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2-20 日常とその後

定例会を終えて家に帰ると、逸朗が渋い表情で居間のソファに座って手紙を手にしていた。

大輔は気にすることなく、キッチンへ行き、マカナに小腹が空いたと訴えた。

彼女は手早く冷凍しておいたマサラダを揚げてグラニュー糖にまぶしてから、熱々を紙袋に入れてダイニングテーブルで待っていた大輔に渡した。

ハワイの朝食に人気のある揚げパンである。


大輔は嬉しそうにはふはふしながらかぶりついた。油の香ばしさと砂糖の甘さが広がり、大輔の顔が蕩けた。


「旨い!」


にこにこしてマカナは10個程、揚げたあと、珈琲も淹れたので、大輔は珈琲とマサラダの無間地獄に嵌まっていた。


「あまり食べると太るぞ」


手紙を放り出して、逸朗がマサラダをつまみにきた。紙袋をひとつ手に取り、はふりと食べる。

確かに旨いな、と呟いて、マカナに珈琲のおかわりを頼んだ。


「定例会は終わったのか?」


「うん、お礼が言えて良かったよ」


さすがに3個目を手に取るのはどうかな、と大輔は悩んで、紙袋をじっと見た。


「確かにあれがなければ危なかった」


逸朗が肯定しながら、迷う大輔の手に紙袋をひとつ押し付けた。マカナがそんな大輔を微笑ましく見つめて、珈琲を注ぎ足した。


「さっきの手紙、なに?また問題が起こるのはちょっとキツいんだけど」


3個目に齧りつきながら大輔は聞いた。

すると逸朗はあからさまに嫌そうな表情で憮然と答えた。


「あれはシュナイダー家から文句と礼の手紙だ、あそこのヴァンパイアも今回の犠牲者にいるだろう?ロルフからは仇を討ってくれてありがとう、の手紙。エミリアからはなぜ参加させなかった?との抗議の手紙だな」


呆れたように嘆息すると、逸朗は食べ終えた紙袋を握り潰した。


「返事は?」


「こんな馬鹿らしいもんに書けと言うのか?」


眉を上げて逸朗は文句を垂れた。大輔はくすくすと笑って、俺が書いておくよ、とソファセットのテーブルに投げてある手紙を回収した。


「ゴードンは?」


「まだしばらくは帰らないらしい」


シモンがミーナを護って怪我を負ったとき、ゴードンはイギリスに残り、盟友の看護に邁進していた。やはり表面の傷は治しても内臓の傷に関しては病院での治療が必要になり、手術までした。

出血が多かったこともあって、しばらくは安静だと言われたシモンの代わりにゴードンがフランスで執事を熟している。

アランが非常に困ったように逸朗に電話をしてきて、早く引き取ってくれ、と泣き言を溢していたが、逸朗はゴードンの好きにさせるつもりだった。

あれにだって人の友人があってもいいだろう?と茶目っ気いっぱいに瞳を輝かせて言った彼に大輔はまた恋をした気分だった。


ヘンリーはゴードンから逃げるようにフランスから日本に来ていて、階下の自室でのんびりと騎士生活を満喫している。ごく稀にやって来てはマカナの食事を堪能し、大輔を揶揄い、逸朗から仕事を申し付けられていた。


ダンカンは相変わらず自宅警護をメインに、マカナと幸せな毎日を過ごし、大輔の魔法陣指輪が欲しいとルカに強請っている。ルカはそのうちにでも、とのらりくらりと躱しているが、ダンカンは意外としつこいタイプなので、近いうちにマカナも結婚指輪をするのではないか、と大輔は楽しみにしていた。


ジョシュアとは変わらず実験を進めている。

フランスから帰国後、放っておいた細胞が面白い動きをしていたことがわかり、これが突破口になるのでは、とふたりで期待している。

相変わらずの仲の良さに逸朗は気が気でないらしく、ジョシュアの名前が出るだけでも機嫌が悪くなって困る、と大輔は唇を尖らせている。


アランとミーナも変わらず、幸せそうにしているが、今回のことで使用人にまでヴァンパイアだと知られていることがわかり、相談して養子をとることに決めた。

夫婦で子供を育てよう、と話し合ったのだという。たまたま村で私生児が産まれ、出産の最中に母親が亡くなってしまったこともあり、彼らはその子を己の子として育てることにした。

乳母を雇い、ミーナは寝る間もなく子育てに必死だが、憧れ続けた家庭を持ってこの上なく幸せそうにしていた。


ミーナの伴侶だと声高に訴えて、今回の事件を引き起こしたギヨムは拘束の魔法陣で囚われたまま、本部として使用しているマリアン・バングの屋敷の地下牢に入れられた。

彼のエネルギーが続く限り、拘束された状態が維持される。

そのまま放っておくことがギヨムへのいい罰になるだろう、とアランが処断したのだ。レディ・マリアンは囚人の受入れにはじめは渋ったが、針子として一流のミーナ謹製のドレスを毎年届ける、と言われた瞬間、快諾した。

やはり女の扱いは女が巧い、と呆れたようにアランが大輔に肩を竦めてみせたことを思い出した。


そして大輔は…


傍に座り、彼の腰を抱き寄せて、相変わらずあちこち飽きもせずにキスをしている逸朗を見た。

彼の気持ちは留まることを知らない。今日より明日、明日より明後日、と愛情が深まっていくようだった。けれど、ひとつだけ変わったことがある。


「明日、出掛けてくるから。晃からライブがある、て誘われたんだ」


言われた逸朗は今さっきまでの蕩けた瞳を暗くして俯くが、小さく頷いた。


「そうか、わかった」


幾分か苦しげだが、それ以上はなにも言わない。

そしてまた飽きることなく大輔を愛おしむ。


どこで?とも、何時に?とも、護衛は連れていけ、とも私も行く、とも言わなくなった。

大輔はとうとう望む自由を手にした気分だったが、人とはわからないものだと考える。

隣の芝生は蒼い、なのかもしれない。


自由だと思うと意外と動きたくなくなったのだ。

むしろ逸朗から離れたくない気持ちが強い。


だから結局、大輔は逸朗にべったりとくっついて生活している。


それが幸せななんだろう、と思って、大輔は伴侶と唇を交わす。


重ねられたふたりの指輪がふわりと淡く光って繋がり、光の橋を作っていた。




第二部完結しました。

お付き合いくださり、ありがとうございました。

これでもう書きたいことは書いた!と満足しています。もしかしたらまた彼らの話を書くこともあるかもしれませんが、その時はまた読んでくださると本当に嬉しいです。

ありがとうございました。

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