75 アランとヘンリー、正装する
「その格好で行くの?」
朝食にマカナが作ってくれたハワイアンパンケーキのカリカリベーコン添えを食べながら、食卓に現れたアランとヘンリーに聞いた。
アランは定例会出席で、ヘンリーは護衛として現場に向かうことになっているのだが…
「なにかおかしいか?」
自分たちの装いを見下ろしながらヘンリーが言った。
「おかしいところしかないけど」
「これが正装だって聞いた」
アランが座るなり、横から俺のパンケーキを手で掴んで口に放り込んだ。
「確かにそうだけど…」
行儀悪く、パンケーキで汚れた指を舐めているアランにこれ以上の言葉もなく、俺は食べられたパンケーキのお代わりをマカナに頼む。すぐに新しいほかほかのパンケーキが皿に盛られた。
「ハワイは毛嫌いしてたけど、これが正装ならいいよな、俺断然気に入った!」
嬉しそうにヘンリーが笑って、両手を広げて服を自慢した。
素材はシルクのアロハシャツをふたりとも着ていた。しかもハーフパンツで。
さすがにパンツはちゃんとしたスラックスを履くべきだと思っているが、至って本気で正装だと思い込んでいるふたりには言いにくかった。
足元は一応はハイブランドものだけれど、サンダルである。
絶対に普通ならダメだろう、正装である。
ちょっと小洒落たレストランだったら、ドレスコードギリギリアウトの正装だ。
アランは渋めの赤に白のキング・プロテアの柄が入ったシャツを、ヘンリーは濃紺地にボーダーパターンのモンステラの柄が入ったシャツをそれぞれ着ていた。合わせたハーフパンツはどちらもオフホワイトのものだ。
サンダルは瞳の色と同じエメラルドグリーンで、お揃いにしているらしい。
上から下までみてもチャラ気た雰囲気しかないふたりを呆れた顔で眺めていたら、マカナが来て、素敵ですね、と褒めた。
「だろう!」
「はい、とてもお似合いです。今日はお買い物ですか?あ、動物園ですか?」
お揃いコーデでデートでもするのだと思ったらしいマカナが言った。俺と逸朗の関係を知ってもたいして気にもしていなかったので、アランとヘンリーもそういう関係で、小百合と狼の3カップルでハワイ旅行に来ているとでも思っているらしい。
可笑しくて仕方ないが、笑うのを堪える俺はぷるぷると肩が震えてしまう。
「いや、俺たち、今日は会議で…」
「まぁ、そうでしたか」
マカナが舐めるように全身に視線を送り、アランとヘンリーの前のカップに珈琲を注ぎながら困ったように眉を寄せた。
「確かにハワイではアロハシャツは正装ですけれど、ハーフパンツは正装ではございませんし、サンダルではなく革靴を履かれたほうが宜しいかと思います」
マカナの言葉に俺は思わずテーブルの下で小さくガッツポーズを決めた。
そこへゴードンがやってきて、
「イギリス紳士らしからぬ格好で行かれるおつもりですか?お部屋にスーツを用意致しましたので、是非ともそちらをお召しください」
と、ふたりの姿を確認することなく、冷たく言い放った。
アランとヘンリーは項垂れて、
「いや、俺らフランス人だし…」
と多少の抵抗はしつつも、結局すごすごと退散していった。そのふたりを満足げに眼を細めて見送ったゴードンは大輔にほわりと笑い掛けた。
「逸朗はまだ寝てるの?」
「お疲れのご様子でしたので、起こしませんでした。のちほど大輔さまがご朝食をお部屋までお持ちになってくださいますと助かります」
「わかった、マカナ、もう少したら用意してくれる?」
キッチンに向かって頼み、俺はプレートの上に残っているものを勢いよく口に詰めた。
「今日行くのはアランとヘンリーと、ゴードンは…」
「参ります。坊ちゃんは念のため、こちらで待機していただきます。なにかがあったときにヴァンヘイデン家の当主たる方が同じところにおられないほうがなにかと都合が宜しいですから。それからガブリエルはお借りしますが、ダンカンは置いていきます」
その言葉にダンカンが胸の前で拳を握り、ガッツポーズを無言で決める。
「ダンカンも連れて行って。たぶん、そのほうが俺が安心できるから。大丈夫、俺にはジョシュアがいるし、逸朗の傍にいればどうせほかの人は寄りつけないし」
俺の後ろで護衛をしていたジョシュアが腰の横でぐっと拳を握り締め、嬉しそうに笑った。
隣のダンカンは壁に額をつけて深いため息を吐いたが、そんなことは気にしない。
「さようでございますね、ではダンカンも仕方ないので連れて行きましょう。当主ひとりにつき5人までしか付き添いは認められておりませんので、あとは狼を証拠として小百合が付き添いで行くことになるかと思います。ということで、こちらはかなり手薄になりますが…」
逸朗もジョシュアもいるので、さほど心配もしてないのか、ゴードンは軽く頷いて大丈夫ですね、と呟いた。
「うん、気を付けてね。喧嘩はしないで、ちゃんと無事に帰ってきてよ」
その言葉になぜか、護衛の二人が引き攣った笑いを漏らした。
マカナがトレーにパンケーキと果物をのせたプレートと珈琲ポット、そしてカップをのせてテーブルの上に置いた。さらにそこにソーセージとサラダが加わる。
逸朗の朝食だ。
珈琲のカップは2個、俺の分もあるらしい。それに嬉しくなった俺はマカナに礼を言った。
彼女の淹れるハワイアンコナは最高に香ばしくて美味しいんだ。
「喧嘩は致しませんが、それなりの譲歩はしていただく予定でございます」
ゴードンがにっこり笑って言ったが、経験上、その笑顔は信用できない。たいていは誤魔化すなにかを腹に抱えているときにするからだ。
胡乱な眼で彼を見て、俺は黙った。
「…さように睨まれても吐きませんよ、わたくしは」
珍しく困ったように眉を下げた。
多少なりとも疚しい気持ちがあるなら、俺という存在がブレーキになるかもしれない。
そう思って、俺は後ろのダンカンに言った。
「ダンカン、頼むから無事に帰ってくるように、みんなを守ってよ。それからゴードンが悪いことしないように見守ってね」
「それは無理っす、ゴードン様は怖いっすから」
すぐに返事があり、俺は苦笑を漏らした。
「じゃ、わかった、なにかあったらすぐに俺に連絡して。逸朗にチクる」
「わかったっす」
「冷めます、坊ちゃんのご朝食。早くお持ちになって差し上げてください」
仏頂面でダンカンを睨むと、ゴードンはトレーを俺に押し付けてきた。それを受け取って俺は部屋へと向かった。




