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2 二度目の邂逅

咲き誇っていた桜の花も散り、新入生に浮かれていた大学の雰囲気も少しだけ落ち着きを取り戻しつつある4月下旬。

いかにも春らしい、穏やかな暖かさの中、キャンパス内の新緑に目を奪われつつ俺は歩いていた。単位にもならない、けれど教職免許取得に必須の意味不明な講義を受けた後、次の専門講義までの気分転換にキャンパス内をウロウロしてみようと思ったんだ。


5月のゴールデンウィークを過ぎたら不思議と人が減るキャンパスも、まだこの時期には学生で溢れ返っている。そんな中でもひときわ集団で移動している人たちが前方から押し寄せてきた。

とくに興味があったわけでもないが、何気なく俺は視線を送った。


群がる女子たちから頭2つ分飛び出した背の高い男が中心にいる。

ほんの少しのそよ風でもふわふわと揺れ動きそうなやわらかな黒髪に、すんなりと伸びた手足、切れ長の目の上にははっきりとした自己主張のある眉。

通った鼻筋の下には、やさしく微笑む薄い唇。

どこからどう見ても難癖のつけようのないイケオジだ。


あれが噂の…爆死必須の微笑み貴公子かぁ……


初めての実物を前にして、俺は素直にかっこいいと一人頷く。


先に見ていた晃が


「同じ男として…生きてるのが辛い!!」


と叫んでいたのも納得。

ほんのり口角を上げるだけで10人くらいの女子は死ぬんじゃね?と晃に言われた時には、そんな奴おるか?と疑問視したが、いやいや、あれは、確かに死ねる。

あの瞳に見つめられて微笑まれたら、たぶん、100人に95人は死ねる。

胸出ててウエストほっそりのくびれ女子大好きな俺でさえ、死ねる。


ま、俺には関係ない話だけど。


そう思いながらも、ヨーロッパ歴史学の例の講義は一般教養として受講可能なことがわかり、申し込みもしてあるので、翌週から週に1回はあのご尊顔を拝謁することになる。

もっとも晃も俺も、目的は可愛い女子探しなのだけど。

彼女がいても、それとこれは別、ってのが、男ってもんでしょ、とお互い彼女にバレないようにこっそり協定を組んでいる。


そんな取り留めのないことを考えながら、その一団をやり過ごそうとしたとき、突然腕を取られた。

何事かと慌てて自分の腕をみたら、細くもない俺の二の腕をすっかり包み込むような大きな手に掴まれていた。驚いて顔をあげると、そこには目が眩むかと思うほどのご尊顔。


「え、なに?なんで?え?」


俺の口から零れる小さな驚き。

その声で我に返ったかのように、掴んでいた手を放し、ご尊顔の眉が下がった。


「申し訳ない、人違いをしたようだ」


低く響く心地のいい声がそう呟くと、彼の周囲の女子たちが一歩ひいて俺を見る。

これをだれと間違えるわけ?と、そのいくつもの目が語るのがわかって、俺は少し面白くなかった。


イケオジが人間違いをしたからって間違えられる相手までイケメンだと思うなよ。


心の中で愚痴るだけで、顔では笑顔を作り出す。そして


「いえ、大丈夫です。すみません」


なんて謝ったりするんだから、気が小さいにもほどがある。

自重気味に思いながら幾分速足でその場を去った。




「いいよなぁ、俺にあの顔面偏差値あったら、もう世の中敵なし無双で、やりたい放題の人生送るのに、真面目に研究って、もったいねぇ…」


お昼の学食。

俺の前の席に晃。その横にやっぱり悪友の一人、哲司が座って文句を垂れた。

どうやら例の貴公子を拝謁する栄を賜ったらしい。


「俺もはじめてみたとき、本気で生きてくのが嫌になったわ」


「それな!」


晃と哲司が二人で笑う。


悪友のうち三人が今日はそろった。常に一緒にいるのはだいたい、この三人だ。

あとは飲み会のときだけ顔をそろえることが多い。

学部が違うとなかなか難しいんだ。


晃も哲司も決して不細工ではない。

それは欲目でもなく、普通にかっこいい。

晃はほどよく整った体形にちょこんと可愛らしい童顔が乗っている。チャラくならないギリギリの茶髪に染めて、ちゃんと流行に敏感な男子らしくオシャレだ。男のくせにクリクリとした大きめの瞳がまた茶目っ気があって、合コンに行ったら第一印象でまずモテる。

