3 伴侶て、なに?!
貴公子の何度目かの講義を受けた後のことだった。
唐突に俺は貴公子から呼び出しを受けたんだ。
専門でもない、テストがあったわけでもない、呼び出される覚えがまったくなかった俺は何かの間違えかと掲示板に張り出された呼び出しの紙を一度は無視した。
その次の講義終了後、ノートをカバンに放り込んでいる俺の耳に甘く響くような低い声が聞こえた。
「結城大輔くん、このあと時間があるなら私の部屋まで来てほしい」
弾かれたように俺は教壇を見る。
そこにはまっすぐ俺を見つめる貴公子の姿があった。
「え?」
「聞こえたか?私の部屋まで来てほしいんだ。時間はあるか?」
柔らかく響くのに、妙に強制力のある言葉に俺は思わず
「はい」
と答えてしまっていた。
その返事を受けて、満足げに頷くと貴公子はくるりと踵を返し、教室あとにした。
一緒に受けていた晃が困惑した表情を浮かべて
「何した?おまえ」
と囁いた。
「いや、まったく、なにも、記憶なし」
接点があるとしたら、腕を掴まれたぐらいだし、と小さく言ってみたが、言いながらまったく納得できない自分がいた。
文学部の3階の南側、貴公子の部屋はある。
無機質な扉には「鈴木・ヴァンヘイデン・逸朗」のネームプレート。
それを確認してから、俺は3回、ゆっくりとノックした。
中から
「どうぞ」
とやはり低いがよく通る声がした。
「失礼します」
恐る恐る言いながら俺は部屋へと入る。
入った瞬間、ふわりとスパイシーな香水の香りが漂った。あまりにもいい匂いで、なんの香水を使っているのか、聞きたくなった。
これをつければ俺もモテモテじゃん?と思ったからだとはここだけの話。
「悪かったな、呼び出して。そこへ座ってくれ」
扉の正面、大きな窓を背にして配置されたデスクから貴公子が手を差し出して言った。
デスクに向かい合うように椅子が一つあり、俺はそれに腰かける。
窓以外の壁面はすべて書棚になっていて、そのすべてに本が詰まっていた。
それ以外にはなにもない。
入りきらない本が床に積んであるが、雑然とした感じはなく、ひたすら清廉な空気に満ちている。ここにいるだけでイケメンになれるのでは?と勘違いしてしまいそうだ。
爆死必須の微笑み貴公子は、常の笑顔を張り付けることなく、ほぼほぼ無表情で俺のことを見つめていて、座ったまま何も言葉がない空間に少し居心地が悪くなった俺は居住まいを正した。
すると少し慌てたように、コホンと空咳を漏らして
「いや、少し話をしてみたかっただけなんだ」
と貴公子が口を開いた。
「というか、君は私を見て、何か思わないか?」
覗き込むようにして言われた言葉があまりにも意外過ぎて
「いや、ナンパかよっ!」
とツッコんでしまった。
「あ、すいません、癖でツッコんでしまいました、ホント、すみません。っていうか、イケメンだな、くらいしか思わないんですけど、そんなんでもいいんですか?」
軽くパニくる。
どうしたらいいのかと、ワタワタしているところへ、突然ノックもなく乱暴に扉が開けられ
て、人が飛び込んできた。
大股でデスクまで来ると、その男は貴公子のデスクに両の掌を叩きつけながら怒鳴った。
「見つからねぇし!!」
それは大きな男だった。
身長だけでなく、筋肉に覆われた体躯までが大きく、Tシャツから出ている腕には人魚のようなタトゥーが入っている。人魚の顔の部分が袖に隠れて見えず、捲って見たい衝動をかろうじて抑えた。
色の薄い金髪は首の後ろで緩く一つに結ばれていて、毛先は背中の真ん中で揺れていた。
俺から見える横顔は濃淡がはっきりしているといえばいいのだろうか、わっさり生えた眉毛に目に影を作るほどのまつ毛。幅の広い鼻にやや厚めの唇。
高い頬がより男の魅力を増している。
貴公子とはまた違った意味で綺麗な男だった。
「お前には客が見えないか?」
警告を含むような厳しい声が静かに貴公子の口から発せられ、言われた男は眉をひそめてから、初めて気付いたように俺を見た。
その瞳が薄いグリーンで、あぁ、日本人じゃないならそうだよな、と男の風体に妙な納得をする。
「…だれだよ、コレ」
親指で俺を指しながら、不審げに男が言った。
歪んで上がる口角に、俺に対する侮蔑が見える。あまりにも流暢な日本語を話しているにも関わらず、俺は一瞬なにを言われたのか、理解できずにいた。
初対面でそんな言葉を吐かれたのは経験にない。
しかしそれ以上に理解不可能な言葉を貴公子は吐いたのだ。
「私の伴侶だ」
それも憎々しげに……
話の進みが遅くて申し訳ないです……
早く展開したいのに、精いっぱい頑張ります。




