61 逸朗、ミーナに妬く?
「アイスラー家には今回の件、通達済みでございます。あちらから正式な謝罪の申し込みを受けておりますので、これに関しては定例会に上がることはないかと思いますが、当主のエックハルトが亡くなりましたので、次期当主の報告と挨拶はあるかと存じます」
逸朗の部屋のドアをノックしようとした俺の耳にゴードンの声が入ってきた。
逸朗がエックハルトを殺害した経緯をアイスラー家に報告したことは知っていたが、それがヴァンパイアの伴侶に手を出すという醜聞だったこともあって、罪には問われないと聞いていたので、ゴードンの言葉にホッとはしたものの、謝罪程度で済む話なのか、とちょっぴり腹が立った。
あんなに怖い思い、したのに…と釈然としない気分だった。
気を取り直して、ドアをノックすると、逸朗の応えがあったので、遠慮なく中に入った。
「聞こえていたろう?」
俺の足音に気付いていたらしい逸朗が入るなり、言った。それに頷いて応える。
「大輔さまにも思うところがあるかと存じますが、今回はこれでご容赦くださいませ。ヴァンヘイデン家のこともございますので。でもこの程度で引き下がるつもりも、わたくしはございませんので、どうぞご期待ください」
「ゴードン、余計な手出しは危険だぞ」
注意喚起。
それでもゴードンは不敵ににやりと笑って、俺に一礼した。その背後から真っ黒な悪そうな気配が濃厚に漂っていて、俺はビクつく。
怒らせちゃダメ、ゴードンは怒らせちゃダメ。
心の中で唱える。
この屋敷の中で一番危ないのはゴードンだ、と俺の弱者の本能が警告していた。
ゴードンが退室したあと、逸朗が自分の膝を叩いて、上目遣いで俺を見た。
その意図を察して、俺は喜んで彼の膝の上に座る。
そして首に絡みつくように彼を抱きしめた。
逸朗の優しい指が俺の髪を弄ぶように、絡める。
ふたりだけの幸せな時間。
この時間があれば、俺は生きていける。
そう思うほどに俺は彼を愛していた。
たとえミーナの色気に一時自分を失いそうになっても…
思ったことが伝わったのか、突然逸朗が俺の首を掴んで耳元で囁いた。
「ところでミーナのこと、相当、気に入ったそうだな」
「え?」
甘く優しい空気が一気に霧散し、俺の頭は真っ白になる。
あのとき、ミーナの身の安全のためにも男ふたりで口を閉ざしておく結論に至ったはずなのに?
「なに、ミーナ本人から聞いたよ。物欲しそうな顔で見ていたけれど、大輔を欲求不満にしているのか?と質問されてね」
ミーナ!!!命知らず!!!!!
「そんなつもりはなかったが、どうやら私の愛し方が足りなかったようだ。ミーナに言われて反省したよ。それで、大輔は私では物足りないのかな?それとも…」
「違うよ、あれは違う!男の本能ってやつでしょ、仕方ないやつ、無意識だから、どうしようもないやつ、逸朗の気持ちは充分わかってるし!」
「わかってるし?」
茶目っ気たっぷりの瞳が陽に反射して、金色に光る。
「俺は、俺だって、充分、逸朗を、愛してる、し…」
恥ずかしくて、彼の首に縋るように、なんとか口にした言葉を聞いて、逸朗は満足げに大きく笑った。身体全体を揺らして笑うから、余計に俺は恥ずかしさで死にそうな気分になる。
「もう、いいでしょ!」
「よくはないが、良しとしようか。気分もいいしな」
そして俺の唇にキスを落とす。
軽い、触れ合うだけのキス。
「だが、やはり面白くはない。おかげでこの城は女手不足になってしまった」
「え、それ、俺のせいなの?」
「だろう?」
含み笑いで言われて、えぇ…とショックを受ける。
「逸朗のヤキモチが原因でしょ?」
「大輔が女に興味がなければ気にもしない」
「……じゃ、せめてダンカンの女好きが原因にしておく」
ははは、とまた大きく笑った逸朗は俺の頭をくしゃりと撫でた。
「ま、あれは妖怪女好き、らしいからな、妖怪の出る城など、嫌われて当然だ」
「だよね!」
ふたりで視線を交わし、ふふふ、と微笑んだ。
本当に幸せだな、と俺は思った。
自分にこんな時間を過ごすことがあるなんて…と思いながら、ふとジョシュアのことを思う。
いま、どこで、なにをしているだろう。
できれば復讐心など捨てて、幸せだと思える時間を送れるような、そんな出会いが彼にもあればいいのに。
そう願いながらも、最後に眼にした歪んだ彼を思い出し、哀しい思いに埋もれてしまいそうだった。




