18 大輔、イギリスに行こう!
同居生活も2か月が経った。
来月の終わりには逸朗はイギリスへと行く予定になっている。表向きはシェイクスピアにまつわる研究のための出向だが、実際は例の秘密満載定例会出席のためらしい。
本来はヘンリーの造り手であるアランという人が行き、逸朗は裏方サポートだけの予定だったのだが、直情型のアランには少々荷が重いだろう、というヘンリーの一言で逸朗が矢面に立つことになり、かなり面倒そうにしていた。
他にもいるだろう、と代理を立てようとした逸朗に、ものすごくいい笑顔の、けれど目がまったく笑っていないゴードンに、一族のためにも一働きしていただきます、とはっきりと言われて諦めたようだった。
ゴードンの、あの顔は怖いんだ、と毒を盛られないで命拾いした俺は陰で震えながら激しく同意していた。
俺はひとり、残って普通に大学生活を送るつもりだ。
逸朗の過保護なまでの溺愛ぶりに食傷気味だった俺としてはちょっとした息抜きにもなると、表には出さなかったが思っていた。
そんなことを考えているなんて表面化したら大変なことになる。
逸朗が行かないと駄々をこね、きっと俺はゴードンに殺されてしまう。
恐ろしい人なんだ、ゴードンは……
ちょっとした開放感を胸に、機嫌よく実験実習を終えた日だった。
実験道具の整理と洗浄をしている俺のところへ、名ばかりの担任が慌てて走ってきた。
大学にもなって担任がいるとは思っていなかったから、入学当初はかなり驚いたが、実際クラス分けがあり、分けたからには担当がいないといけないらしいルールにのっとり、ほとんど意味をなさないにも関わらず担任という制度が設けられていた。
4年間同じ担任が担当するのだか、正直接点がなさ過ぎて、名前を呼びながら実験室に入ってきた先生を見ても、誰だっけ?と思った。
「結城、今すぐ一緒に来てくれ」
息も絶え絶えの担任に連れていかれた先はなんと絶対に縁のないと思っていた理学部長の部屋だった。
なにかしたのか、不安がじんわりと俺を包む。
「よく来てくれたね、驚いただろう?」
鷹揚に笑って、どっしりとした理学部長はソファセットの一人掛けソファを手で示し、座るように促した。担任にはもういいよ、と退室を誘導し、部屋には俺だけが残されている。
「実は驚いたのは私もでね、いやいや、今朝になってメールが届いて、君、オックスフォードの遺伝子研究センターって知ってるかね?そこからのメールなんだが、新しいプロジェクトチームの一員にぜひとも君が欲しいと名指しで来たわけだよ。もちろん、単位取得になるよう向こうでも手配をしてくれるそうだから、6か月ほどの期間限定になるが、行ってもらいたいと思ってね。2か月後の出国だそうだよ」
矢継ぎ早に言われた言葉に俺は絶句した。
「いい経験になるしね、当大学としてもなかなか有難い申し出だから、お断りするのはまったく考えてほしくないんだよ。ところで君はなにかそんな論文でも書いていたのかね?」
「いえ、そんなことは…」
答えながら、絶対に逸朗が手をまわしたんだと確信した。
離れているのが嫌なんだろう、自分の目の届かないところにいるのは耐えられないんだろう、それは俺を信じてないとか、そういうことでなく、もう本能で我慢できないだけなんだ。
よく俺を置いていく決断をしたと思ってはいたが、まさかの暗躍があったとは。
苦肉の策なんだろうが、俺に遺伝子を触るだけの技術がまだないことを理解しているのだろうか?
恐ろしいくらいの不安で押しつぶされそうになりながらも、どうだろう、行ってくれるよね、の学部長の言葉に
「行きます…」
としか言えなかった。
「逸朗さん!!!」
帰るなり、怒鳴った俺を見て、ご機嫌そうに逸朗は笑った。
「これで一緒に行けるだろう。単位も取れるし、希望していた遺伝子解析もできる。一石二鳥だろう?」
「でも俺、まだ、そんな技術は…!!」
「オックスフォードにあるが、遺伝子研究センター自体は私の出資で成り立っている研究所だから大輔が不安になる必要はない。しっかりと自分のやりたいことをやればいい。サポート体制は整えておいてある。新しいプロジェクトの出資も私だから、チームのほとんどはヴァンパイアばかりだ。安心するといい」
いや、逆に、ヴァンパイアに囲まれて安心できる人いるの?って感じなんですけど…
とは言えず、俺は肩を落とした。
そうとなったら仕方ない。腹をくくってずっとやろうと思っていた研究でもやればいい。
ヴァンパイアばかりなら、逆に言えばなんの気遣いもせず調べることができる。
ついでだからウイルス同定もできるかな?
ちょっとだけ楽しみになり、わくわくしてきた俺を見て、ヘンリーが単純なやつ、と思っていることには気付かなかった。
オックスフォードに遺伝子研究センターは存在しません。あくまでもフィクションです。
ご了承ください。
よろしくお願いします。




