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38 狼は小百合が大事

狼がイギリスへと旅立って2週間。


伴侶であるヴァンパイアとともに、


「もしかしてハネムーンじゃないかな」


と楽しそうに出掛けて行ったが、その実態が人身御供であることは人狼たちもちゃんと理解していた。

あの狼のことだから本当に新婚旅行(はじめての旅行)として楽しんでるだろうと、疑いもしていなかったが、それでも若い人狼たちのせいで行かざるを得なかったことは間違いない。


だからこそ狼から代理狼として任命されたケンジは今まで以上に気を引き締めて若いのを統率していた。

常から狼の右腕として辣腕を振るい、人狼たちから畏怖されるだけの存在だったが、代理狼となった今は、それ以上に畏敬されるようになっていた。


狼に指摘され、素行の悪かった人狼を調べてみれば、どの身体にも刻印が刻まれており、どうやっても消えないそれに焦れたケンジが皮膚ごとそぎ落とすことにしたのも、若いのから恐怖の眼差しでみられる原因の一つだったのかもしれない。


現在、街で住んでいた人狼たちもすべて山に戻し、隔離しながら生活をしている。

過剰な暴力的気分にならないか、入念に確認するのを怠らないためだ。


狼が帰ってくるそのときまで、ケンジの厳つい両肩には人狼一族の命がかかっているのだから、その責任をしっかりと果たさなくてはならない。


ケンジはひとり、孤独に、けれど重責を狼からの評価と受け止め、果敢に戦っていたのだ。




「真面目過ぎるからね、ケンジは」


ダイニングテーブルに肘をつき、だらしなく片手に顔を乗せた狼がふふふ、と笑った。

いつもは真っ黒な瞳が、笑った時だけ艶やかにグレーに光る。

テーブルにはケンジから届いたばかりの手紙が広げられてあった。

平凡な顔立ちが笑顔が零れるとともに、妙な色気に当てられたように男前にみえる。


「あら、でも、だからケンジに任せてきたんでしょ」


小百合は興味なさそうに狼に返しながら、室内に飾ってある絵画を一通り見渡した。

暖炉の上の絵画は風景画でなく、肖像画のほうが雰囲気がでるだろう、と勝手に脳内で模様替えをしては楽しんでいた。

ゴードンに言えば、すぐに代わりのものを持ってくるだろう、と思い、そうでもないか、と訂正する。

いまだ目覚めないウィルに付き添ったままのゴードンは疲れを知らないヴァンパイアにも関わらず、疲労の色の濃い表情でいまも大輔のための食事を用意していた。

大輔も心配なのか、ずっと彼に添い寝していた。

自分の匂いがわかれば目覚めるかも、と淡い期待を口にしながら。

そしてそれを期待するからこそ、ゴードンも彼がウィルのそばにいることを許していた。

ヘンリーは新たに組み入れられた警備隊の指揮をとって使用人部屋で待機している。

ダンカンはもちろん、大輔とともにあり、今はウィルの部屋の外で警備していた。


「私たちって暢気よね」


我がことながら幾分呆れたように言った。


「仕方ないよね、すること、ないから」


エックハルト・アイスラーが大輔に接触したとわかってから、ウィルは寝込み、屋敷は厳戒態勢の警備になった。

どうやらその隙を縫うようにしてエックハルト・アイスラーが訪問したようだが、ゴードンが追い返していた。

小百合としてもエックハルト・アイスラーは気になったので、おとなしく追い返された男をただで帰すわけもいかず、一応は騎士として尾行したが、見事に撒かれた。

さすがは年長者だけある、と独り言ちる。


エックハルト・アイスラーがなにを思って潔く引き下がったのか、せめてそれだけでも探り出したかったが、危険に敏感な狼が珍しく嫌がったので、結局こうして暢気な生活を続けている。


ウィルが目覚めないまま定例会を迎えたとき、いったい誰が表に立つのだろう。


いまだにアランを呼ぶこともなく、せっせとウィルの世話だけをしているゴードンを小百合は不思議に思っていた。


「今日はどうする?小百合」


無邪気な顔で笑う狼はとても魅力的だ。

もうずっとそばにいるのに、きのうはじめて会ったかのようにときめきを覚える。


「そうね、こうしていても役に立つわけでもないし、コベントガーデンにでも行ってみましょうか?」


その言葉に狼から笑顔が消えた。

瞳の黒が増し、つい触れたくなる唇が真一文字に引き結ばれた。

小百合がくすりと笑って肩を竦める。


「エックハルト・アイスラーを探すつもり?」


軽やかないつもの声と全く違う低く責めるような声音。

それすらも魅力的で、ぞくりとした快感が身を撫でた。


「あら、そんなこと言ってないわ。大輔さまへの土産話でも拾ってこようかと思っていただけよ」


にっこり笑ってみせるが、それが通じるほど他人ではないことも小百合はわかっていた。

案の定、狼は嫌そうに眉間の皺を深くして、無言で抗議してくる。

エックハルト・アイスラーが無断の訪問をした際、狼は彼を観察していた。

そして侮れない、あれはウィリアムとは違った嗜虐性をもった危険な生き物だと、断定した。そんな危ないものに小百合を接触させるわけにはいかなかった。

人狼は俊敏だし、力も強い。

野生が残る分、残虐性もないわけではない。

だが人狼一人ではヴァンパイアに勝てない。

ヴァンパイアはほぼ不死だが、人狼は怪我も治らないし、確実に死ねる生き物だ。


自分では小百合を守れない、だから近付けるわけにはいかない。


狼の意思は揺るがない。


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