65 逸朗、大輔に妬かれたい
大輔が私を愛していることはわかっている。
それでも私は確信を得たくて、ミーナに毎晩電話をする。
エックハルトになにを言ったのか、大輔が私をどれほど大事に想ってくれているのか、何度も聞いて、そのたびに満足して、でもすぐにまた確信を得たくて、ダンカンの部屋にまで毎晩通った。
先日、とうとうSDカードを手渡されたので、以来、不安が募ると聞くようになった。
とくに
『俺は逸朗に愛されて、その証に血を与えた。俺は満足して、幸せいっぱいで彼に抱かれたんですよ』
の件はなんど聞いても顔がにやけてしまう。
そこだけ抜粋して一日中流し続けようかと、本気で悩んでいるくらいだ。
ゴードンから大輔が恥ずかしがるだろうし、それをする私に対して引くだろう、と進言されたので我慢しているが、愛しい彼が許してくれたら、全館に響き渡るように盛大に流してやろうと、今でも考えてはいる。
大輔は私のものだと、世界中に触れて歩きたいくらいなのに、私のできることと言えば、密やかに彼の首筋に私の印を残すことくらいだ。
不満で仕方ない。
それすらも大輔が嫌がるから、見えないところに限定されてしまい、私の不満は募るばかりだった。
不満、というのか、不安というのか。
私が愛するように大輔に愛されている自信が未だに持てない己を情けなく思いつつも、あまりそれを言葉にしない彼が悪いと、責任転嫁したりもしている。
ときおり、愛してると言ってくれるが、私ほど毎日毎晩、伝えてはくれない。
私は毎秒でも言いたいのに、口にしようとすると、大輔が押さえてしまう。
掌で物理的に押さえることもあれば、唇で塞ぐこともあるが、一番多いのが話題転換だった。
これをされると私にとって美味しいことはなにもない。
触れることもなく、愛を語ることもなく、実に欲求不満だった。
護衛だからと、ダンカンに隣室を与えたことも間違えだった。
愛しいと想う感情のまま、大輔を抱こうとすると
「隣にダンカンがいるから、ダメだよ」
と何度も断られている。
私の部屋での情事はよく、大輔の部屋では禁止、という不文律までできてしまった。おかげで大輔が自分の部屋から出てこないときは添い寝しかさせてくれなくなった。
これもまた私を非常に苛立たせている。
さらに追い打ちをかけるように定例会が近付き、忙しさが倍増した。
大輔を補充する時間すら難しくなっている現状に、もう少しで爆発しそうになっていたときにエミリア・アイスラーが来訪した。
許されるなら、この場で殺してやろうかというくらいには殺気立った。
私はこの女が大嫌いだ。
もしかしたらエックハルトよりもはるかに嫌いかもしれない。
昔から私に色目を使うくせにゴードンに対して傲慢な態度をとるのが、絶妙に私をイラつかせていたからだ。
エミリアは昔からエックハルトを目の敵にしていた。
ヴァンパイアとしての力量はエックハルトが優れていたが、残忍さでいえばエミリアのほうが上だった。アイスラー家でもエックハルト派とエミリア派で二分していたくらいだから、どちらが当主でもおかしくない状況だったのだろう。
エックハルトが私に敵愾心を持つように、彼女も彼に対して対抗心が強かったのだ。
だからこそ、私を誘惑しようと何度も深夜に襲われかけたが、そのたびに撃退していたのがゴードンだった。
伴侶になるように圧力をかけられたことも数度ではない。
あれを伴侶だと私が感じていないのだから、あれが私を伴侶だと思い込んでいるだけなのは確かなのに、ヴァンパイアのくせにそれが理解できない。すかすかの脳を頭に詰め込んでいるからか、恥ずかしげもなく、幾たびも脅し、襲い、口説き、誘い…
そんな彼女の言動にいい加減疲れてきた頃、エックハルトが当主になった。
それをきっかけに私に構っている場合ではなくなったのか、大波が引くように私から離れていった。
あのときの開放感は忘れられない。
空が青いことにも、浮いている雲が可愛らしいことにも、肺に入る空気が清々しいことも、庭に咲く花の儚い美しさにも、はじめて気付いたかのような爽快感だった。
なのに、また、あの面倒な女が目の前に現れた。
うんざりした気分でサロンに向かう。
大輔に会わせたくはなかったが、一緒に来ない選択をされたことは私の心に小さくないショックを与えた。
伴侶として傍にいてほしかったのか、とそのとき気付いた。
溜息をつきながらサロンへ入った私の視界に、図書室で様子を伺っている3人の姿が入ってきた。ヘンリーは状況把握のためだろうが、ダンカンは護衛のためではないだろう。
その熱い視線はエミリアの零れそうな乳房に釘付けだからすぐにわかる。
大輔の瞳が不安そうに揺れていることに気付いたとき、私の心が晴渡る青空のように広がった。
もしかしなくても大輔が嫉妬してるのか?
そう思ったら、胸が躍る。
跳ねまわる。
心臓がきゅっと縮んだ気がした。
気分が高揚し、思わず顔がにやけそうになったので、一切の感情を表情から捨て去った。
エミリアに勘違いされるのだけはご免被る。
腕に胸を押し付けられようと、脚を絡めてこようと、俺は身動き一つしないで耐えた。
眉一つだって動かさない。
エミリアがなにか言っているが、私の全神経は大輔に集中していたので、まったく記憶に残っていない。
なにも言わなければ確約したことにはならないので、ひたすら無言を貫く。
そうしながらちらちらと大輔を伺う。
嫉妬で虚ろな表情を浮かべている愛しい彼を視界に捕らえて、私の歓喜は頂上を迎えた。
気付けば無反応な私に焦れたエミリアがキスをしようと汚い顔を寄せて来ていた。
さすがにそれには耐えきれず、彼女を押しのけ、退室しようと立ち上がった。
そこにアランが来たので、好都合だった。
逸る気持ちを抑えて、大輔のところへ向かおうとした私の眼にヘンリーに抱かれている彼の姿が映った。
サンバでもなんでも踊りまくっていた胸が急激に冷えていく。
ヘンリーの胸に縋りつく彼の姿に、込み上げる吐き気を我慢できなかった。
どす黒く殺気立つ、この感情をどうすればいいのだろう…
私は逃げるように自室に向かった。
私は一体、何がしたかったのだろう。
それよりも私はなにをしてしまったのだろう。
なにを求めていたのだろう。
だれよりも愛し、何よりも大切にしている彼を泣かせてまで、私はなにを得たかったのだろう。
答えの出ない自問自答と露になった己の愚かさに、頭を抱えることしかできなかった。




