさそうな男がクレモンか、とゴードンは考えた。
魔術会長として名指しされていた名前はクレモンではなかったはずだが、手元の出席名簿にはクレモンの名がしっかりと記載されていた。
「私から今回のメンバーを紹介申し上げたいと思います」
煩いくらいの声で言うと、クレモンは自分の右横から紹介を始めた。
「こちらがバング家当主のマリアン・バング様でございます。付き添いはレディ・マリアンの侍従でベルトラン殿です」
呼ばれたマリアンが軽く頷き、周囲に視線を流した。
ベルトランはマリアンの後ろに立ち、目礼だけ返す。彼の小柄な風体からヴァンパイアではなく人だとわかる。
「その隣がアイスラー家当主エミリア・アイスラー様です。この度エックハルト様にご不幸があり、新たな当主として参加してくださいます。付き添いの方は…」
紹介されたエミリアは顎を少し上げて、鼻で笑うように荒く息を鳴らすと
「アイスラー家の執事、ロルフよ」
と自分の隣に座る男を紹介した。
それに恭しく一礼をして、クレモンは先を進める。
「ロルフ様の隣におられますのが、ヴァンヘイデン家当主アラン・スタンリー・ヴァンヘイデン様、付き添いが…」
「ゴードンと申します。ヴァンヘイデン家の執事をしております」
立ち上がり、華麗な一礼をしてゴードンは名乗った。
「ありがとうございます。ではその隣が…」
言われて立ち上がった男は中肉中背で、とくに目立った特徴はなかった。
黒髪に黒目、襟足の長い髪型から、人狼だと思われる。人狼は鬣のようなものが背中の真ん中を貫くようにあり、首筋まではしっかりとした毛が生えているが、下に行くにつれて少しずつ薄くなっていくので、あまり目立つようなことはない。人と人狼の外見上の違いで一番大きいものがこの鬣だ。
「狼代理として参加しました。三日月ケンジと申します。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げてから、ちらりとアランを覗った。すぐにゴードンが鋭く視線を送り、僅かに頷いてみせた。
それを確認してからケンジは座った。狼が来ていることは知っている。もちろん、狼にも自分が参加することは伝えてある。
だからこそ、狼はあの部屋でアランたちを見送ったのだ。
より効果的に、劇的に、小百合と登場するために。
「付き添いはないようですね、では最後に私が魔術会代表で参加します、クレモンと申します。よろしくお願い致します」
相変わらず大仰な話し方に似合った、大袈裟な一礼をして、もったいぶった態度で椅子を引いて座った。
「クレモン殿、確か長は引退され、新たに長を推薦されたのは貴殿ではなかったかのように思うが…」
低く咎めるようにアランが言ったが、それには曖昧な笑みを浮かべるだけで、返事はなかった。狼も代理で参加しているのだから、魔術会もそれでいい、との見解なんだ、と言外に伝えているような眼でアランを見たあと、マリアンに視線を移した。
「代理、ということでいいのではないか?」
やはりマリアンがアランの疑問に答え、早く議題を、とクレモンを促した。
「では今回の定例会の第一議題を申し上げます」
こほん、と空咳を零してから、クレモンが意地悪く瞳を輝かせ、盛大に声を張り上げて宣言した。
「第一議題、サー・ウィリアム・ピーター・ヴァンヘイデンのエックハルト・アイスラー殺害に関して!」
ゴードンの常から白い顔色が一瞬にして深紅に染まり、アランからは一切の表情が消え去った。マリアンの、扇で隠した口元からふわりと笑みが漏れたのを、クレモンは興奮気味に眺めていた。
けれどなにより大きな反応を示したのは全員を小馬鹿にした態度で座っていたエミリアだった。




