43 大輔、血をおねだりする
「あのさ、逸朗の血が欲しいんだけど」
実験計画も立て、実験方法の確立も一応は机上の空論状態でも練った。
何度か、動物を使った練習もした。
やっと本番だ、とジョシュアと笑いあった翌日の朝一に俺は逸朗におねだりした。
頭の中がこれから始まる実験でいっぱいになっていた俺はいつものように逸朗の隣で目を覚ましたとき、慈しむような柔らかい光を放つ瞳を俺に向けていた逸朗に言った。
伴侶にしてから逸朗の眼は黒から茶色へと変わっていた。光の当たり具合では金色に見えなくもない、ブラウンだ。
これが本来の彼の色だとヘンリーに言われ、黒も綺麗だと思っていたが、より魅力的だな、と俺は感じている。
起きてすぐ、挨拶よりキスより先に発した言葉に瞬間目を丸くした彼は、一拍置いたあと、破裂するように声を上げて笑った。
「起きるなりヴァンパイアの血が欲しいなんていう人間、大輔くらいなもんだな」
俺の内腿にある噛み傷を指でなぞりながら逸朗は俺の額に唇をそっと触れさせ
「それは私のセリフでは?」
くつくつと笑ってさらに鼻梁にキスを落とす。
全部が優しくって、くすぐったかった俺は身を捩って抵抗すると、逸朗の唇へとキスをした。
「おはよ、考えてたことが先に口から出ちゃった」
「実験材料か?私の血は」
「うん、メンバー4人と、あとヘンリーと小百合さんにも頼みたい。許してくれるならゴードンとダンカンと、狼さんも」
「小百合、だ。あれはもう大輔の騎士でもある」
鋭く言われて、俺は慌てて小百合、と言い直す。
気後れするのだ、あのパーフェクトボディを持つ超絶美人の小百合を敬称無しで呼び捨てることに、そして狼の視線も気になる。
一見、狼はとても感じがよく、人当たりのいい様子を見せているが、ヴァンパイア並みに独占欲が強く、しばらく観察していれば彼の価値観は小百合しかないのが理解できる。
小百合にとって有益か、無益か、害悪か、それだけ。
有益だと看做せば、それなりの対応を。
無益と看做せば、無関心。
害悪であれば、排除を。
狼の価値基準はいまのところ、これだけのようにも思える。
人狼一族のことすら、はっきり言ってどうでもいい、という感じだった。むしろ小百合のほうが人狼を気遣っている気配があるくらいだ。
それがわかるだけに小百合を呼び捨てにするのはとても難しい。
俺にとっては。
でも逸朗からすれば、俺が小百合だけを敬称で呼ぶことが特別なようで癇に障るらしい。
相変わらず女性というだけで警戒を怠らない独占欲ぶりなんだ。
でもそれが俺への想いゆえと受け止めると、どこまでも優越感で空を飛べそうになる自分がいて、面映ゆかった。
「あとは本当は人の血も欲しいんだけど、俺のしかないから…」
「大輔の血?」
今さっきまで甘かった部屋の空気が途端に氷点下まで冷えるような声音で言って逸朗が俺をねめつけた。
「大輔の血をサンプリングしたのか?誰がした?まさかヴァンパイアにさせたんではないよな?」
鋭く俺の全身に視線を走らせる。
俺は右腕の内側にある採血のあとを彼にみせた。
「ジョシュアに採ってもらったんだけど…」
寒くて震えるのか、怖くて震えているのか、寝起きの掠れた俺の声が情けなく耳に響いた。
実は医師免許も持っているジョシュアはなにかと便利な人材で、実験だけでなく、ちょっとした治療もこなす。採血も手慣れたものだった。
だからそれが悪いことだとは微塵も思っていなかった。
「ジョシュアか、ヴァンパイアじゃないか、大輔の血に触れるのは私以外はダメだと教えなかっただろうか?」
「聞いてません」
「それは私の手落ちだ」
言ってにやりと黒い笑顔を口元に浮かべる。
「今日は一日、時間を空けてあるんだ。ちょうど良かった。しっかりとヴァンパイアの伴侶としてのルールを教えることができるな」
「え?だって実験の約束、してる…」
言い切るまでに質問を被せられる。
「誰とだ?」
優しく甘い声音、でも全然笑ってない目元。
同じベッドにいることすら怖くなって、俺は少しだけ身を引いた。
「ジョシュア…?」
「そうか、ジョシュアはどうやら死にたいらしい」
これ以上ないほどの穏やかな微笑みを浮かべながらも鋭く光る瞳を階上に見据えて逸朗は言い放ち、俺は心の中で叫んだ。
逃げて!!!!!
ごめんね、ジョシュア!!!!!!
そして階下で食事をしているだろう、ヘンリーに向けて助けを求めるかのように名を呼んだ。
きっとダンカンは無理でもヘンリーなら止めてくれるだろうと期待して……




