59 王子、助けに来る
ゴードンがダンカンとミーナにボトルから直接なにかを飲ませていた。
おそらくは血だろう、すぐにダンカンが身体を動かし、跳ねるように起き上がった。
同じようにミーナも幾分よろけながらも立ち上がる。
俺は逸朗の背に庇われたまま、唸るエックハルトを眺めていた。
殴られて腫れた頬を見た逸朗の瞳が深紅に燃え上がり、エックハルトを殺気で圧倒した。
「大輔が私の伴侶と知ってのことだな。これはヴァンパイアの掟に反することも、重々承知しているはずだな」
低く問う声は地から湧き上がるかのようで、部屋どころか屋敷全体を震わせる。
「当然、それに伴う罰則も承知しているはずだな」
小首を傾げ、逸朗がエックハルトに確認する。
それに肩を竦めてみせたエックハルトはにやりと不敵に笑みを浮かべた。
「だから、なんだ?私が大輔を求めたとして、おまえが死ねばなんの問題もない」
「ならば同じように応えよう、死ぬのは私ではない」
そして逸朗が跳んだ。
鋭く長い爪がエックハルトの頬を切り裂き、返り血を浴びる寸前に横に避けた逸朗はすぐに逆の手で腹を裂くために薙ぐ。
それをぎりぎりで躱したエックハルトが膝蹴りを繰り出すが、あっさりと片手で止められた。そのまま脚を掴み、無造作に振れば、エックハルトが壁際まで吹っ飛んでいった。
壁が壊れ、隣の部屋が見通せるほどの穴が開く。
俺は開いた口が閉じないくらい呆気にとられていた。
「大輔の名を呼ぶとは、なかなか豪胆」
くつくつと含み笑いのあと、ガラガラと瓦礫を除けて起き上がってきたエックハルトに容赦なく跳び掛かっていく。
無事に完治した様子のダンカンが俺の傍まで来て、警護体制に入る。
ゴードンがその横で同じように身構えた。
ミーナは巻き込まれないように気を付けながら部屋から出ていき、それを見送った俺はゴードンに視線だけで問質した。
「ミーナには表にいるアランの部隊に魔術師たちを捕らえるように伝言を頼みました。おそらくあちこちに罠が仕掛けてあるでしょうから、下手に動くと危険ですし、大輔さまの護衛もダンカンだけでは荷が重いでしょうから」
なるほど、と納得しつつ、ゴードンは逸朗から離れるのが嫌だっただけではないか、とも思った。もしくは彼の戦う姿を見たいのかもしれない。
逸朗の攻撃を受け続けているエックハルトは傷の治りすらも追いつかないほどのダメージを受けている。
「歴然の差、であろう?まだやるか?」
ぼろぼろになって立っているのもやっとのエックハルトが片膝をついた時点で、無傷のままの逸朗が聞く。
すでにエックハルトは人化を解いており、完全にヴァンパイアと成っているのに対し、逸朗は部分的なヴァンパイア化のみで対処していた。
悔し気に顔を歪めたエックハルトが口腔内に溜まっていた血を逸朗の顔に目掛けて吐き出した。避けることも出来たはずなのに、それを掌で受け止める。
途端に火傷をしたような痕が掌に出来たが、瞬時に治る様子を敢えてエックハルトに見せつけた。
治る速さが全く違う。
その事実にエックハルトの眼が見開いた。
勝てるわけがない、すでに逸朗は別次元の強さだ。
そのはずなのに、エックハルトは諦めなかった。
俺を切なげに見つめ、憎しみを含んだ色を浮かべて逸朗を睨む。
そして乞うように俺に言った。
「おまえは私のものにするのだ。これほど求めるものを私は知らない」
猛然と立ち上がったエックハルトを嫉妬のまま逸朗は迎え撃った。
「がはっ!」
逸朗の右腕がエックハルトの腹部を貫通していた。
「それだけは、絶対に、許さない。あれを求めるのは私以外、許せない」
さらに左腕も腹に射し込み、咆哮とともに左右に裂き開いた。
あまりの凄惨な結末に、俺は思わず目を背けた。
返り血をおもいっきり浴びた逸朗は全身に火傷を負ったような状態になり、ゴードンがすぐに持っていたボトルの水で洗い流した。
またもやあっという間に治っていく。
ダンカンの身体から力が抜けて、戦いが終わったのだと理解した。
さすがに身体が裂けてはヴァンパイアも再生は難しいらしい。
「スゲー」
緊張感のない、ダンカンの囁きを最後に、俺は意識を失った。




