27 ダンカンは護衛です
目が覚めた俺は見慣れない天井を見て、最初、自分がどこにいるのかわからなかった。
肌に触れる寝具も記憶にない。
視線を転じて、部屋の隅に置かれたスーツケースを確認して、イギリスに来ていたことを思い出した。
おもむろに起き上がり、喉が渇いたと思った。喉が渇くほど寝ていたことを知った俺は平気かと思っていた時差に、意外と体内時計を狂わされているんだと認識した。
ベッドから降りて、ドアを開けると、廊下には運転手をしてくれたヴァンパイアが気怠そうに壁にもたれて立っているのがみえた。
何をしているのか、不思議に思いながら俺は廊下に出て階下へと降りようと一歩踏み出した、その瞬間、目の前に運転手の脚がどんと飛び出してきた。
驚いて、踏み出した足を一歩下げる。
壁にもたれたまま片足をあげて、俺を通さないようにしている運転手が盛大な舌打ちを漏らしてから言った。
「どこに行くんすか?」
ぶっきらぼうな物言いに、少しだけ臆してしまう。
「喉が渇いたから、何か飲みたくて…」
「まだ話し合いしてるんで、ダメっすね。俺が持ってきますから、部屋にいてほしいんすけど」
「えっと…」
「何が飲みたいんすか?」
「冷たいものなら、なんでも、いいです…?」
その言葉にまた大きな舌打ちを返される。思わず体がびくりとなった。
「疑問形で聞かれても困るんすよ」
「あ、じゃ、アイスコーヒーでお願いします」
「了解」
顎でしゃくって部屋に戻るように促された俺はすごすごと部屋に戻った。
しばらくしてドアをノックする音がしたので、俺はどうぞ、と応えた。
コーヒーをのせたトレーを持った逸朗がにこにこして入ってきた。あの運転手でないことを確認して、妙にホッと安堵する。
「もう起きたのか?疲れてないか?」
「うん、大丈夫」
アイスコーヒーを渡されて、一口飲む。乾いた喉にはたまらなく美味しい。
上目遣いで逸朗を見てから、もう一口飲んだ。
「どうした?」
「ん、廊下にいる人、なに?」
「大輔の護衛だな」
「そんなの、いるの?」
「いたら私が安心できる」
そのセリフはズルい。
いらない、と駄々をこねることすらできなくなる。
「あの人、だれ?」
仕方ないからアプローチを変えてみる。
「あれか、あれはダンカンといって、護衛には最適な人材だ。プロジェクトチームは信頼できるヴァンパイアで構成されているが、だからといって大輔にとって安全とは言い難い。だからダンカンを選んだ。あれひとりで十分チームのヴァンパイアと渡り合えるだけの実力があるからな」
「…そっか、ありがと」
礼を言うと逸朗がホッとしたような顔をした。
確かにヴァンパイアの中に俺ひとりってのも危険だよな、と納得したので護衛をつけてくれたことには素直に感謝したい。
でもそれだけ強くって、あの態度って、本当に大丈夫なのか、逆に不安になる俺。
コーヒーを飲み切った俺がベッドサイドテーブルにグラスを置くのを見ながら逸朗が
「私がずっとそばにいられれば護衛なんていらないんだが…」
と呟き、顎に指をあてて考え込んだ後
「やっぱりアランに出席してもらって、私は大輔と……」
なんて言いだしたから、俺は慌てて逸朗の腕を取った。
「大丈夫、俺、ダンカンさんの護衛、超嬉しい!」
俺のために定例会に出席しないなんて言い出した時にゴードンがどれほどの目力で俺を睨むかと考えただけで全身が冷や汗でいっぱいになる。
「ダンカンさんがいれば、全然、ほかにだれもいらな……ん!!」
言い切る前に俺は逸朗に覆いかぶさられ、唇を塞がれた。
荒々しく貪るようなキスの後、俺から離れた逸朗がひたすら怒気をはらむ瞳で見つめていた。逸朗の背中から真っ黒な闇が這い出して来るようにみえるほど、逸朗は怒っている。
「やはり、護衛はやめさせる」
意志強く言い切る逸朗から逃れようと、体を捻る。
「ダメだよ、ダメ、だって…」
「大輔には私が付いていればいいのだから、護衛などいらない」
いつもの低い声、でもそこに一切の甘さがない。
絶対零度の無表情を俺に向けて、逸朗は口元だけを歪ませた。
わかってはいたが、いかに今まで甘やかされていたのか、痛いほど理解させられる、美しいけれど恐ろしく光る瞳。薄い茶色の瞳にじんわりと深紅が滲んでいく。
「でも、ちゃんと出席しないと、ゴードンさんが…」
「ゴードンがなんだ、そんなもの、私には怖くない」
いや、怖いのは俺です……と心で呟く。
たぶん、俺の瞳に僅かな恐怖が宿ったのがみえたのか、逸朗の視線がふいに揺れた。
ぴりりと張り詰めた空気が幾分緩んで、逸朗が俺の胸に額をのせる。
「私は大輔を失うこと以外、なにも怖いものなどない」
「俺はここにいるよ?」
「けれど、ダンカンがいいのだろう?」
阿るように小さく囁く声に、俺はぷっと噴出した。
「何が可笑しい?」
不機嫌そうな声が胸のあたりでぼそりと聞こえてくる。
俺は逸朗の背中を撫でながら、肩を揺らして笑った。
「だって、ダンカンさんにまでヤキモチやくんだもん、笑っちゃうよ」
「……」
「あのね、逸朗さん。俺は基本的には男に興味ないんだよ。やっぱり綺麗な女の人見ると嬉しいし、可愛い女の子を見れば声かけたくなるし、胸の大きい子を見れば触ってみたくなるんだもん、絶対に男に興味はないはずなんだ。でも、逸朗さんは別。一緒にいればドキドキするし、触りたくなるし、触ってほしくなるし、そばにいたいし、いないと寂しい。性別なんか関係なく、俺にとって必要なんだな、って感じてるんだよ。だからダンカンさんには全然ヤキモチ焼く必要なんかないよ」
クスクス笑う俺をぎゅっと抱きしめた逸朗は拗ねたように呟いた。
「それならやはり女性には気を付けなければ……」
確かに、それは否定できない。
俺は流されるように逸朗とキスをしながら、思った。




