2-14 大輔の武器は微笑み
「ジョシュア、見たよね、見取図の」
鋭く大輔が問いかけ、ジョシュアはそれに頷いた。すると横にいたダンカンが
「俺には聞かないんすか?」
と拗ねたように囁く。
「え、見てた?」
「当然っす」
「マジか、それは意外!」
「これでも騎士っすから」
「頼りになるね、じゃ、静かに制圧していこう。まずは北東から」
南西にミーナがいるなら監視の少ないところからはじめよう、と主は言ってるのだ。
ジョシュアは深く頷き、ダンカンと共に大輔の背後を護るように動き出した。
見取図にあったように、北東には3人いた。
ジョシュアが建物の影から敵を窺っていた大輔にどうするかと小声で囁いた。
すると主は茶目っ気いっぱいの瞳をきらきらさせて、ここで待つように指示をした。
さすがのダンカンもどうするつもりだ?と訝しんだが、大輔はふわりと歩き出すと、まるで夜の散歩を楽しんでるだけのような様子で、見張りの前に進んでいった。
「おい、おまえ!」
当然、声をかけられた大輔は光を振り撒くように彼らに笑顔を向けたのだ。
ほんの一瞬だったが、彼らは大輔の魅力に見惚れて固まった。
そこを口笛を吹きながら、主はぽんぽんぽんとスタンプを捺していき、そして唱える。
「ルカ・クリステア」
瞬く間の出来事だった。
主は戦うこともなく、拘束してしまったのだ。
ダンカンは呆気にとられて口が開きっぱなしだし、ジョシュアは可笑しくて可笑しくて、笑いを堪えるのに必死だった。
そして生き延びて大輔に出会えた僥倖に何度めかの感謝をした。
「さ、じゃ、次に行こう」
軽やかに宣言して、大輔は北西に向かって歩き出した。
1時間もしないうちに作戦会議室として使われている宿屋に大輔が戻ったとき、ほとんど死んだようだった逸朗が飛び上がって駆け寄ってきた。そして全身くまなく確認し、怪我がなかったことに安堵する。そのまま腰が抜けてしまったのか、ずるずると床に座り込んだ。大輔は笑って、彼を立たせると椅子に座らせて、己はその膝のうえにのった。そして首に巻き付き、あふりと欠伸を漏らすとすやすやと寝てしまった。
「え、寝た?え、どうなった?」
ルイがパニックに襲われるなか、ジョシュアがアランと逸朗に敬礼をしてから説明をはじめた。
「見張りはすべて大輔さまにより拘束されました。屋根のうえのはダンカンと僕で排除してあります。大輔さまに拘束されたものたちには一切の怪我はありません」
言外にふたりが排除したものたちは生きてない、ということだ。
逸朗は腕のなかで安心して眠っている伴侶の背中を撫でながら思った。なかなか荒いが、頼りにはなる。
「では大輔は…」
アランの言葉を引き継ぐようにジョシュアが続けた。
「はい、お見事でした。笑顔とスタンプだけで体術も使わずにすべての見張りを落としたんです」
これには逸朗の眉がぴくりと反応する。
「どういうことだ?」
低い声に怒りが混じり、周囲のヴァンパイアが微かに震えた。
「そのまんまっすよ、大輔さまが笑うだけで固まるんで、その隙にぽん、て。それで終わりっす」
ダンカンが身振りを交えて伝えるが、余計に逸朗の嫉妬心に火を注ぐ。
「ほう、それは面白いやり方だな」
絶対に面白いとは思っていない無表情で言うと、彼は失礼する、と隣室に伴侶を抱いて行った。
「あとが大変だな、大輔も」
やれ、と言った張本人が暢気に同情すると、新しい見張りがないか交代で確認しながら夜明け前に作戦を決行すると宣言した。
