23 そうだ、ロンドンに行こう!
あのあとせっかく覚悟を決めたのに、逸朗は俺を置いて自分の部屋に戻ってしまった。
だめだ、我慢も限界だ、大輔を壊してしまう、とかなんとかぶつぶつ言いながら、ベッドから降りると、名残惜しそうに俺を一瞥して、すぐに両手で顔を隠して、去っていったんだ。
残された俺は、妙に熱の籠る体を持て余しながら、しばらくベッドの上をゴロゴロしていたけれど、諦めて寝た。
ほんの少しだけ、ホッとしていたのは内緒の話。
「おぉ!」
空港についてテンションの上がっている俺は早く搭乗手続きをしようと逸朗を誘った。
なんだか空港って無駄にテンションが上がっちゃう、と呟く俺をみて、くつくつ笑いながら逸朗は通常の窓口ではないほうへと連れて行った。
そのときはじめて知ったんだ、今回のフライトはプライベートジェットを使うって。
当たり前のようにヘンリーは荷物を運び、いつものことだとゴードンは手続きをして、毎度のことだというように逸朗は俺をプライベートサロンへと誘った。
実に快適に俺ははじめてのヒースロー空港へと降り立つことができた。
機内での密着度が恐ろしいほどで、ゴードンから何度もにこやかな笑顔で睨まれて怖い思いをしたこと以外は快適だった、と付け加えておきたい。
ちなみに俺の気持ちを確認したにも関わらず、逸朗の嫉妬心は収まらなかったようで、小百合と狼にはべつのジェットを用意して、現地集合ということになったと、ヘンリーから聞いた。
まったくヴァンパイアの独占欲ほど面倒なものはない。
空港から出ると、黒塗りのリムジンが待っていた。
やっぱり当たり前のようにヘンリーが荷物を運び入れ、いつものことだとゴードンがドアを開けて逸朗を中へと誘導している。
あとから聞いたのだが、このリムジンも含め、ロンドン市内を走るタクシーを管理する会社を逸朗の一族で所有しているとのことだった。そのためか、リムジンの運転手は護衛も兼ねてやっぱりヴァンパイアだった。
オックスフォードにまっすぐ行くのかと思ったのだが、リムジンはロンドン市内へと向かっていた。
「逸朗さん、ロンドンになにか用事があるの?」
「いや、これから住む予定の屋敷に向かっているが?」
「オックスフォードは?」
ヘンリーがくつくつと笑って、逸朗を軽くねめつけた。
「なんだ、話してないのか?こいつな、オックスフォードじゃ遠いから、ロンドンの屋敷の一部にラボを作ったんだよ。そこで大輔とチームは研究プロジェクトが出来るように、ついでにいえばいつもでウィルが行けるように、な」
「えええ?!」
「だからオックスフォードには行かないってこと。ウィルが大輔を目の届かないところにはやるわけないだろ」
それからくんくんと匂いを嗅ぐように鼻を俺に向けて
「まだ伴侶じゃ、ないみたいだけど。ウィルはすでにそのつもりみたいだし、ま、そんなもんだろ。でも早く伴侶なら伴侶にしておかないと……」
その先を話させるつもりがないのか、逸朗が強く遮った
「わかってる」
「…ならいいけど」
まただ。
また俺の知らないヴァンパイアのお約束があるんだ。
なんとなく面白くなくって、俺は子供みたいに唇を尖らせて抗議した。
屋敷、と言っていたのでお城みたいな建築物を想像していたが、到着した先にあったのは実にイギリスらしい古い建物だった。
大通りに面した隙間なく古い建物がずっと立ち並んでいる、そのうちのひとつ。
おおよそどの建物も4階ないし5階建てで、美しくはあるが、どちらかというと要塞のような雰囲気のものだった。
豪華絢爛、という感じではない。
ゴードンが鍵を開けて、中へと入っていく。
続いて運転手とヘンリーが荷物を運びこんでいった。
俺は逸朗に腰を抱き寄せられながら、中へ入らず、みんなの仕事が終わるのを待っていた。
「逸朗さん」
呼べば、ちらりと俺に視線を寄越す。
「こっちではウィルって呼んだほうがいい?」
瞳を細めて笑って、どちらでも、と逸朗は言った。
そして可愛くてたまらない、というかのように俺の髪をくしゃりと撫でた。
「どうしようかな…」
悩む俺に逸朗は屈んで、耳にキスをしてくる。
そしてそのまま耳元で
「私を逸朗と呼ぶのは大輔だけだ」
と囁いた。
俺だけ、の特別感が、囁かれた快感と相まってぞくりと体を震わせてしまう。
そんな俺を見て、実に満足そうにふふふ、と笑った。
「準備が整いました。お待たせ致しました、中へどうぞ、坊ちゃん」
ゴードンが玄関のドアを開け、恭しく一礼をする。
それから俺は逸朗のエスコートでこれからしばらく暮らす家へと入っていった。




