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17 はじめまして、ゴードンさん

ちょっと長くなってしまいました。

すみません。

同居生活が始って1か月。


生活場所が変わっただけで、とくに俺の生活に変化はない。

普通に大学に通って、いつも通りバカやって。

晃と哲司には逸朗との同居生活が始まったことは説明してある。

晃は、へぇ、そっか、程度に流す感じで、多少驚いたものの、大輔がそれでいいならいいんじゃないか、と興味なさそうだったのに、意外と哲司が喰いついてきた。


「亡くなった妹が俺に似てるんだって。できれば一緒にいたいって言われて、まぁわりと贅沢な生活になるし、いっか、て思ってさ」


微妙に嘘は混ざっているし、もっとも重要かと思われる真実は口にしなかったけれど、おおよそ似たような話だから構わないかな、と思いながらの説明に、案の定納得できなかった哲司は声高に反対をしていたのだけれど、晃からお前は関係ないことだし、大輔が決めたことに口出すのはおかしくないか、との冷静なツッコみでおとなしくなった。

晃としては俺が彼女と別れたことのほうが問題だったようで、それに関しては少しだけ苦言を呈された。

でも彼女からの短い最後のメールをみて、別れたことも納得したようだった。


逸朗は毎日のように全身全霊で俺のことを甘やかしてくる。

同居してすぐ、風呂に入っていたら当たり前のように乱入してきたことがあり、俺は乙女も真っ青な悲鳴を上げた。以来、俺の部屋でしか風呂は入らないようにしている。

大きいほうが気持ちいのになぁ、とそれだけは不満だ。

玄関脇の鍵のかかったドアは階段のドアだった。

あの階段はパウダールームとバスルームの上に位置する部屋へと通じており、逸朗の書斎とは別に趣味の本ばかりを集めた図書室になっていた。

どおりで居間の天井が吹き抜け並みに高いとは思っていたが、まさかのシークレット図書室があるとは驚いた。

なかなか面白いラインナップだったし、図書室中央に座り心地のいいソファセットがあったりするので、部屋を開放してもらうことにして、わりと休日はそこで過ごすことが多い。


朝起きれば俺の朝食が出来上がっていて、昼はときどき文学部の逸朗の部屋で弁当を食べたりして、夜はやっぱり逸朗の手料理があって、風呂以外は何不自由ない贅沢をさせてもらっている。

それだけでも満足なのに、甘い甘い逸朗の接待まであるから、俺はちょっと胸焼け気味だったりもする。

いつもそばにいて、いつも俺のどこかを触っていて、隙あらばキスをされて、ちょっとでもほかの誰かを気にすると絶対零度の温度でヤキモチまでやかれる。

教壇で講義をしている逸朗とはまったくの別人が目の前にいて、俺はいつも少しだけ混乱する。むしろ甘い逸朗に慣れてしまったから、キャンパス内の逸朗のほうに違和感があるんだ。ちょっと素っ気ない気がして、胸がさわさわと落ち着かなくなる。


けれど毎晩おやすみのキスの後、俺の髪をくしゃりと撫でてから自分の部屋に行く逸朗の背中を見る度に大事にしてくれてるんだ、とほわほわとあったかい気持ちになる。

はじめての夜以外、俺は逸朗の部屋には入っていない。

逸朗も俺の部屋には来ない。

ちゃんと俺が逸朗を受け入れ、伴侶となるまでは節度を保つんだ、という暗黙の了解がふたりの間で出来ていた。


ぶっちゃけてこの1か月、俺は真綿に包まれるような幸せを享受しまくっていた。


そんな幸せボケの花を頭の上に盛大かつ大量に咲かせまくっていたときだった。

何の前触れもなく名前しか聞いたことのなかったゴードンが逸朗の部屋を訪れたんだ。



はじめましてのゴードンは俺のなかでは一瞬にして「セバスチャン」と命名された。

もちろん心の中で。

それほどイメージでしか知らない執事のような人だった。

あ、人じゃないけど。


真っ黒の細身の3ピーススーツを着こなし、白髪を後ろへ撫でつけた美丈夫。

真っ直ぐに伸びた姿勢は美しく、ソファでだらけていた俺は慌てて居住まいを正したくらいだ。

やってきてすぐにゴードンは長い両足をきっちりとそろえ、右手を背中に回し、左手を胸に当てて、見事な礼をしてから逸朗にむかって静かに挨拶した。

その間、俺のことはガン無視だったけど。


「坊ちゃま、ご無沙汰をしております。伺う限りでは恙なくお健やかに過ごされていたとのこと、恐悦至極にございます」


坊ちゃま!!!

坊ちゃまって!!!!!!


