47 はじめまして、アラン
ちょっと今回は長いです。ごめんなさい。
いつも読んでくださってありがとうございます。
「聞いたぞ聞いたぞ聞いたぞぉ!」
勢いよく階段を駆け上がってきたのはヘンリーによく似た雰囲気の大男だった。それだけでもこの男がヴァンパイアだとわかる。
陽によく灼けたような、浅黒の男は見上げるほどの上背があり、張りのある大きな筋肉で全身が覆われていた。
実際にはヴァンパイアは日焼けができない体質(焼けても治ってしまう)だから、もともとの肌色なのかもしれないが、それがとても雰囲気に合っていた。
薄い金髪は短く刈り揃えられており、もさもさの眉毛がチャーミングによく動く。
好奇心に輝くように瞳がキラキラとグリーンの光を放ち、厚めの唇は大きく開いて人好きのする笑顔を演出している。
屈託ない態度で俺を見て、さらに大きく破顔した。
「君か?君だな、わかるぞ、まさに君だ!」
恐れる風もなく俺に近寄ると、くんくんと鼻を鳴らした。
「アラン!」
3階からヘンリーの声がして、すぐにどたどたと階段を下りる足音が響いてきた。
暢気にお茶をしていた俺の横で、腰に手をやって胸を開いて立っている大男にヘンリーが抱き着くと、すぐにお互いの背中をバシバシと叩き合った。
この人が多産の、アラン?
ふいに気付いて、俺はスコーンを頬張ったまま立ち上がった。
「大輔、これがアランだ、俺の造り手」
嬉しそうに笑ってヘンリーがアランを指さした。
するとアランが畏まって一礼をする。
「伴侶の大輔だ、俺のじゃないけど」
ヘンリーから紹介を受けたアランが、ガハハハ、と大声で笑って、俺の両肩をがっしりと掴んで揺する。脳まで揺れるほど頭がぐらんぐらんしたので、眩暈で倒れる前に椅子に座った。
「会いたかったんだ、もう、我慢できなくてね、ウィルには来るなって言われてたんだけど、そんなの無理な話だと思わないか?ヘンリー、あいつはかなりイカれてるよな!」
「だよな!」
笑うヘンリーの足を通り過ぎざまにおもいっきり踏みつけたゴードンが胡乱な目つきでアランを見ながらテーブルに紅茶を置いた。
「サンキュー」
言うなり、一気にカップを傾ける。
熱くないのだろうか?と心配した俺の前で、あちゃちゃ!と大袈裟に紅茶を吹いて、大騒ぎだ。挨拶すらまともにできない雰囲気に、俺は毒気を抜かれたように言葉を失っていた。
「気安く触らないでいただこう、アラン殿」
階段から低い声が警告を発した。
夜まで戻らない、と数時間前に言いおいて出ていったはずの逸朗が戻ってきたらしい。
「おかえりなさい」
俺は立ち上がって、彼を出迎えた。
腰にしがみついて見上げると、頭をくしゃりと撫でられた。それが嬉しくってへにゃりと笑ってしまう。
「ウィルも大概だが、あれも大型犬だな」
俺の様子にアランが呆れたように肩を竦めた。
まったく同じようにヘンリーも肩を竦める。
本当によく似た親子だと、なんとなく可笑しかった。
「あのような造り手からできたからヘンリーに礼儀がないことがわかっただろう?」
俺を抱きしめながら逸朗が囁き、俺は似てるよね、と頷く。その仕草が彼の何かを刺激したのか、急に愛おしそうに瞳を揺らして強くさらに抱き寄せるとキスをしてきた。
「毎日あれだよ、いい加減、俺も辟易してきてるんだ」
訴えたヘンリーにアランが哀しそうに笑って
「おまえにもいるさ、きっと、伴侶が」
と嘆く我が子の頭を乱暴に撫でた。
「すでに紹介は不要かと思うが、アラン殿、大輔という、私の伴侶だ」
「会えて光栄だよ、大輔どの、それから他人行儀すぎるぞ、ウィル」
胸に手を当て、綺麗な一礼をしてみせる。
そして上目遣いでちらりと俺に視線を送った。茶目っ気いっぱいの瞳で。
「しかもそれだけではないんだろ?」
「そこまで聞いてるのか?」
他人行儀と言われたからか、急に逸朗の態度から堅さが抜ける。
「いや、わからないほうがおかしい。ヴァンパイアとして生きる力がないね、そんなやつは」
豪快な笑顔からは想像できないほど、上品な笑い声をたてたアランはゆっくりと椅子に腰かけた。すぐに隣にヘンリーが座り、ゴードンに無言のまま紅茶を要求している。
「私の本能が彼を求めて気が狂いそうになっているんだから、当然普通じゃないことくらい、わかるだろ。ウィルの伴侶であることなんか一目瞭然なのだから、求めること自体おかしいんだ。なのにヴァンパイアとしての本能が彼を求めている」
俺を抱く逸朗の手にぐっと力が入る。
「それは…」
「だから私が来たのさ」
アランの言葉を受けて、ヘンリーの瞳に怪しげな力が籠った。両肩がぐぐっと上がって、アランに対して臨戦態勢を取ったのが俺にすらわかった。
「ヘンリー、殺気立つことはない、大輔どのを拐かしに来たわけじゃないよ」
ふわりと笑って、殺気を放つ我が子の肩を優しく撫でた。
