51 大輔、姿を消す
「ローガン、レオ!オリヴァー!」
逸朗が怒鳴る。
階段を駆け上がりながら、地から響くような唸り声がラボ全体を揺らした。
「ジョシュア!!!」
「一体なにごとですか?ウィリアム様」
驚いたように眼を見開いたローガンがラボの入り口まで来て、逸朗を出迎えた。
「大輔はいるか?」
なんだ、と呆れ顔をしたローガンが周囲を見渡し、首を振った。
「ここにはいないですね、2時間くらい前にオリヴァーとレオに話をしていましたが」
「オリヴァー!レオ!」
ずかずかとラボの中に入っていく逸朗のあとをローガンもついていく。
「オリヴァーはオックスフォードに戻りましたから、今いるのはレオですよ」
言ったそばからレオがひょっこりと実験室から顔を覗かせた。
「どうしました?」
「大輔がいないんだ、そこにいるのか?」
息せき切った逸朗を可笑しそうに眺めていたレオが彼の言葉を聞いて眉根を寄せた。
「先ほど解析を教えてほしいと言われましたが、すぐにジョシュアが大輔さまを呼んだので、それ以降はお会いしておりませんよ」
「ジョシュアは?」
「それが姿が見えなくて、携帯も通じなくて困ってたんですよ、準備してほしいものがあったんですけど、彼じゃないとわからないものばかりで…」
愚痴るようにローガンが言う言葉を聞いて、逸朗は眩暈を起こしそうになった。
大輔とジョシュアが同時に姿を消した。
この事実をどう解釈すればいいのか、逸朗の思考は完全停止した。
「みなさま、大変申し訳ありませんが、本日は作業終了して退去していただけますか?」
ごく冷静に丁寧な態度であとから来たらしいゴードンが帰宅を促した。
ローガンもレオも、不安そうに瞳を揺らしていたが、すぐに帰る準備を始めた。
「坊ちゃん、まずはアラン様にご相談申し上げましょう」
小声で囁き、呆然としている逸朗の肩を抱くようにして階段へと誘導した。
階下ではすでにヘンリーも小百合もアランとともにダイニングテーブルを囲んで彼を待っていた。
あれだけ叫べば否応なく聞こえていたのだろう。
真摯な視線を受けて、逸朗は崩れるように椅子に座った。
「大輔がいないのか?」
労わるように言ったヘンリーの言葉に打ちのめされたかの如く、逸朗がテーブルに突っ伏した。ダイニングまで彼を送ってきたゴードンがふいに姿を消し、アランは大声でダンカンを呼んだ。
しかしダンカンも現れない。
「一体、なにがあったんだ?」
逸朗の背中を優しく撫でながらアランが聞くと、彼は小さく頭を振った。
「わからないのか?」
それにはこくんと頷くだけ。
「大輔がいないのは確かなのか?」
ヘンリーにアランが問えば、肩を竦めてみせるばかりで、だれも状況を把握していない。
「坊ちゃん、大輔さまが最後にいたと思われる実験室ですが、大輔さま、ジョシュアと珈琲の香りのみで、大輔さまの血の匂いはございませんでした。それらの匂いは使用人専用の階段から裏口まで続いていましたが、通りに出たところで途絶えました。彼によって連れ去られたと考えられます」
いつの間にか戻ってきたゴードンが逸朗に話しかける。
「お怪我があるとは考えにくいですので、とにかく早く見つけて保護することが今は何より優先されます。そこで僅かな可能性を信じて動こうと思いますが…」
「可能性?」
掠れた声で逸朗が顔を落としたまま、ゴードンに応えた。
「はい、珈琲の香りです。わたくしの豆ではございませんでしたので、ラボで飲まれたものに違いありません。そしてその豆はフランスのものではないかと思います。以前、アラン様のお屋敷で飲んだ記憶がございます」
「うちでか?」
「はい、珈琲のフーレバーの中に独特な果物の香りが致しました」
「あぁ、あれか、あれはフランスで好まれているが、高いからまぁまぁの家でないと出されない代物だぞ」
「さようでございます。ですので、わたくしはフランスへ飛んでみようと思っております。何より先ほどアラン様宛にヴィクトーの屋敷に忍ばせているものから、屋敷からすべての使用人が人払いされたとの連絡がありまして、このタイミングですから決して無関係ではないと」
「私も行こう」
決然とした態度で顔を上げた逸朗は猛然と立ち上がるとその場にいたヴァンパイア全員に視線を送った。
ジョシュアにダンカン、この二人の姿がないことが彼の心を暗澹たるものにしていた。