なるべく表情筋を動かさないように気を付けて、心の中で盛大にツッコむ。

俺の横で組んだ長い脚を投げ出したまま、逸朗は面倒そうにゴードンを一瞥して、挨拶に軽く頷いて応えた。

そしてこれ見よがしに俺の顎を掴むと軽く唇を触れ合わせてくる。


逸朗の腿の上に置いていた俺の手にぎゅっと力が入ったことに満足したのか、蕩ける瞳を俺に向けたままにっこりと微笑んだ。

もうこのまま死ぬんじゃないかと思うほどの威力で心臓が飛び跳ねた。


「紹介しておこう。私の伴侶となる大輔だ。そのつもりでいてほしい。扱いを間違えることがないよう、重ねて注意しておく」


「承知いたしております」


「大輔、これがゴードンだ。ヘンリーよりは頼りになるし、なにかあったら頼るといい」


ただし、とわずかに目を細めてから、私を最優先に頼るのは忘れないでくれ、と俺の耳元で囁くように付け足した。


「それではまずフランスのほうから話を聞こう」


「新興一族と宣言したソフィアの一団を拘束、現在監禁中でございます。造り手のソフィアを筆頭とした一団で、それ以上にはまだ拡大しておりませんでしたので、こちらは坊ちゃんがお戻り次第采配していただくこととしております」


坊ちゃん……

話の内容よりもそれが気になって、俺の肩が揺れてしまう。

そんな俺の様子にちろりと視線を送ってから、困ったように逸朗は笑った。


「ゴードンは私が生まれたときからの執事でな、ヴァンパイアと成ったときに、私に仕えるために一緒にヴァンパイアに成ってしまったんだ」


それでいまだに坊ちゃんのままなんだ、と呆れ気味に言った。

なんというつわものだろう、と思わず尊敬のまなざしを送ってしまう。


「ではマイアミの件は…」


「アルバートがうまく動いてくれたようでして、全部終了後アルバートを拘束、本部へと連行いたしました。多少、脳を弄りましたので、本部へ行っても役には立たないかと。大変申し訳ないのですが、魔術師との関連は掴めないままでございます」


その目的も、謎のまま。


「ただ少々気になることがございます。本部の動きも以前から疑問がございましたが、どうやらその後ろに魔術会があるようでございます」


「なに?」


逸朗の、俺の肩を抱いていた指に力が籠る。低く唸る声は警告を発しているかのようだ。

息をのむかのような剣呑な雰囲気をものともせず、にこやかな笑みを口元に張り付けたままゴードンは囁いた。


「坊ちゃまのご懸念がどうやら的外れでもなくなってきたようでございます」


さらに、と平素の声音に戻して


「人狼に関しましても、背後にあるものは同じものかと推察されます」


「魔術会、か。厄介なものが絡んできたな」


「はい、おっしゃるとおりで」


「となると、尻尾を掴むのも難しかろう。仕方ない、定例会までに今までの情報から割り出せるだけ割り出して、議題にあげてみるしかないか」


「もしくは……」


逸朗が俺から体を離してから開いた両膝に肘を乗せて、前傾姿勢を取ってゴードンに向き合った。


「本部は別にして一族へはまだ影響が少のうございますので、このまま一度手を打ちつつ様子見をされても宜しいかと」


「時間はありそうだと判断するか?」


「はい」


しばらくの黙考のあと、逸朗はソファの背へ体を投げ出した。


「よかろう、わざわざ火種を蒔くこともあるまい。我が一族は傍観する」


「ご英断でございます」


恭しく一礼して、ゴードンはキッチンへと向かった。

手際よく紅茶を淹れ始める。

俺が喜ぶかと、逸朗が買っておいた焼き菓子を皿に並べながら、ふと興味を惹いたようにゴードンが俺を見た。


目が合って、慌てて俺は目礼を返す。


逸朗は珍しくまだ考えていた。

よっぽどの懸念材料があるのに、守備一徹になっているらしい状況に次に打つ手のなにが正しいのか、悩んでいるのだろうか?


「紅茶をお淹れ致しますが、大輔さまはお菓子で宜しかったでしょうか?サンドイッチでもお作り致しましょうか?」


「え、あ、お気遣いなく…」


完全無視からの声掛けに、声が裏返ってしまった俺は、ン、ン、と喉を整えた。


「お気遣いとは面白いことをおっしゃいます。わたくしはそれが仕事でございます。なんでもご遠慮なさらずお申し付けいただけますと嬉しゅうございます」


「そうですか、じゃ、軽くなにか食べ物ください」


「お任せくださいませ」


にこやかな笑みを張り付けたままでゴードンが動き始めたが、逸朗に対したときと言葉遣いこそ変わらないけれど、明らかな冷淡さを感じて、サンドイッチに毒でも仕込まれていたらどうしようかと不安になった。

大事な坊ちゃんに近づくものはなんであろうと排除の対象だと、突き付けられた気分だった。


やっとゴードンが出せました。

少しずつ人物も増えていく予定です。よろしくお願いします。

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