62 ミーナ、深夜のラブコール
午前2時32分。
今日もまた私のスマホからお気に入りのエド・シーランが静かに流れ始める。
着信の表示はウィリアム様。
これはヴィクトーの屋敷から救出されてから続く連続連夜のラブコール。
初日は驚きのあまり、スマホを持つ手が震え、その翌日はほぼ寝ぼけながら会話し、気付けば電話があることを前提に、私は寝る時間をズラすようになった。
今日も今日とて、かかってくるだろうと予想して、ベッドにも入らず柄にもない読書をしていた。
ともに助けられた大輔さまが眠るのを待ってかけてくるため、毎夜深夜のラブコールになるが、お互いヴァンパイアなので、体力的問題はない。
けれど…
思わず深いため息を漏らした私は、今夜も躊躇ながら通話をタップした。
「ミーナか?」
「はい、こんばんは、ウィリアム様」
耳の傍で響くウィリアム様の低い声はとてもセクシーだ。
特別な想いを抱いてない私ですら、ぞくりと身を震わせ、ありもしない愛を叫びそうになる。
私の身体を舐めるように見入っていた大輔さまがウィリアム様を慕うのも、仕方のないことだ、と改めて納得させられる。
「今夜はどこをお聞きになりたいのですか?」
「…全部だ」
はぁ、とやはり大きなため息をつく。
聞こえたって構わない。むしろ聞こえてほしいとさえ思っている。
だから遠慮などしないで、大々的にため息を吐く。
吐息に聞こえたらどうしよう、なんて考えは3日目に捨てている私は、今夜も盛大に呆れた様子を隠すことなく露にしている。
「わかりました。じゃ、窓からエックハルトが入ってきたところからで、いいですか?」
ぞんざいに言い放つと、私はあのときのことを語り始めた。
「エックハルトが窓から入ってきて、部屋に大輔さまがいて、期待していいのか、と言いました」
もう何度も何度も何度も、毎夜毎夜毎夜、話しているので、割愛精神旺盛に、事実だけを述べていく。にもかかわらず、スマホの向こうから感じる気配は真剣そのものだ。
「そしたら大輔さまがエックハルトに嫌いだ、って」
「ミーナ、そこは一語一句余さず、頼む」
「!」
また?また同じことを?と思うが、懸命にも口にはしない、私って結構賢い。
でも大袈裟にため息を吐きまくってやる。
「えっと『期待って、俺は全然、あんたのこと、大嫌いのままですけど』って言って」
するとくふふふ、と気持ちわる…いや、ウィリアム様らしからぬ、少々くぐもった笑いが漏れ聞こえてくる。
「すまない、続けてくれ」
いや、続ける必要も感じてませんけど、と思いながらもご希望通りに続きを話始めてあげる。
といっても、あのとき、正直言って、あの大輔さまの言葉には笑わせてもらったんだよね。
あのエックハルト、微笑むだけで淑女を腰砕けにし、グラスを交わすだけで紳士に愛する家族を棄てさせ、手を差し伸べればご年配の女性があの世に逝きかけ、お茶に誘えばお子様でさえ悪の道に引き摺りこまれる、と飛んでいる鳥も飛んでない鳥も、生まれてない卵の鳥でさえ落とすと名高い、かの方が、こともあろうか宿敵ウィリアム様の伴侶に、躊躇う瞬間すらなく振られたのだから、どれほど胸のすく思いだったか。
双璧と謳われ、いつでもウィリアム様と比べられて、だからこそ己のほうが上だと、常に誇示してきたエックハルトが、大輔さまにコテンパンに振られて、あれほど愉快なことはなかった。実にいい気味だ。
だからこそ、大爆笑して、あの面倒なヴァンパイアの怒りに油どころか、ガソリンを注ぎまくって、大爆発の大炎上させてしまったのだが、今となってはどうでもいい。
面白かったことだけが、脳裏に焼き付いている。
「それで、私がお風呂に入りたくて残っていたこと、今から逃げる算段だったことを言って」
逃がしてくれたら『あんたを好きになるかもしれない』と言う段になって被せるように
「その次は?」
とウィリアム様が言ったので、どうやらそこは割愛らしいと忖度した。
たとえそれが冗談でも、聞きたくない言葉らしい。
思わず苦笑を漏らす。
「エックハルトが怒って、怒鳴るわけですよ」