哲司は哲司で、なかなか男らしい。

しっかりした体躯で、脱げばすごいんだ、と自慢の細マッチョらしい。

短く刈り込んだ黒髪に、はっきりとした目鼻立ち。

そのくせよく気の付く優しい男なので、やっぱり女子が放ってはおかない。

なぜか彼女が出来ないのだが、本人は真剣交際以外は責任が取れないから、と笑って言う。

あちこちで泣いてる女子がいるのでは?というのが晃と俺の想像だ。


二人に比べ、ごくごく平凡な俺はあまりにも特徴のない人間である。

だからこそ彼女から付き合ってほしい、とのメールに気持ちがあるかどうか別にして、飛びついたわけなんだけど。

もっとも、俺のこと好きなのかな?と思った時点でその相手に好意を持ってしまうのも事実で、おそらくメールを見たときには彼女に恋をしていたんだと思う。

たぶん。


「でもさ、だれと間違えて腕掴むんだろうな?」


哲司が不思議そうに言った。


「そうなんだよな、年齢的にも絶対知り合いって感じじゃないしさ、全然接点もないし、普通知り合いかな?って思っても腕、掴まないよな。だいたいは、あれ?なんとかさん?みたいな声のかけ方じゃん?マジ、不思議」


「記憶ないだけで、どっかで一緒に飲んでたりしてな」


晃が笑い交じりに言う。

確かに、それならあり得るかもしれない。俺はわりと酒に強くて、一人でも飲みにいくことがある。たいてい記憶をなくすほど飲むことはないけれど、絶対にないとも言えない。

それくらい飲んでも別段誰にも迷惑をかけないのは今だけだと思うからこそ、飲めるだけ飲むからだ。

だけどあれだけの綺麗な顔を果たして忘れることができるだろうか?


「それにしてもすごいよな、俺が見た時も周囲1メーターは女子まみれだったよ」


俺がそう言うと、晃も哲司も強く頷いた。


「いいよなぁ…」


俺と晃が呟いた。




石の床。

石の壁。

暗く、ジメジメと湿気た空気。

淀んだ空気は鼻を突く異臭を放つ。


目を上げると、そこには無情なまでの威容を誇る鉄格子がある。


投げ捨てられたように床に転がる固そうなパンには暗闇でもわかるほどカビが生えていた。

ゆっくりと部屋の隅を見やれば、薄いベッドに、小さな木桶がひとつ。


それ以外は何もない。


空虚な狭い世界。



なぜ、どうして?



ひたすら心の内で思うも、それに対する答えはない。

己に誇れども、疚しさのない自分にとって、この境遇にあること自体が理解できない。


美しかった手も、手入れのされていた爪も、今や見る影もなく、汚されて。

鏡のないこの空間で、どれほど己の美貌が失われているのか。


ひとつため息をつく。


なにも恥じることはない、と胸を張りつつ、小さな羞恥と大きな後悔があることだけは否定できない。

けれどそれが原因で、この状況にあるのでもない。


いつ殺してくれるのだろうか?


そんなことを思いながら、彼を思い出す。



「会いたい……」



それが今、唯一の欲望だった。




「……なんだ?」


起きると、俺は泣いていた。ボロボロ流れる涙に、自分でも驚きながら体を起こす。

夢を見て泣くなんて、生まれてはじめての経験だった。

自分が自分でないかのようで、ベッドサイドにあるスマホを手にして覗いた。

そこには寝起きのぼんやりした見慣れた顔が映っている。

こめかみの奥でまたチリリと小さな痛みが走った。


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