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7 はじめての同棲?

ヘンリーは走る。

山の中、木々を避けるように身を翻しながら、飛ぶように走る。


かすかに臭う、人狼の獣臭を追って。


やっと見つけた臭跡を失いたくはない。

普段あまり自分に対して表情を見せない逸朗を怒らせたくはない。あれは怒ると手に負えない。1か月くらいは身動き取れなくなるくらいに、こちらを壊すほど暴れる。

今までかなりの時間を掛けて、人狼を追ってきた。

あの逸朗がよくもこれほど時間を与えたと、ヘンリーは思う。

難しいことがわかっているからこそ、時間をくれたのだと理解はしているが、それも長い時間を残されていないのも確かだった。

ヘンリーも普通よりは気が短いが、この一族のほとんどはさらに短い。

もちろん逸朗もヘンリーほど気長な体質ではない。

ここで見失えば、次にいつこの臭いを辿れるのか、わからないからこそ、ヘンリーは走った。



「ウィルか?」


スマホを耳に当て、吐息のように逸朗の名前を口にした。


「いたのか?」


「あぁ、見つけた。若い。たぶん、8人」


しばらくの沈黙、そして冷たく言い放つ。


「群れならトップを残して、群れでなければ一番弱いものを残して、殲滅しろ」


「承知」


短く答えて、ヘンリーは視線の先にある、山小屋へと走った。




「んで、これ、なんなの?」


あれから逸朗の肩に無理やり抱え上げられ、有無も言わせず拉致られた挙句、見たこともないような超高級マンションへと連れてこられた俺はかなり機嫌が悪かった。


「なんだ、抱え上げ方が気に入らなかったのか?」


含み笑いの逸朗が俺の頭をくしゃりと撫でた。


「そりゃ、普通は抱えるっていったらお姫様だっこですよねぇ、って違う!!」


「それは女性専用だろ」


上機嫌に俺の横に座ってにこにこしている逸朗を気味悪げに見ていたヘンリーがツッコんだ。


「そういうことじゃないでしょ、結局俺は服もカバンも充電器もなんにも持ってきてないんだよ?手にしてたスマホが唯一の持ち物て、ありえなくない?」


「それはあとから持ってきてもらう。服は私が選ぶ。大輔はここにいればいい」


そう言って、ぐっと俺の腰を抱き寄せる。

そして耳元で囁くんだ。


「すべては私に任せておけばいいのだ、すぐに慣れる」


甘い甘い、低い声。思わず背筋にぞくりと快感が走った気がする。


「ところで、本当にこれ、なんなんですか?」


逸朗にがっちりホールドされている俺は顎でしゃくって、床に転がされている男を示す。

灰色がかった襟足の長い髪に隠れて顔は見えないが、両手足を拘束された男が目の前にいた。

地下駐車場からエレベーターに乗り込み、カードキーをかざし、上ったペントハウス、そのエレベーターの扉があいた、まさにそこに広がっている居間に俺が連れてこられた直後、男を担いだヘンリーがやってきて、床に転がしたままの状態である。


「これか、人狼だ」


つまらなそうに逸朗は言った。

今までのにこにこが嘘のように消えて、幾分怒気をはらんだ無表情。


「生きてるんですか?さっきから全然動きませんけど」


「生かしてはある」


ヘンリーが素っ気なく答えてから、男を無造作に蹴り上げた。

ぐっ!と小さくうめき声がして、ほらな、と俺を見た。


「人狼って?」


「人、だな」


「うむ、人ではある」


でも人狼ってことはオオカミ関係なわけで、それは人とはちょっと違うのでは?と思う俺の視線を受けた逸朗は嬉々として説明を始めた。


「人であって、人でない、というべきか?ヴァンパイアは人から成ったものだとしたら、人狼は人として人種が違う、といえばいいだろうか。多少、獣と混じっているというほうが正確かもしれない」


「じゃ、本当に満月でオオカミになったり?」


「オオカミなることはないらしい。潮の満ち引きに関係してホルモンバランスが崩れやすい、それが崩れたときかなり野性味が帯びるが基本は人と変わらない。ただ身体能力が常から高い。もっともヴァンパイアほどではないらしいが」


くつくつと低く笑い、逸朗はそっと俺の頬に触れる。

血が通ってないような冷たい指先がふわりと触れては離れていくのを先ほどから繰り返していた。


「ところが最近、少々荒いものたちが出てきて、やたらに人を襲っているとの情報があってな。それでヘンリーに調査をさせていた」


「やっとだよ、やっと。今回は長かったわ。ついでにいうと荒れてるのは人狼だけじゃねぇえ。ヴァンパイアも、だ。さっきゴードンから連絡があって、フランスの若いやつら、かなりの人数を捕らえたらしいぜ」


「アメリカには行ってないのか?」


ちろりとねめつけるようにヘンリーを見て、逸朗は不満そうに言った。


「いや、それをやってから、らしいから、今頃ニューヨークあたりじゃね?」


ヘンリーがそう答えたとき、マンションの正面玄関からの呼び出し音が室内に響いた。

嬉しそうに逸朗は立ち上がると、いそいそと対応しに行く。

それを呆れたように見やって、ヘンリーは大袈裟にため息をついた。


「あれの一族での通り名、知っているか?」


フルフルと首を振った俺にいたずらっ子のように目を細めてから


「絶対零度の氷の騎士、だったんだけどな」


と教えてくれた。

なるほど、准教授としての微笑みは対世間用の武器、そして一族には氷の面が武器、けれど俺には甘いご尊顔が武器なわけだ、と考えて、急に恥ずかしくなって俯いてしまった。


「あまり近寄るな、汚れる」


戻ってきた逸朗が絶対零度の名に相応しい温度で牽制してから、続いて入ってきた男を俺に紹介する。


「大輔、こちらは百貨店の外商の方だ。すまないが早急にいるものがある、みたててやってくれないか?」


その一言で、俺はカタログと持ち込まれた服やらとの格闘が始まり、その間ずっと逸朗はご機嫌だった。それを見て肩をすくめたヘンリーは未だ気を失ったままの男を引きずるようにして隣室へと運んで行った。


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