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72 そうだ、そろそろ逃げよう!

少し長くなってしまいました。

最後までお付き合いくださると嬉しいです。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。

時は少し遡って…


ジョシュアとダンカンが再会後、脱出計画を話し合った翌週。

塔の窓からダンカンが暇そうに景色を眺めていたときだった。

主屋のほうから忙しなく人が出入りしている様子に気付き、近くの椅子に座って本を読んでいたジョシュアを呼んだ。

あれ以来、ふたりは必ず一緒にいた。

というより、ジョシュアがぶつくさ文句を言いつつも、なぜかダンカンの部屋に入り浸っていた、というのが正しいだろう。

それに対してダンカンは夜寝るときにいなければいい、くらいにしか思っていなかったので、とくに話すことはなくても気にすることなく同じ時間を過ごしていた。


ちなみにメイドはふたりの共有となっており、同じ部屋にいるほうが仕事がしやすい、と可愛らしい仕草とともに言われたことが、ジョシュアが入り浸っていても嫌がらない原因かもしれない。


「なんだよ」


面倒そうに本を閉じて、ジョシュアが近寄ってきた。無言で顎をしゃくり、窓の外を示すと、ダンカンと並んで彼が外に視線を送った。


窓枠にふたり仲良く腕を置いて、凭れて眺める姿を気に留める人はいない。それを気にする余裕がないほどに忙しそうに動き回っていた。

神経を集中して耳を澄ませば、やり取りしている会話が途切れ途切れではあったが、聞こえた。


「定例会、招待状、それから…」


なんとか単語を拾うジョシュアに、小馬鹿にしたような態度でダンカンが鼻で笑った。


「ハワイで5日後、開催、だってよ」


自分より耳のいいヴァンパイアに面白くなさそうな色を浮かべた瞳をじとりと向けて、ジョシュアは先程まで座っていた椅子に戻った。

そして顎に指をあてて、考え込む。その様子を見遣って、ダンカンはしばらく外の気配に集中していたが、とくに重要な情報は得られないと判断して、ジョシュアの近くに椅子を持って移動した。


「5日後、ってことはおそらく24時間以内にはここから主要メンバーがいなくなるね」


傍に座ったダンカンを確認して、小声でジョシュアが呟いた。


「ここの警備は相変わらず、か…」


「僕たちを逃がすのは得策じゃないはずだし、屋敷のほうは手薄になっても、こっちの警備体制は変えないと思う。少しでも減ってくれればやりようもあるけど、このままなら逃げるのはやっぱり難しい」


考え、俯く。


塔は2階部分を居住空間として監禁場所に使われている。

1階と2階を隔てる階段に強固な鉄板入りのドアがあり、その前後に警備兵がひとりずつ24時間体制で立っている。

あとは塔の周囲を、やはり常時10人程度のヴァンパイアがパトロールしていた。

それぞれがそれなりに強い。

ひとりふたりならダンカン一人でも、もしくはジョシュア単体でも問題なく排除可能な程度だが、さすがに数がいると無傷では済まない。

現状、怪我をして治るとしても、一度か二度が限度だった。

ふたりともしばらく人の血を飲んではいないのだ。


それにただ逃げるだけではなく、できればアイスラー家を追い込むだけの確固たる証拠になるものを主屋に侵入して得たいとも考えているジョシュアにとって、塔の警備兵如きに手間取っているわけにはいかなかった。


「味方が欲しいな…」


もう少し、力が欲しい。

圧倒的でなくてもいい、時間を稼げる程度で充分だから、ここから無傷で逃げ出し、主屋で家探しをする時間を稼げるだけの力が欲しかった。


しばらくすると塔の外で人の気配が動いて、声がした。

メイドが夕食を運んできたのだとわかって、ダンカンが色めきだった。


「アリスちゃぁん!」


塔の入り口にいるメイドに窓から身を乗り出してダンカンが大きく手を振った。

下から見上げたメイドが照れたように小さく手を振り返してくれて、さらにダンカンの口から悲鳴じみた歓声が上がった。


「こりゃ、しばらく使いもんにならないね」


呟いてジョシュアは食事のために、テーブルに広げていた本や書類を片付け始めた。


その頃、定例会出席組が大慌てで飛行機に乗り込み、塔の警備は変わらないままだったが、主屋の使用人の数が激減した。

およそ2週間程度、屋敷の主が留守にするとあって、給仕関連の使用人が休暇を取ったためだ。メイドのアリスが食事の用意をしながら


「今日からお休みの方が多いんです。私はおふたりのお世話がありますから休みませんけど、キッチンのほうも人が半分以下になりますし、掃除のほうはほとんどがお休みなんですよ」


