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70 そうだ、ハワイに行こう!

「茂さん、準備はできた?」


ケンジから送られてきた額をひとつだけ抱えた狼に俺は声を掛けた。

小百合とふたりで持ち物をチェックしたあと、頷いてみせたので、満足した俺はヘンリーの荷物に視線を送った。


小百合に言われてから、俺は狼を茂さんと呼ぶようになった。

はじめて呼んだときは狼も珍しく狼狽した表情を表に出したが、すぐににやりと笑って、逸朗へと視線を送っていた。

名前を呼んだ事実に、無表情のままふるふると細かく身体を震わせている彼の姿に、狼と小百合が額を寄せ合って囁き合い、すぐに弾けるように笑った。


なるほど、小百合が、俺が名前を呼んでも嫌がらない、と言ったのはこういうことか、と納得したが、いちいち誰かの名前を呼ぶたびに逸朗に気を使うのもどうかと思ったので、そのまま茂さん、と呼ぶことにして今に至る。

相変わらず狼を茂さん、と呼ぶと、一瞬逸朗が固まるが、俺は気にすること自体を放棄した。


ダンカンがいないので、俺には新しい護衛が付いた。

小百合が護衛を引き受けると言ってくれたのに、逸朗が即座に却下したからだ。

理由は言わずもがな、である。


アランの一族のひとりで、ガブリエルという綺麗な男の子だった。

年齢的なものでいえば、俺よりはるかに年上なのだろうが、見た目は15歳くらいにしか見えない。本当に子どものようで、護衛として大丈夫なのか、逸朗は不安そうにしていたが、アランが一流の護衛だ、と胸張って請け負ったので、俺は彼を受け入れた。

実際、ダンカン以上に神経を張り巡らせ、ダンカンとは比べ物にならないくらい俺に対して騎士として振舞った。

騒動が起きていないので、強いかどうかはまだわからないが、ヘンリー曰く


「一流の護衛って、アランは言ってるけど、あいつの特技は暗殺だからな」


とのことなので、どうやらそういった方面ではピカ一の人材らしい。

どういう特技であれ、俺を殺すようなことさえしなければいいや、というくらいには達観してきた自分を褒めてあげたいと最近は思っている。

だれでも周囲をヴァンパイアで囲まれれば、俺のようになるのは仕方のないことだと思う。


「お車の用意が出来ました」


ゴードンが玄関から入ってきて、ホールに集まった人を見渡したあと、言った。

すぐに逸朗が動き出す。


いまから俺たちは定例会が行われるハワイへと飛ぶんだ。


え?ハワイ?


はじめて場所を聞いたとき、俺は本当に目が点になった。

絶対にヨーロッパのどこかだと信じて疑っていなかったからこそ、突然耳にしたハワイという単語が信じられなかった。


定例会自体が不定期に行われ、場所は開催5日前まで秘匿されるらしい。

今回もヨーロッパだろうと目算していた逸朗たちはイギリスで待機していたのだが、前日届いた招待状の内容に、全員が崩れ落ちた。


「ハワイって、どうよ?」


ヘンリーが悲鳴に近い声を上げ、


「俺は持ってない」


とアランが叫び、


「ゴードン、すぐにホテルを用意しろ」


と逸朗が指示を出す。


さすがにハワイに別荘はないらしいヴァンヘイデン家のみなさんは大慌てで飛行機からホテルの手配に奔走していた。

俺と小百合だけは暢気に構え、狼ははじめてのハワイに嬉しそうに荷造りをはじめていた。


俺にとってもはじめてのハワイ。

胸が高鳴る。

一度は行きたかった、憧れのハワイ。

大好きな逸朗と行けるなんて、夢のようだ、とわくわくした。


ある程度の手配が無事に終わり、ホッと一息ついたとき、逸朗が蕩けた瞳を向けて


「せっかくのハワイだし、このまま結婚式でも挙げてみるか?」


と囁いたときには心臓が跳ねて、身体から飛び出すかと思った。


「逸朗が言うと冗談に聞こえないから、やめて!」


押し倒そうとする逸朗から逃げるように俺は彼の部屋から飛び出した。

定例会のついでに結婚式なんて、しんどすぎるよ、と叫びながら…


叫びが聞こえたらしいヘンリーが大爆笑していたらしいことはあとで聞いた。

ちょっとムカついたので、後日、通り過ぎざまに殴ってやった。

殴ったこっちの拳のほうが痛かったのは自業自得なので、我慢する。


とにかく慌ただしく準備が進められ、やっと飛行機に乗ることができたのが、招待状が届いてから26時間後のことだった。


今回もプライベートジェットだが、メンバーに小百合と狼が追加された。

代わりにゴードンが不参加だった。

もちろん、それはアイスラー家に仇為すためなのだが…


結局、なにをするのか、教えてくれないまま、ゴードンとは別れた。

別れ際、満面の笑みを浮かべてゴードンは一礼した。


「大輔さま、坊ちゃんをお願い致します。わたくしはツケを払わせに参ります。ご心配なきよう、きちんときっちり、払っていただく所存でございますので」


美しいはずの笑顔がどす黒く輝いたように見えたのは俺の気のせいではないはずだ。

引き攣った笑いを浮かべるのが精いっぱいだったのは仕方のないことだと思う。

ひたすら無事に戻ってくることをゴードンに嘆願して、俺はゴードンの手を握った。


ゴードンが無事ならいい、そこにジョシュアと、ついでにダンカンも一緒に無事なら、最高だ、と俺は伝えることしかできなかった。


不敵に笑うゴードンを、逸朗は不安そうに見つめていたが、首をひとつ振ると、吹っ切ったかのように彼と握手をして別れていた。


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