4 ヘンリー参上
「はぁん、そう、おまえさんの伴侶、へぇ」
面白いものでもみるかのように男は、目を見開いて固まったまま動けない俺を見る。
貴公子は眉を顰めたまま
「不本意だがな」
と呟いた。
いやいやいやいや、不本意とか、伴侶とかまったく意味不明なんですけど!!!
と心では盛大に異議申し立てをしている俺の口は一文字に閉じたまま。
そんな俺を無視して二人は淡々と会話を続けている。
「400年ぶりの伴侶を見つけて野郎とはね、こりゃ恐れ入る」
侮蔑交じりの含み笑いで男が言えば
「私にも想定外のことだからな、こればかりはどうしようもない」
憮然と貴公子が言い放つ。声には一切の感情がない。
「しかし、よくわかったな」
「魂の色が同じなのだ。昔、何度も伴侶を迎えるものに聞いたとき、同じ色だからわかるんだ、と言われたが、その意味をやっと知った気分だよ。こればかりは本能だからな、適当に伴侶を迎えてるとは思わなかったが、今ならなるほどと納得する」
「まぁな、普通は一人、それ以外はないからな」
「ともにあるために仲間に迎えるのが通例だし、仲間になれば二度と出会えない魂になるから、どうしても一人に決められるが、そうでない場合もあるのだけは、自身で確認できた」
「おまえさんの好きな実験か?」
「経験則ともいう」
「ははは、いかにもらしいことを言う」
男が軽く笑った後、俺の手を取り、跪いた。
「俺はヘンリー。フィリップ・ヘンリー・ヴァンヘイデンだ。よろしく頼むよ、伴侶殿」
その言葉を受けて、貴公子はさらに顔を顰めた。
俺はヘンリーと名乗った男の手を振りほどき、勢いをつけて椅子から立ち上がった。
「なん、なん、なんなんですか?!」
それだけ叫ぶと、開け放たれたままの扉から逃げるように走った。
もう何も理解できない、パニックを起こしたまま、俺はとにかく走ったんだ。
結城大輔が真っ青な顔で部屋を去ったあと、ヘンリーは大きく笑い、扉を閉めた。
鈴木・ヴァンヘイデン・逸朗と名乗る男は肩を落としてため息をつく。
そしてヘンリーに向かって軽く片眉を上げて見せた。
「あぁ、悪かった。俺もイラついてたんだ。あんまり見つからねぇからさ」
そう言いながら、ヘンリーは先ほどまで大輔が座っていた椅子に体を投げる。
その体重に文句を言うように椅子がキィと悲鳴を上げた。
「どっちだ、どっちが見つからない?」
「どっちだと思う?」
心底可笑しそうにヘンリーが聞く。それに軽く舌打ちを返した。
ヘンリーが両手を挙げて、悪かったともう一度謝った。そして投げ出すように座っていた体を起こし、背筋を伸ばす。手を胸に当て、軽く頭を下げた。
「サー・ウィリアム・ピーター・ヴァンヘイデン、申し訳ないが、今回の依頼はなかなかに難しい。まずは人狼に絞ってもう一度追ってみようと思っている。いかがだろう?」
その言葉を吟味するようにウィリアムと呼ばれた男がしばし黙し、そして鷹揚に頷いた。
「一度に追うのは確かに難しかろう。しかしあまり時間もない。次の定例会まであと半年もない。それまでに現状、どうなっているのか、把握しないことには我ら一族の向かう方向性もわからん。お前でなく、別のものも動かし、魔術師のほうは追ってみてほしい」
「誰に?」
「ゴードンはどうであろう?」
「いま奴はフランスだ」
「人狼は間違いなく、この国にいる。だが…」
「魔術師はアメリカな気がしないか?」
ヘンリーからの言葉に、ウィリアムは、アメリカか、と呟いた。
「あちらにその気配があるとでも?」
「少し、きな臭い感じがしなくはない」
「ならばゴードンにアメリカに渡らせろ。とにかく少しでも情報が欲しい、情報がなければ戦えない」
無表情のまま、ウィリアムは命令を下す。
受けたヘンリーはサッと立ち上がり、頭を下げ、風のように消え去った。
残されたウィリアムは深く椅子に座りなおすと、腕を組んで考え込んだ。
「このややこしいときに伴侶問題まで抱えるとは、どうしたものだろうな」
呟き、薄く笑った。