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67 逸朗、求婚される

アランの言葉に絶句した俺が


「な、」


と言葉にならない音を口にしようと唇を開きかけたとき


「なに言ってんだ!あの色ボケバカ女はッ!!」


という強烈なセリフを逸朗が怒鳴り散らし、アランも俺もきょとんとしてしまった。

しばらくの沈黙のあと、アランが弾かれたように腹を抱えて笑い出した。


ひーひー笑いながらウィルの口から出たもんとは思えねぇ、と絞り出すように言い、ばんばんと俺の背中を叩いた。

痛い、とは思うけれど、怒りで震える逸朗に抱きしめられているので逃げようもない。

一頻り笑い尽くすと、眼に涙を溜めたままのアランが小馬鹿にするように


「こんなことがあったから両家のためにも縁戚を、って言いやがったんだ」


と宣った。


「今時どの時代錯誤が縁戚などとふざけたことを抜かすんだ、あれは本当になにを考えているんだ、まったく」


憤懣やるかたない逸朗が唇をほぼ動かさずに低く唸る。

小さく片手を上げた俺はアランに視線を送った。


「質問」


ん?とアランが瞳を俺に寄越す。


「ヴァンパイアにも結婚っていう感覚があるもんなの?」


小首を傾げた逸朗が急にぱっと表情を輝かせた。


「結婚したいのか?」


「違う、逸朗には聞いてないし」


キスをしようとする逸朗の顔を掌で押しのける。

不満そうな呻きが漏れるが、気にせずにいたら、ぺろりと掌を舐められて、思わず、ひぇ、と悲鳴を上げてしまった。


「そもそも俺らは戸籍さえ、作り物だからな、伴侶にする意識はあっても結婚って儀式めいた感覚は持ち合わせてないなぁ」


俺と逸朗のやりとりをにやにや観察していたアランが教えてくれた。

そうだろう、どこの世界に何百年と生きている人間のリアルな戸籍が存在するというのか。ならばエミリアと逸朗が結婚するメリットってあるのだろうか。


「大輔のことは愛人でいいそうだ、週に一度くらいは通うのを許す、とのお優しい条件まで付けてたぞ。伴侶は諦めるが、妻にはまだなれる、というのがあちらの持論らしい」


「それって政治的な意味合いよりも、逸朗に対する気持ちのほうが本音ってこと?」


怒りのあまり噛みしめた歯の隙間から唸り声しか出せない逸朗を宥めるように俺は髪を漉きながら聞いた。それには肯定の軽い頷きが返ってきた。


エミリアは逸朗が好きなんだ…


すとん、とその思いが胸に落ちて、俺はなんだか拍子抜けした。

政治的な意味合いで提案されたら、男である俺には回避が難しい事案だと思っていたけれど、恋愛感情的なものなら、そんなもの履いて捨ててしまえばいい。

横恋慕ほど煩わしいものはない。

昔から言われてるでしょ、馬に蹴られて死んじまえ!って。


「彼女は何を根拠にそれを逸朗が受け入れるって思ったんだろう?」


「俺もそれが不思議でな、アイスラー家の血筋ってのは出会う人皆絶対に自分を好きになると思い込む病にかかってるんじゃないか、って疑ったよ。埒も開かない話をしても時間の無駄だとウィルの代わりにダンカンを紹介しておいた」


くつくつ笑って


「嬉しそうに、さっき腰を振りながらエミリアを送りにあいつはドイツまで行くって出掛けて行ったぞ、言うの忘れてたけど」


俺の護衛は?


言葉にならないツッコみを心に浮かべて、曖昧に笑った。

ダンカンらしいと言えばダンカンらしいが…


「しかしあいつはヴァンヘイデン一族だが、おまえの直系じゃないだろう」


帰って来なかったらだれを次の護衛にしようかと、呟きながら逸朗が言い、アランはさらに思い出したかのようにぱん、と両手を合わせた。


「そうだ、もうひとつ報告があった。しまったな、こっちのほうが大事だったのに」


「おまえな、当主なんだからしっかりしろ、アラン」


呆れたように逸朗が言って、俺を抱き直す。

重いなら下ろしてよ、と頼むが、彼の腕から力は抜けない。ため息をついて、仕方なく俺が身体から力を抜いた。

当主がアランだとはじめて聞いたが、なんとなくそうだろう、と思っていたので、あまり驚きはなかったが…


「すまんすまん、あんまりふたりの仲が良いから結婚の話のほうが印象が強くって」


頭を掻きながら笑ったアランが悪戯っ子のように瞳を鮮やかなグリーンに輝かせた。


「結婚の報告を定例会でしたい、ということでな、その見返りにあちらさんで預かっているジョシュアを返還してもいい、との申し出だ」


「ジョシュアが!」


それだけを叫んで俺は絶句した。


「なるほど、結婚しなければ証人として貴重なジョシュアを渡さないってことか」


淡々と言い募る逸朗の表情とは裏腹に、俺を抱く腕に巻き付くように力が籠る。

不安になった俺が彼の顔を覗き込むが、視線が合うとふわりと柔らかい光を湛えて眼を細めた。


「だがなぁ、こちらの手持ちの証拠で充分に戦える状況だからなぁ、正直ジョシュアが交渉カードに上がっても、こちらとしては乗り切れない話だよな。ましてやこちらから切るカードがウィルだろ、あり得ないよ」


アランの言葉に逸朗が首を振った。それを不思議そうにアランは見た。


「大輔だ、大輔がいるからジョシュアに価値が出る」


だろう、と逸朗が俺に視線を送る。


「大輔にとってジョシュアは兄みたいな存在になっているんだ。騙されて拉致されても、まだ彼を大切だと、感じているんだろう?」


哀しそうな表情の彼に頷くのは難しかったが、俺は正直に肯定した。


「強引にでも取り返したいが、アイスラー家に匿われたのでは、いまこの時期はかなり厳しい。それも計算尽くだろう。どうしたものか…」


「ジョシュアは取り返したいけど、だからって逸朗に奥さんが来るのは我慢できない」


俺の言葉に逸朗はとても嬉しそうに微笑んだ。

ぐっと腰を抱き寄せ、唇を合わせてくるので、それは受け入れた。


「俺はウィルに嫁が来るのは嫌じゃないが、あれが相手なのは我慢できない」


言ったアランの頭に拳が落ちた。

驚いて見上げると、そこにはいつの間に来たのか、ゴードンが紅茶を持って立っていた。


「伴侶はすでに大輔さまです。坊ちゃんにはそれ以外の方は必要ございません。アラン様といえど、言葉にはお気を付けください」


殴られた頭を摩りながら、アランの口から冗談もわからないのかよ、という呟きが漏れた。

ゴードンに逸朗ネタの冗談は通じません、と俺は心の中でふふふ、と笑んだ。

今回はゴードンに勝利の赤旗を振ってあげたい気分だった。


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