「その次のは一語一句余さず頼む」
はいはい、承知してますよ、いかに愛されてるのか、知りたいんでしょ、毎晩毎晩。
このラブコールは私へのものではない。
あくまでも大輔さまの愛が完璧に自分にあると、自己満足するための、はた迷惑なものだ。
「怒鳴られても気圧されず『あんたと会ってから一度だってふざけてないですよ。嫌いなのも、逃げたいのも、出来るなら殴り倒したいと思ってるのも、全部本気です』と強気でした。かっこよかったですよ、とっても」
悪戯心が芽生え、ちょっと褒めてみる。
すぐに息が詰まったような声が漏れ、
「ミーナも大輔が欲しいのか?」
とストレートな牽制を受ける。
これがわりと楽しい。普段のウィリアム様を揶揄うなんて命知らずなことだが、このラブコール中はなにを言っても、最後に大輔さまの
『あんたに彼を殺せるだけの力はない』
という言葉を伝えれば、すべてを許してしまうほど満足されるのだから。
毎晩の苦行を強いられている身としては、この程度の嫌がらせは許してもらいたいと思っている。
今夜もそこまで話して、やっとウィリアム様は満足されたのか、ありがとう、と小さく呟いた。これで終わりだ。
こちらもホッと息をついた。
「それにしてもエックハルトが急に大輔さまに対して愛情をみせるから驚いたんですけどね、いくら応えられないからって、そんなに急に?って不思議でした」
ずっと感じていた違和感を口にした。
あのとき、エックハルトは大輔さまの血だけを求めていたのに、大輔さま本人を愛し始めるかのように求め始めたことが不思議で仕方なかった。
「ヴァンパイアの強さにウイルスの強さが関係しているとしたなら、強いウイルスほど大輔の血をより求める力が強くなるんだろう、と大輔は考えているみたいだ。エックハルトは私と並ぶヴァンパイアだったからその分、大輔を求める気持ちがより強かったんだろう。思わず愛と勘違いするほどに」
普通のヴァンパイアである私にはあまり感じない求心力ってことね、と思う。
「それだとウイルスに意思があるみたいな言い方ですね」
「だろうな。少なくとも大輔はそう仮説している。ゾンビウイルスって知ってるか?」
はじめて聞く単語だ。素直に知らない、と答えた。
「大輔曰く、ウイルスではなく細菌か、カビか、もしくは寄生虫の仲間ではないかというのだが、宿主になる昆虫の神経系に侵入して、宿主にとっては不利であるにもかかわらず、それにとっては有利になる行動を起こさせる力を持つものがいるのだそうだ。まるで意思を持つかのように。その行動を起こせば宿主が死に至る可能性があっても、それがそれの繁殖に欠かせないことならば行動させてしまう、という話だが、まさに今回のことに当てはまると思わないか?」
「そうですね…」
なるほど、ただ愛おしく可愛がっているわけではなく、ちゃんと大輔さまを大輔さまとして愛しているんだ、と私は感じて、少しだけ羨ましいと思った。
「あれはなかなか面白いことを考える。おかげで飽きない」
くつくつと笑い、すまなかったな、休んでくれ、と労いの言葉を最後に一方的に電話を切られた。
最近、ウィリアム様の周囲で、伴侶が欲しい病が流行り始めているとの噂をよく耳にするようになったが、ふたりの、気持ちだけではない繋がりを感じて、ふと寂しく思う人が増えているんだな、と思い至り、ひとり寝の寂しさをつくづく思い知らされる夜になった。
その数分後…
大輔の隣室のドアにこんこんこん、とちょっと躊躇いがちなノックが響く。
そろそろだろうと身構えていたダンカンがドアを開けると、果たして逸朗が立っていた。
「ダンカン、頼みがあるんだが…」
「あの話っすよね」
言いながら差し出したダンカンの掌にはSDカードが一枚。
「冒頭からウィリアム様が助けに来られるまでのことを完璧に吹き込んでおいたっす。何遍でも好きなだけ聞いてくれたらいいっす」
逸朗の瞳が一気に輝く。
ありがとう、と両手で大切そうに包むと、颯爽と帰っていった。
これでやっといつもの時間に寝れる、とホッと安堵するダンカンだった。




