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46 ヴィクトー、頭を抱える

エックハルトが帰った後もヴィクトーは動けないまま、応接室で頭を抱えていた。

クレモンがその姿を目にするなり、予定していた会議を後日に延期することを伝え、それ以外の押し寄せていた仕事を捌くために主の執務室に籠ることにした。


エックハルトはヴァンパイアとは思えないほど明け透けに話していった。

ヴァンパイアはえてして秘密に溢れている。秘密を纏って生きているといっても過言ではない。およそヴィクトーが100年使って知り得たことなど、彼らの長い歴史の中ではほんの一握りもない。

にもかかわらずエックハルトはこれから50年費やしても知ることなのできないだろう事柄をヴィクトーに教えていった。

それは協力しなくては命がない、と宣言されたに等しいものだった。


しかしそんな低俗な脅しよりも、齎された情報のほうにヴィクトーは頭を抱えてしまう。

どう処理すべきなのか。そしてどう扱うべきなのか。

それが果たして己の求めるものにどう関り、作用するのか、まったく読めなかった。


ヴィクトーの魔術は現在いる魔術師の中で群を抜いて高い技術を誇る。

ものに宿る力を扱える魔術師は多くのものが長命であるが、それでもヴィクトーほど長く生きているものはない。

本来、禁術とされる生命エネルギーの転換を行っているからだが、ほかの魔術師はそれを知らない。およそ多くの魔術師は魔術を使う際に、僅かなエネルギーの残渣を体内に宿してしまう。それが結果、命を長引かせているに過ぎない。

年齢よりは若くみえるが、その程度でしかない。

いずれ老いて死にゆくだけだ。


ヴィクトーは、今はまだ動物からエネルギーを奪っているだけだが、結果が伴わなくなったときにどのような行動に出るべきか、自分でも悩んでいた。

使う動物も徐々に大型化してきている。

それでも半年ほど保つことができたのが、いまや2週間程度にまで老化現象が進行してきている。

そこで目を付けたのがヴァンパイアの血だった。

あの血には秘密があるはずだ、そしてそれは彼らの長命と美しさに関係しているはずだ。

だからこそヴィクトーはヴァンヘイデンの血に着目した。

彼ら一族はヴァンパイアとして長い歴史を持つ。

そしてあまり劣化したヴァンパイアを生み出すことがない。

安定した質のいい血筋。

だからこそヴィクトーはその血が欲しかった。

けれどサー・ウィリアムほどのヴァンパイアを相手にしたら、己の命がいくつあっても足りないことは明白だった。

まずはその一族の末端に狙いを定めた。

野心が強く、かつ御しやすい、愚かな若いヴァンパイアを篭絡し、やっとの思いで血を手にした。いくつか実験も行った。

ヴァンパイアに効く呪文の開発、拘束できる魔法陣の開発、そして実際に手にした血の効能。

けれどそれはヴィクトーの期待するものではなかった。

想定した効果があったが、期待を裏切る程度のものでしかなかった、あの失望。


落胆した主を心配したクレモンが荒事をアメリカで犯し、ヴァンヘイデン一族に気付かれかけたことは未だに苦い経験になっている。

なのになんの益もなかったことが追い打ちをかけてヴィクトーを虚脱させた。


そして突然、齎された聖女の如き血の情報。


エックハルトが出会った若い日本人青年の話。

彼からはサー・ウィリアムの香りを纏いながらも、今までに嗅いだことない甘い、まさに本能に呼びかける魅惑の香りが漂っていたこと。

それがかの奇跡の血であることはヴァンパイアの本能が教えてくれたこと。

すぐにでも手にしたかったが、状況を鑑みた結果、後日奪うことにしたが、実際に行ったときにはすでにサー・ウィリアムの伴侶とされてしまっていたこと。

つまりサー・ウィリアムがさらに進化したヴァンパイアと成ってしまったこと。

けれどエックハルトは諦める気などなく、その日本人を手にすれば同じ進化を遂げられるのだから、そのために協力してほしいこと。

なにより…


「ヴィクトー殿こそ、サー・ウィリアムの血が欲しいのだろう?」


不吉な笑みを浮かべたエックハルトはヴィクトーの瞳を覗くようにして言った。


お互いの利害が目出度く一致したのだから、と握手を求めて右手を差し出してきた、あの男の顔は実に不愉快だった。

傲慢で、不遜で、なにより下卑ていた。

見下されたようで、ヴィクトーはその手を取る気にはならなかったのに……


気付けば熱く握手を交わしてしまっていた。


屈辱以外の何物でもない。

それでもヴィクトーはエックハルトの協力は有難かった。

サー・ウィリアムの血が手に入る、めったにないチャンスなのだから。

だが果たして進化した彼の血が己の求めるものであるのか、ヴィクトーはそれが不安でもあった。

エックハルトと命を懸けて共闘して、裏切りはないのか?

あれが信用に足る男なのだろうか…

そしてそのために己の一族を巻き込んでしまってもいいものだろうか……


苦悩のまま、頭を抱えたヴィクトーは食事も取らずに一晩を応接室で過ごした。


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