「留守中の掃除はどうしてるのぉ?」


テーブルに持ってきた食事を並べるアリスの横でいつも通りに腰をふりふりしながらダンカンが纏わりついているが、それを可笑しそうに笑って上手に彼女はあしらっていた。


「エミリア様がお帰りになられる前に一斉清掃だそうです」


「主屋にはだれもいなくなっちゃうんだねぇ」


パンをバスケットから出しているアリスの手をつまみ食いのフリをして撫でるダンカンに、彼女は可愛くねめつけ、ぱしりと叩いてから、もう少しお待ちください、ダメですよ、こういうお行儀の悪いことは、とダンカンを叱りつけた。


「お屋敷のほうにもおふたりのようにお招きしているお客様がいらしてて、警護をされているようですから、いつもよりは少ないとはいえ、人はおりますよ」


さて、出来ましたので、召し上がれ、と両手を広げてアリスがテーブルを示した。

嬉しそうに座って、パンにかじりつくダンカンを半眼で睨みながら、ジョシュアは静かにスープを飲み始めた。

ふたりがおとなしく食事を始めたのを見て、彼女は洗濯ものを回収して、風呂の準備を始めた。さらにベッドメイキングをさっとしてから、塔から去っていった。


ダンカンが来てから気安く彼女に話しかけることもあって、アリスは最近、よくしゃべっていくようになった。おかげで主屋の様子を知ることが容易になり、ジョシュアは今回もいろいろと情報を仕入れて、表情こそ出さないが満足した。


主屋に迎えている客人はおそらくヴィクトーだろう。

できればクレモンとマリアン・バングの関係も明らかにできるような証拠が欲しいが、ヴィクトーが証言すれば、おのずとその関係性が公にできるに違いない。

だとしたら、ヴィクトーの確保は急務であり、必須だった。


ハワイまでの距離と時間を考えると、暢気に食事をしている場合ではないのだが、警備体制が目下の難題になっていた。

少し固くなったパンを咀嚼しながら、ジョシュアはどう対応していこうか、無言で考えていた。


主屋の使用人は人間が多い。

アリスも人間だった。警備兵はヴァンパイアで構成されている。

人間が多いせいか、使用人は住み込みでなく、夜には帰る。

屋敷の中にいるのはヴァンパイアだけ、という状況になる。


これもアリスからダンカンが無意識で聞きだした情報の一つだった。ただしエミリアをはじめとするヴァンパイアたちが人とは違うものだという認識はないようだった。


ならば、決行は今夜、人が帰ったあとだ。

大輔のことを考えると、ジョシュアは人を殺すようなことはしたくなかった。

少なくとも害為す人以外は殺すべきではない、と考えている。そうでなければ己が主と定めた人の前で胸を張って跪けないと思っていた。


「妖怪女好き」


呼べば不本意ながらもダンカンは眼を上げる。


「今夜、やる」


それには薄く笑って頷いた。


「人手も力も足りない。ダンカンが警備を引き付けてくれ、僕が主屋を探る」


外のヴァンパイアに聞かれないよう、極小の囁きだったが、彼はしっかりと聞き取った。

ジョシュアよりダンカンのほうが素手での戦闘は向いている。ジョシュアは剣ではなかなか戦うが、素手は弱い。

少なくとも武器を持ったヴァンパイア相手に陽動作戦を仕掛けられるほどの力量はない。

それをお互いに承知しているので、納得済みの作戦だったが…


「それ以前の問題で、どうやってここから出るよ?」


冷めたスープを一気に飲んで、パンを流し込んだダンカンが腹を摩りながら当然の疑問を口にした。


「それなんだよなぁ…」


ため息交じりに言ったジョシュアはすでに食後の珈琲を淹れている。

鉄板入りのドアも問題だが、そこに張り付いている警備も問題だった。

こちら側の警備兵を倒すのは容易いが、ドアを破壊するのが難しい。無音で行いたいが、それはさすがに無理だろう。

壊している間に警備が集まれば、ふたりで戦っても切り抜けるのは難しいだろう。

窓から飛び降りることも考えたが、やはり警備の眼を掻い潜るのはさらに難しいと思われた。常に5人は窓の下にいる。

ひとりふたりはやれても、一度に5人を相手にするのは厳しいと判断せざるを得ない。


そのとき使用人の帰宅時間が来たのか、外の気配が賑やかになった。

もう悩む時間すら残されていない状況にジョシュアの焦燥感は募る。

どうする?

どうすれば無傷で乗り切れる?


ふいにダンカンが立ち上がり、窓に向かって歩いて行った。

そして窓枠に隠れるように立って、外の様子をそっと覗き込んだ。しばらく様子を伺っていた彼の口元がにやりと歪んだ。


「問題、解決、しそうだ」


その呟きが聞こえたと同時に、塔の外から呻き声が静かに上がった。

はっとしてジョシュアが耳を聳てる。

ダンカンは窓から躊躇うことなく姿を消した。


「情けない、こんな緩い警備に、逃げることも出来ないとは…!」


そこには薄闇の中、飄々とした態度で両手に2人のヴァンパイアの首を押さえつけたゴードンがいた。

ジョシュアの胸に希望の炎が一気に燃え広がった。


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