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77 定例会が始まります

小型チャーター機から降りると、すぐ目の前に用意された2台の車に乗り込む。

アメリカの政府専用車風な黒塗りの車はヴァンパイア6人と人狼1人を飲み込むとスムーズに走り出した。

向かう先は丘の上にある広大な牧草地の中にある屋敷のひとつだ。

うねうねと曲がる山道を快適に走り抜ける車窓から、先程のスコールで萌えるような緑になった木々と陽に照らされてキラキラと煌めく遠くの海が見え、その自然そのものの美しさに、さすがのアランも嘆息した。


窓を少し開ければ、潮風の匂いが混じった爽やかな風がそっと頬を撫でる。それが気持ちよくて、子供のように窓を全開にして顔を出したら、ゴードンに無言で窓を閉められ、アランの首が締まるところだった。

ヘンリーが肩を揺らして笑うのを堪えている姿が視界に入り、さらにアランはムスッとした。


「これほど開放的な土地に来てまで堅いな、ゴードン」


いささか棘のある声音で言ったが、言われた本人はどこ吹く風で、前だけを見据えていた。


定例会当日の明け方に突然ハワイへ来たゴードンは大輔への挨拶もないまま、アランの部屋にヘンリーを押し込んできた。そして今回の定例会でヴァンヘイデン家のすべき課題を寝惚けた頭に叩き込むように、かなり乱暴にアランに教示したのだ。

あとから来たダンカンが死んでいるのかと疑いたくなるようにぐったりしたヴィクトーをヘンリーの目の前に転がして、証拠の品でございます、と慇懃にゴードンに言われたときにやっとその衝撃で眼が覚める始末だった。


だからアランもヘンリーも果たして己がゴードンの教えをすべて頭に入れているのか、正直、不安でいっぱいだったが、


「すべては大輔さまをお護りするために必要なことなのでございます」


の一言である程度は腹を括った。

大輔の身に今後、なにかがあれば逸朗が黙ってはいない。

せっかく大きな野望も、無駄な闘争心もなく、ヴァンヘイデン家一族のためだけに努力してきた、あの無欲な逸朗が、己の求めてもいないことを「求めた」と勘違いされて、大輔を攻撃されたら、一体どうなってしまうのか。

それこそ喧嘩を売った魔術会とヴァンパイア一族の壊滅だって有り得るのだ。


「責任重大すぎて、荷が重い…」


散々頭に詰め込まれたアランの最後の言葉がこれだったので、聞いていたヘンリーもゴードンも不安が募ったが、こればかりは仕方ない。

当主なのだからやってもらうしかないのだ。


「坊ちゃんのほうが適任ですが、今の坊ちゃんでは危険でございます。これは覚悟を決めてアラン様にお願い致します」


半分諦めたような表情でゴードンから言われたアランは泣きそうだった。


にもかかわらず、道中窓から顔を出すような子供じみた真似をするのだから、アランもなかなか図太い。ヘンリーは思って苦笑を漏らした。


丘とは聞いていたが、ほとんど山の上に建っている屋敷の玄関前で車が停まった。

すぐに玄関から執事らしき男が飛び出してきて、招待状を確認した。ゴードンが恭しく手渡し、荷物を運ぶように頼むと、ヴァンヘイデン家ご一行と人狼は幾分かの警戒心を露にしながら屋敷の中に足を踏み入れた。


入って手前の暖炉のある部屋に通され、まずはここでお茶でも、ともてなされる。


「ほかの方々は?」


いつものアランからは想像もできない威厳に満ちた太い声で聞けば


「別室にてお待ちいただいております」


との返答があった。

紅茶だけでなく、珈琲をはじめとするドリンクからワインやスコッチまで用意されており、軽食にもなるようなカナッペやサンドイッチ、小さなケーキなどもあったが、だれ一人それを手にするものはなかった。

ヴァンパイアに毒物は効かないというが、実際に服毒したことがあるわけでもなく、敢えて苦しい思いもするつもりもないヴァンパイアたちは気の許せないところでの飲食は控える習慣だった。

狼は小百合が食べないなら、というだけの理由で口にはしなかったが、特別腹が空いたわけでもないので、持参したペットボトルから美味しそうに水を飲んでいた。


「お待たせ致しました。準備が整いましたので、アラン様だけご案内申し上げます」


深々とお辞儀をした執事の言葉にゴードンが気色ばんだ。


「おや、それはおかしいですね。当主とあとひとりは参加できるのが通例のはず」


語尾が鋭く上がり、その抑揚を耳にしただけで、先日の破壊行為を思い出したダンカンがぶるりと身体を震わせた。隣に立つガブリエルはそれを不思議そうに見遣って、ゴードンに視線を投げた。


「申し訳ありませんが、そのように申し伝えられております」


頭を下げたまま執事も一歩も譲らない。

アランが構わない、と言おうと口を開きかけたとき、隣の部屋からも抗議の声が響いてきた。


「私をエミリア・アイスラーと知ってのことかしら?侍従もなく、ひとりで参加なんて恥知らずなこと、できるわけがないでしょう!マリアン・バングはどうしてるの?クレモンは?まさか私だけにひとりで来い、というわけではないでしょうね!」


その声にゴードンがにやりと笑い、執事はドアの前で固まった。

揉めているらしい騒めきのあと、慌てたような足音がして、執成すようにエミリアを諫める男の声が聞こえてきた。


おひとりまではお連れ下さって結構です、と。


「…どうやらそういうことのようですから、ヴァンヘイデン家としてもアラン様おひとりで行かせるわけにはまいりません。わたくしも当然いいですよね」


真っ黒な笑みを口元に浮かべてゴードンが言えば、丸聞こえだった執事としても否とは言えなかった。


マリアン様とクレモン様からのお達しですが…これはお断りが難しいです…


礼をしたまま、頭を上げられない。

いまの表情を見られては絶対に裏工作を見破られる、と感じた執事は深くお辞儀をしたまま、するすると後ろに下がると


「ではお二方をご案内申し上げます。こちらへどうぞ」


と手で、玄関から2階へと続く階段を示した。

幾分申し訳なさそうな顔をしたアランを引き連れるようにして、満足げに頷いたゴードンが進み出た。


その後ろ姿を狼は見送り、小百合が警戒するように周囲を見回した。

なんとも始まる前からきな臭い、と部屋にいた全員が緊張を解くことはなかった。


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