36 エックハルトも大輔が欲しい
エックハルト・アイスラーは傲慢にも街で出会った若い男を己のものにすべきだと確信した。あれがサー・ウィリアムのものであることは間違いないのに、まだだれのものにもなっていない事実が、彼をどこまでも傲慢にする。
サー・ウィリアムとエックハルト・アイスラー。
二者の間に大きな差はない。
家格も、資産も、ヴァンパイアとしての資質も、すべてにおいて同等、いやそれ以上かもしれない、と思い、ほくそ笑む。
ヴァンヘイデン家とアイスラー家は同じくらい古い家柄を誇る。
初代ヴァンヘイデン家当主はドイツ出身でありながら、あまりにも栄華を誇ったため、ときの王から疎んじられ、イギリスへと亡命した。
そこで頭角を現し、またもや貴族の重鎮として華やかに返り咲いた、政治的にも優秀な家だった。政治の裏にはヴァンヘイデンあり、と謳われた家もサー・ウィリアムがヴァンパイアに成ったときに表舞台から姿を消した。
アイスラー家は同じころ同じようにドイツで権勢を奮った。しかしそれは政治的な意味ではなく、軍事的に、だ。
代々軍師として、その才能を遺憾なく発揮してきた家だった。
エックハルト・アイスラーはサー・ウィリアムよりもヴァンパイアと成った歴は短い。
およそ100年は短いだろうか。
それでもヴァンパイアとしては長命な部類に入る。
だからこそ、サー・ウィリアムに恐怖する必要などなかった。
戦えば勝つのが難しくても負けることはない、という自負がある。
けれど、あの若い男を手に入れれば、勝つのが難しいどころか、ヴァンパイアの頂点に立つことができるだろう。
それを思うと、エックハルト・アイスラーは胸が躍るようだった。
意識せず、笑いが口から溢れてくる。
あの血はおそらく、いや、きっと、古から伝わる聖女の如き血で間違いない。
嗅いだこともない、甘く香しい芳香。
全身を貫くような鮮烈、かつ強烈な香りに、一瞬で人化を解きそうになる己に、なんともいえない愉悦を感じた。
あの血を飲んだらどうなるのだろうか、考えただけでエックハルト・アイスラーはこの世のすべてを手にした気分になった。
けれど、それも急がなくてはならない。
サー・ウィリアムが伴侶としてしまえば、あの芳醇な血を飲んでしまえば、そして古の言い伝えのように次の段階へと昇ってしまっては手の打ちようがなくなる。
エックハルト・アイスラーは高揚感を胸に抱きつつ、幾分飢えを覚えるような焦燥感を感じていた。
周囲を考え、サー・ウィリアムとの間に生まれる軋轢を考え、あの護衛と事を構える面倒を考えて、あの場は引いたが、いまとなっては実に惜しいことをした、と後悔が残る。
あのとき、攫ってしまえば、今頃エックハルト・アイスラーは孤高の存在として、ヴァンパイアどころか生命の頂に立っていたものを……
惜しいことをした、がまだ間に合うか。
そう思いながら、かの香しい匂いに惹かれるようにエックハルト・アイスラーはサー・ウィリアムの屋敷へと足を向けた。