交代で休むことにして、それぞれが部屋や持ち場へと戻っていくなかアランは見取図を睨み付けていた。この一晩、ミーナはどうしているのだろう、と考えてはいけないと思いつつ、つい悪いほうへと思考が傾く。
逸朗ほどではないが、アランにもヴァンパイア並みの嫉妬心と独占欲はある。仮にギヨムが伴侶だったとしても、ミーナが彼を受け入れてしまったとしても、アランはギヨムを殺さずにはおれないだろう、と思った。
暫くして、眠っている大輔になにをしたのかはわからないが、伴侶を抱えたまま戻ってきた逸朗は随分と機嫌がよくなっていた。
アランの横に座った逸朗の膝にこんもりと嵌まり込むように抱かれた大輔は軽い寝息を立てている。
「…なんだ?」
訝しげに己を見つめていたアランに、逸朗は眉をあげた。
「いや、隣で寝かせるのかと」
ふん、と鼻で笑って、
「離すわけがない、こんなヴァンパイアだらけのなかで。襲われたらどうする?おまえは私に敵味方関係なく殲滅させたいのか?」
と喧嘩腰ではあるが、大輔に気を遣って小声で言った。
「あぁ、そうだな、悪かった」
小さく両手をあげてアランは謝った。まさにヘンリーそっくりに。
「休まないのか?」
逸朗の気遣いに、アランは首を振った。
「ミーナのことを思うと、今すぐギヨムを殺したくなる。こんなときにおまえは寝れるのか?」
「私ならすでに突入してる」
「そうだな、ウィルは後先、あまり関係ないからな」
アランは乾いた笑いを溢し、大きく伸びをした。凭れられた椅子がその重さに悲鳴を上げる。そして立ち上がると、宿のものに用意させた珈琲ポットを手に戻ってきた。
「こんなもんだが、飲むか?」
それににやりと唇を歪めて、片手で大輔を支えたまま、逸朗は反対の手でポケットから飛行機で貰うおもちゃのようなウイスキーボトルを出した。
「これで旨くなる」
ふたりは安っぽいカップに珈琲を注ぐと、ウイスキーを垂らして乾杯をした。
「ミーナは助ける。今度こそ、アランを助けたい」
逸朗の言葉にアランは驚いたように眼を見開いた。逸朗はずっと後悔していた、とこの夜はじめて己の胸のうちを明かした。
「ナタリーのことを私は助けられなかった。アランはヴァンパイアに成ってまで私を助けてくれたのに。それだけじゃない、今までもいつでもおまえは私を助けてくれた。大輔のことも、そうだ。だけど私はいつもして貰うばかりでアランにしてやったことはない、それがずっと胸につかえてた」
苦しげに語られる従兄弟の言葉はアランのなかに渦巻く憎悪と嫉妬を霧散させた。そしてあとにはミーナを想う気持ちだけが残った。
「そんなこと、思ってたのか?」
「おまえのほうが適任だと当主にさせたのも、私の勝手だったと後悔ばかりだ。伴侶など必要ない、と豪語していた私が大輔に溺れてアランに寂しい思いをさせてしまったことも、悪かった」
「それは気付いてたんだな」
意外そうにアランが言って逸朗の肩を乱暴に叩いた。
大輔が起きる、と小声で文句を言うが、彼の瞳にはアランに対する懺悔しかなかった。
「ヘンリーが大輔を知ってヴァンパイアでいることが寂しくて苦しいから騎士に戻せ、と言ってきたからな、アランもそうだろうと思ったら、私は居た堪れない気持ちだった」
「俺は違うかもしれないだろ?」
それにはちろりとねめつけた逸朗は真顔で
「いや、そっくりだからな、おまえたち」
と、識らしめた。仕草も思考もよく似ている。
まるで本当の親子のようだ、と。
「そうか、バレてたか」
アランは苦い表情で呟くと珈琲を飲んだ。ウイスキーのおかげで薫りが高く、コクが増した。
「旨いな」
「あぁ、旨い」
突入まで、あと数時間もなかった。