「エックハルトがフランスに来た。ヴィクトーの屋敷に行った。俺はその報告を受けてすぐにこっちに飛んできた。間違いなく大輔どのに関わることだからだ」
「なんと!」
ヘンリーに紅茶を運んできたゴードンが小声で叫んだ。
いつもは音もたてずに茶器を置くゴードンが無作法にもがちゃんとカップをテーブルに落とした。僅かに零れた紅茶がクロスにじわじわと染みていくのを見ながら、俺はヴァンパイアたちの間に広がる緊張を感じ取った。
「ヴィクトーの…」
「やはり…」
それぞれが呟き、そして黙考を始める。
俺はゴードンの手から布巾を取ると、テーブルを拭いた。
ヴィクトーってだれなんだろう?と思いながら。
「いやに簡単に諦めたと思ってたんだよなぁ、なわけねぇっつうの」
大きなため息とともに吐き出したヘンリーは大仰に空を仰いでみせた。
「ってことはなに?ヴィクトーのアホに協力を求めたって感じ?」
「どうだろうか?それはまだ確定ではないが…」
はっきりとしたことを断言しない逸朗の言葉に被せるようにアランが頷き、
「そうだ」
ときっぱり言い切った。
「以前、問い合わせのあったソフィアの件で、どこにもだれにもタトゥーらしきものは見当たらなかったのもあって探りを入れるために信頼してる人間を下働きでヴィクトーの屋敷に入れておいたんだ。さすがにヴァンパイアを入り込ませることはできなかったがね」
ポケットからICレコーダーを出すと、四苦八苦しながら操作してテーブルの上に置いた。
『…の影響力はそのままに退くというからにはなにかしらの理由があろう、と推察したまで。そしてもしかしてそのことに関して私がなにかの役に立つのではないかと思って、こうして迷惑を承知で来てみたのだよ』
以前聞いたエックハルトの声が流れ出す。
逸朗がはっと息をのんだのがわかり、俺はそっと彼の手を握った。
『つまりお互いにメリットのある話なら協力関係を申し出る、ということでしょうか?』
とても柔らかい心地のいい声が続く。
これがヴィクトーという人の声なのか、と俺は思った。
アランがヴァンパイアを間諜にはできないが、人ならできる、と言ったくらいなんだから相手はヴァンパイアでなく人なのだろう、と考える。
『ヴィクトー殿はヴァンパイアの古の言い伝えをご存じであろうか?聖女の如き血のことだが…なるほど、ご存じなかったか。それもそのはず、ヴァンパイアでさえその存在を信じるものなどいないからな。かくいう私もつい先日まで存在そのものが意識になかったくらいだから』
エックハルトのセリフでやはりヴィクトーはヴァンパイアではないことが確実になった
『その聖女の如き血、とは?』
幾分不審そうな声が問うと
『わからん。それがなにかはわからん。ただひとつ言えるのは特別な血を持った人間がいて、その血を得ればヴァンパイアは進化する、ということだけ。最近、ヴィクトー殿はヴァンパイアの血を集めておられるだろう。なに、胡麻化さなくともよい、本部に言う気もない。もちろんヴァンヘイデン一族にもな。アイスラー家が狙われたわけでもない、私はそのあたりはどうでもいいのだ。敢えて古い血のヴァンヘイデン一族を狩るからには理由があろう、なに、その理由までは聞こうとは思っていない。私は魔術師如きがヴァンパイアを捉えることができることに驚嘆しているのだよ。そしてそれを見越して協力したいと思っている』
ヴィクトーは魔術師なのか!
俺ははじめて触れる魔術師に子供のように興奮した。
『魔術師如き、とはなかなか手厳しいおっしゃりようですね。お話があちこちに飛んでしまわれるので私の理解が及ばないのですが、聖女の如き血の話に戻っていただいても?』
『そうであったな、私の悪い癖だ、許してくれよ。なんとその奇跡の血をあのサー・ウィリアムが手にしてしまったのだよ』
アランがかちりとレコーダーを止めた。
無言の静寂が部屋の中に充満して、息が苦しいほどだった。
思わず呼吸すら忘れてしまいそうなほどの重苦しい空気に、喘ぐように俺は息を吐いた。
途端に逸朗が気遣うように俺を覗き込む。
それに大丈夫だと手で示し、ゴードンにアイスコーヒーを頼んだ。
「全部聞けばわかるが、このあと大輔どのとの出会いの話から始まって、ヴィクトーがウィルの血を欲していることを明かしているからね、もう、これは充分な証拠になると思うんだよね、互いの種に不干渉がモットーなのに、明らかに違反している」
「定例会に出せば、これほどの証拠はない」
逸朗が力づくように言い、アランが嬉しそうに笑った。
「今回は難しい駆け引きがあるっていう話だったからウィルに譲ろうと思ったけど、これだけ喧嘩腰の話し合いになるなら、私の出番だろうと思ってさ、お出まししてみたってわけだ」
その場のヴァンパイアが一様に力強く頷くのを見て、俺の興奮はさらに増した。
「これは定例会が急に楽しみになってきたな」
にやりと黒い笑みを浮かべた逸朗が嬉しそうに呟いた。




