21 人狼解放交渉します
絶対に部屋からは出るな、と言いおいてから逸朗は舌打ち交じりに小百合のもとへと向かっていった。本音は小百合と話したいけれど、今以上に逸朗の機嫌を損ねるのは得策じゃないことも理解していたので、俺はドアの隙間からこっそりと覗くだけで我慢した。
さっさと話を終わらせたいらしい逸朗は俺の部屋のドアの前に立ち、すでにソファに座っていた小百合に対峙した。
「なんだ?」
地から響くかのような声。
「人狼のことよ」
「それはヘンリーに任せた。すでに終わったことだろう」
「いいえ、ひとり、生かしてあると聞いてるわ。返していただかないと、私の面子に関わるのよ」
「ほう…」
唸った逸朗の肩がくっと上がった。
かなり怒っているのだろう。
「人狼が悪さをしてたのを放置したのは私のミス、それは認めるわ。だから私も情報収集して協力したつもり、そうでしょ?ヘンリー」
「小百合のおかげで助かったよ」
答えたヘンリーの言葉を受けて、でしょ、と逸朗に自慢気な視線を送る。
「しかも今後もあなたに仕えると誓ってもいいわ。だからあの子を返してちょうだい」
「話にならん。私はあなたを騎士にしたいとは思っていない」
「いいえ、あなたの伴侶が彼である限り、私の忠誠はかなり有効なはずよ」
この国のヴァンパイアの長が彼女だとしたならば、ここに住む限り、俺の保護を約束しよう、と取引を持ち掛けているんだ、なんて豪胆な人だろう。
しかもこの会話の流れからすると、どうやら人狼を管理しているのも彼女なのだろう。
今回のことでおそらく逸朗は人狼サイドからの恨みを買っているはずだから、俺の保護を交渉材料にするのはかなり的を得ている。
「なぜ、いまなのだ?」
「あと1時間後が約束の時間なのよ、狼との」
言外に、わかっているでしょ、と言わんばかりの態度で無駄のないすらりとした脚を組み替えた。逸朗が大きくため息をつく。
おそらくヘンリーから話は聞いていたのだろうが、定例会に証拠として捕らえた人狼を連れいくつもりだったから小百合からの要請を無視していたんだろう。
「狼は若いのを管理できなかったことを反省してるわ。だから今回のことはウィルの一族に非がないことで構わないと言っているのよ。ただ、生きているなら返してほしいって願ってる。ただでさえ個体数が減っている中、若いオスを失いたくない、それが狼の願いなの」
「しかし人だけじゃない、ヴァンパイアにも被害があって、それで本部が動いたんだ。さすがに証拠をほいほいとは渡せないよ、小百合」
ヘンリーが助け舟を出す。
「わかってるわ。だから今回は狼が同行すると言ってるの」
「…!」
逸朗もヘンリーも小百合の言葉に息をのんだのが分かった。
狼、とさきほどから言われているのは人狼のトップかなにかなんだろうか。
「狼が動くなら、私も行くわ。それが私の一族の掟だもの」
「ウィル、下っ端連れて行くより…」
「わかってる」
低く答えて、逸朗は小百合をねめつけた。
「狼の同行を受け入れよう」
「じゃぁ!」
嬉しそうな小百合は軽やかに立ち上がり、ヘンリーの腕を取った。
「では俺のエスコートで参りましょうか、小百合嬢」
「ええ、よろしくってよ。ではウィル、ごきげんよう」
にこやかに笑って、小百合は去っていった。
その背中に、二度と来るな、と逸朗は殺気を放った。
まったく見事な交渉だった。
ドアの影から俺は小さな拍手を小百合の背中に送っていた。




