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42 大輔、研究する

実験機器の名前とか出てきますが、知ってても知らなくてもまったく問題ないので適当に流してください。

いつも読んでくださってありがとうございます。

「大輔さまって、ピペットマンさぁ、ギルソン派?エッペンドルフ派?」


ジョシュアが無邪気な様子で俺に聞いてくる。

ここは4階のラボ内。実験室。

大型の機器は揃っているけれど、消耗品やちょっとしたものに関してはどうやら技術者のこだわりがあるらしく、足りないものをオックスフォードから取り寄せるために確認作業をしている最中だ。


「選んでいいんですか?ならギルソンのほうが使い慣れてます」


「8連は?12連もギルソン?」


手元の箱に手どころか頭まで突っ込みながらジョシュアがさらに聞いてきた。


「使ったことないので、わからないです」


素直に言った言葉に一瞬ジョシュアが固まった。そしてゆっくりと顔を持ち上げた。

きょとんとしている俺を鋭く眇める夏の草原のような瞳が怖い。


「え?ちょっと待って、大輔さまってなに?大学の実習ってなにしてたの?」


「今はほとんど解剖メインですよね。いろんな生物、バラバラにしては組織採取とか、スケッチとか。DNA触るとか、来年以降ですし」


呆れたのか、大きなため息が彼の口から大々的に漏れた。


「頼む、とは言われてたけど、そこからかぁ…」


「なんか、すみません、こんなんで…」


がっくりと項垂れた姿にとてつもない罪悪感を感じる。


「いや、確認しなかった僕が悪かった。そうだよね、日本の学生だからね、こっちとは学び方が違うはずだよね。じゃ、基本からしっかりやっていこう」


当然、置いてある機器も知らないもの多いよね、と呟きながら、完全に箱から離れるとジョシュアは俺を連れて実験室の機器の説明から始めた。

これはサーマルサイクラーっていってPCRに使う機械だよ、とかシーケンサーは配列解析には欠かせないからね、とか使う酵素は本当はエクスパンドが良いんだけど、予備には安いこっちのを使ってね、とかPCはHPとDELLとあるけれどこれも好みだから好きなほうを使ってね、ちなみに僕はDELL派なんだ、とか本当に丁寧にひとつひとつを説明していく。

攪拌はボルテックスしかないけど個人所有だからね、と最後に言った彼は何もおいてない実験机の前まで来て、俺を振り向いた。

そしてにっこりと笑う。


「それでここが大輔さまの実験机ね。DNAを触るから、コンタミしないように確実に分けて使うことにしてるから」


「コンタミ?」


そこの説明もか?と少しうんざりした様子を瞳に現しつつも懸命にも表面上は笑顔のまま


「混ざっちゃうってこと」


と教えてくれた。


「いろいろと不勉強で…」


もっとちゃんと勉強すればよかった、どこの研究室に行くべきか、もっと早く考えておけばよかった、ちゃんと具体的な将来を描いておけばよかった、とこの日ほど反省した日はなかった。

大学生として青春を楽しむばかりで、時間を無駄にしたとは思わなかったけれど、それでももう少しバランスを考えて動けばよかった。

でもまだ俺は若いはず。

これから取り戻せばいい、そう考えて俺はぱちんと頬を叩き、気合を入れた。


ジョシュアの細々とした説明はそれからも続き、ほとんど一日を費やしてしまった。

機器だけでなく、消耗品に至るまで、かなり使うものにこだわりがあるようで、それぞれの名称と使い道、そしてメーカーによっての差異などを聞き、どれが自分に適しているのか、実際に使いながら比較していくといい、と教えてくれた。


俺がジョシュアから説明を受けている間、他の面々は持ち込んでいた自分の研究に打ち込んでいて、ほとんど会話もなく、こちらを気にする素振りもみせなかった。

ただときどき、本当にときどきだったけれど、空気中の匂いを気にする素振りだけはあった。

俺の匂いに感づいたのか、それとも伴侶の匂いを確認しているのか、どちらなんだろう、と少しだけ俺が緊張したのは逸朗には口が裂けても言えない話。



そして俺の血を得た逸朗は表面上の変化は何もなかった。

拍子抜けするほど普通だった。俺には、わからなかった、というべきなのだろうか。

いつも接しているヴァンパイア達には、その違いがわかるのか、ヘンリーでさえいつものような距離感ではなくなった。

決して腕を折られたからではないらしい。


「なんていうかな、側によると俺の本能が危険察知して肌がピリピリしてくるんだ、ヤバいやつがいるぞ、逃げろ!って感じかな」


俺とも物理的な距離をあけたヘンリーに理由を聞いたときに言われた言葉だ。

ヴァンパイアとしての本能が絶対的強者に対する恐怖と逃走心を訴えてくるらしい。

当の逸朗はあまり何も思っていないのか、飄々と日々を送っている。


俺を伴侶にした逸朗と会っているプロジェクトメンバーも同じように感じているはずなので、俺が緊張する必要はないのだろうとわかってはいるのだが、それでもさり気無く鼻をひくひくされると、どっちを感知してるのかな、と考えてしまうのは仕方ないだろう。


それもまた俺の絶対的弱者の本能みたいなものなのだから。

だからこそ階下へ降りて飛び込む逸朗の腕の中の安心感が得たくて、俺は小走りでラボを出た。

嬉しそうに駆け寄る俺を抱き留めながら幸せそうに笑う逸朗を思い浮かべただけで俺の心臓は破裂する。その悦びに俺の口元はふんわりと弧を描いた。


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