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2-18 ルカの秘密の魔法陣

『絶体絶命だと思ったとき、左手でなんでもいいから触れてください。触れたまま、唱えてください。ウィリアム様の本当の名ですよ』


秘密の魔法陣。


ぼんやりと大輔はルカの言葉を思い出した。


そして左薬指に多くの熱と光が集約しているのが意識できた。それが彼の触れている土に流れ、次の瞬間、大きな槍になって爆発するように飛んでバージルを貫いた。

その勢いにバージルは槍に貫かれたまま飛んでいき、庭園の木に刺し留められた。


爪が引き抜かれる痛みで大輔は気を失いそうになったが、やっと悪魔を留めることができた、このチャンスを逃したくなかった。


必死で己の意識をかき集め、這うようにバージルのもとに進んでいく。


アランが逸朗を解放したのか、駆け寄ってきて、大輔の怪我の具合を確認しようとしたが、伴侶はそれを無造作に払った。

それよりまずはあれをなんとかしなくてはならない。


大輔はそれだけを心に前へと進む。


アランが追い付き、首を振ると、大輔を抱え上げた。そして逸朗に押し付けると、バージルに視線を送った。

土の槍によって木に縫い留められている悪魔はなんとか逃れようと踠くが、太い槍は抜けもせず、折れもしない。


アランの視線に応えて、逸朗は大輔を抱いてかつての兄のもとへ向かった。

抵抗していた大輔も目的地がはっきりして、おとなしくなった。


そして哀しみをたくさん込めた小声で大輔は己の伴侶に問いかけた。


「俺、悪魔退治する気だけど、いいよね?」


それは伴侶の兄を死に追いやる、と宣言していた。あの、みんなで仲良く幸せに精神の博愛主義者が、害為すものから一族を護るために弑する、と覚悟しているのだ。


「構わん。大輔がやらなければ私がやるだけだ」


甘い響きに冷気を纏わせ、逸朗は言いきった。

肩から流れる血をすべて舐め取ってしまいたい衝動を抑え込み、逸朗は大輔をバージルの前で下ろした。


さすがに血に飢えたのか、バージルの鼻が大輔の匂いに反応してひくひくと蠢いた。


それにも構わず、大輔はもうひとつのスタンプをポケットから出した。そして無情に悪魔の額に捺す。


「たくさんのエネルギーが視えたよ。それだけの命を奪ってきたんだ。俺はそれを裁く権利なんかないけど、あんたが存在しちゃいけないことだけは判断できる」


「いいね、きみ、とても面白いよ。ついでにその流れてる血を少し舐めさせてほしい」


逸朗がぴくりと動いたが、大輔は手を上げて彼を止めた。


「そう、やっぱりあんたには人はエサ以上じゃないんだね。それなら俺も罪悪感を持たないで済むかも」


くるりと踵を返し、大輔はバージルの前から遠ざかった。途中、顔だけ振り向いて


「バイバイ」


と呟き、続けて唱えた。


「ルカ・クリステア」


彼の右手が淡く光を纏い、徐々に集まるように光が強くなる。

それが迸るようにバージルの額に到達すると、ぱちん、と微かな音を立てた。

魔法陣がきらきらと煌めきはじめ、額のうえでまわり出す。ゆっくりと、ゆっくりと。

それがだんだん高速回転になったとき、突然真っ黒な糸の束が噴き出してきた。


「ぐぁぁぁぁぁあ!」


バージルが唸りとも叫びともわからない苦悶の断末魔をあげる。

けれど大輔は振り返りはしなかった。


溢れ出る糸の束は空へと登り、陽に当たると弾けるように光の粒になった。

それはきらきらと空気中に暫く漂ってから、ふわりと消えていく。

まるで魂が浄化されていく姿を眼にしているような幻想的な光景だった。


逸朗に支えられ、仲間のもとに帰ってきた大輔はやっとはにかむような笑顔をみせた。


「ただいま」


それだけを言って、彼は気を失った。




彼が目覚めたとき、以前学会のあと逸朗と滞在したパリの屋敷の部屋にいた。見覚えのあるベッド、灯り採りの天窓、そして…


「起きたか?」


ホッとしたように瞳を緩めた逸朗がいた。

起き上がろうとして、左肩に刺すような痛みが走って、大輔は顔を顰めた。逸朗が起きることはない、と優しく肩を押して横たわらせた。


「あれは?バージル、は?」


「何時間も糸を吐き続けてたが、最後には朽ちた」


朽ちた、の意味が理解できなかったが、もう存在はない、というのは間違いないだろう、と大輔は思って安堵した。

それならいい。

どれほどの被害が出たのかはわからないが、少なくとも己も伴侶も生きている、と思ったが、亡くなったものたちの弔いをしなくては、と大輔は暗澹たる思いで吐息を吐いた。


「一緒に寝ても?」


髪を漉いていた逸朗が窺うように聞いた。大輔はなにを遠慮するんだろう、と訝しんだが、身体を横にずらして被ってるシーツを上げた。逸朗は破顔して、滑り込んできた。

伴侶を抱き締め、額にキスを落とす。


「強くなったな」


見上げれば、畏敬の念を湛えた瞳で大輔を見つめる逸朗と眼が合う。それが嬉しくて大輔はふわりと笑った。


「みんな、無事?」


「イギリスに置いてきたゴードンが大輔の勇姿を見られなくて文句が凄い。アランはミーナと城に戻った。騎士たちの弔いをしなくてはならないから。ヘンリーもその手伝いに行っている。おまえの騎士はドアの外で護衛してるし、シモンはいま病院で入院中だが元気だそうだ」


他には…と暫く考えた逸朗は思い浮かばなかったのか、諦めて大輔と唇をかさねた。


「元気なんだね、良かった」


「あぁ、おまえのおかげだな」


丁寧に冷たい彼の指が大輔の髪を弄ぶ。愛おしげな触れ方が大輔の胸を高鳴らせた。


「俺の怪我、逸朗の?」


「いや、病院で治療した。大輔に私以外の血を注ぎたくないが、私の血も不安だった。だから病院に連れていった。退院するにはまだ早いみたいだが、どこで休んでても変わらないだろう?だから連れ帰った。毎日医師に往診を頼んである」


さすがのトップ。やりたい放題だ、と大輔は小さく笑った。


「なに、こういうときのためのものだ。使ってなにが悪い?」


言って逸朗もくつくつと笑った。


ふたりはやっと生き延びた実感を得た気分だった。


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