15 逸朗との甘くない会話
「俺さ、逸朗さんに出会う前にたぶん、逸朗さんに会ってたよ」
俺の前髪を愛おしそうに触れていた逸朗が片眉をあげる。
「飲んだ帰りに空を見上げたら赤く光った目があったんだ。あれ、たぶん、逸朗さんだよね。だってその夜からだもん、俺が変な夢を見るようになったのって」
「夢?」
「そ、夢の中で俺は気の強そうな女の人なんだ。こないだ地下鉄でうたた寝したときなんて、逸朗さんと出会った時の夢だったよ。そりゃもう、すごい一目惚れしてた」
ふふふ、と笑う。
思い出しただけでも胸が熱く滾るようだ。
「俺はきっとその気持ちに引きずられてるって思ってて。だから自信をもてない」
「彼女の想いが大輔を捉えてしまっているのか?」
「うん、そう、たぶん」
俺は起き上がって、逸朗さんの肩に頭を乗せた。俺の肩を包むように腕がまわされる。
「だって逸朗さんのこと、まだよくわかってないし。逸朗さんだって俺じゃなくって俺の中の魂を見てるでしょ?」
言いながら泣きたい気分になってくる。
乙女か!と自分にツッコみながら、優しく頭を撫でてくれる逸朗の指を意識した。
それだけで幸せになる。
「私もわからない。きっかけが魂だとして、今は大輔でなければ嫌だと思うくらいに求めている。女であれば、とは一度も考えなかった。ただ大輔が欲しい」
「俺は…どうなんだろう。あんだけ激しい気持ち、たとえ夢でも忘れられない」
肩から胸へと顔を移す。
ふわりとスパイシーな香りが俺を包み、この上なく安心した。
心臓がとくん、とひとつ波打つのが聞こえ、冷たい肌でも生きているんだ、と実感した。
ぐっと逸朗が俺を抱きしめたまま、旋毛に唇を落とす感触がした。
そのままの状態で大きく息を吸ったのが、胸の動きで分かって、俺は上を見た。
逸朗の瞳が熱をもって潤んでいる。
長いまつ毛が細かく震えていた。
「キス、してもいいか?」
耳に心地よく響く低い声。
俺は頷くより早く、逸朗を抱きしめキスを貪った。
「聞かないようにしてたけど、気になるから聞くんだけど」
前置きをして
「さっきの話、どういうことなの?いまなにか種族間で問題が起きてるの?」
長いキスの後、しばらく俺を抱擁していた逸朗が甘い吐息を吐いたのを確認してから俺は聞いた。
まずはコーヒーでも飲みながら、と逸朗はキッチンでコーヒーを淹れてから
「ここ数年、それぞれの種族にそれぞれの問題が起きている」
と言った。
淹れたてのコーヒーがテーブルに音もなく置かれる、その所作があまりにも綺麗で、思わずため息が漏れた。
「ヴァンパイアは質が落ちてきていて、なかなか一族に認められない個体が頻発している。それらが勝手に集団を形成し、新しい一族を立ち上げてしまったので、その粛清に本部は忙しい」
コーヒーを飲む仕草まで美しい。見惚れるな、というほうが難しい。
「人狼はやたらと好戦的になって、人に交じって生活することが難しくなってきた挙句、種を残すことすらできなくなりつつあるらしい。年々その個体数は減っている」
カップをテーブルに置いた手が無意識に俺の腰へとまわされる。
「魔術師に関してはまだなにも表面化していないが…なにかをしようとしているのだけはわかる。あれらもここ近年、魔術を扱えるものが減少化傾向にあるから、その対策になんらかの動きをしているんだろうとは思っているが…正確なことは掴めていない」
「ヴァンパイア狩りもその対策に関りがある?」
「…と思うか?」
「無関係だとは思えないよ」
「だろうな。断定的なことは言えないが、おそらく我らの血が必要なのだろう。だが、それをどう使うつもりなのか……」
「感染させるときって、血を飲ますの?」
俺の言葉に嫌そうに眉を顰めて、首を振った。
腰にまわした手とは反対の手が俺の耳たぶを引っ張って遊んでいる。
「飲ませても感染はしない。もっとも飲ませたこともないからわからないが、普通造るときは血管に直接流し込む」
「じゃ、飲ませたときの反応はわからないんだよね、ヴァンパイアの血が人にどんな作用があるのかはわかってないわけだ」
ぶつぶつと俺は呟きながら、脳を急速回転させて考える。
「血を吸うときはどうするの?吸うの?飲むの?」
俺のさらなる質問に眉間のしわが深くなる。それでも逸朗は真摯に
「牙がストローのようになっていて、噛むだけで流れ込む」
今はない牙を見せるように軽く上唇をあげてみせる。
それで感染しないということは、ヴァンパイアウイルスはヴァンパイアの血液中にしか存在しないらしい。体液にあったら唾液で感染してしまうはずだから。
「面白いね、すごく調べてみたい」
呟いて、俺はこの研究テーマにどうアプローチしていくかをかなり真剣に考え込んでしまった。




