2-13 アラン一族のヴァンパイアたち
アラン一族のヴァンパイアたちは主があの通りなので、人に対して隔たりがない。
だから長く勤める使用人たちのなかにはヴァンパイアであることを薄々勘づき、本人たちに確かめた強者までいるくらいに距離が近い。
まさかそこまで気安い関係とは思ってもないのはアランと人と関わるのを避けてきたミーナだけで、使用人として働いているものたちはわかってて働いてるものが多かった。
だからシモンに城を捨て逃げる、という通達を受けたとき、その覚悟がいるのは怒鳴りながらアランが日本から帰ってきたときからわかっていたので、準備は早かった。
シモンが警備には城を護るように、騎士にはミーナを護るように、使用人は逃げるように、と指示を出したので、人の使用人たちは電車で逃げ、騎士たちは車を使った。
別れたほうが護れるとミーナが判断したからだ。
けれど幾人かの人間はシモンが行くならついていく、とヴァンパイアたちに紛れるようにいた。
そこをギヨムに襲われたのだ。
車はドーバーに向かって隊列を組んで走っていた。前後をトラックで封鎖され、なす術もなかった。ミーナが傷付く仲間を庇うため、自らギヨムに身を投げ出したのだ。
なにより人の身であるシモンが身体を張ってミーナを護るのが彼女には耐えられなかったのだろう。
「私を連れていけば済む話なのでしょう」
胸を張って、凛とした態度を崩さない主の妻はアランに相応しい美しさと強さを見せ付けたのだ。
残されたヴァンパイアたちは命は助かったが、それぞれの怪我はかなり酷かった。治そうにも血が足りない。
そのとき名乗り出たのが、共に働いてきた人たちだった。
「死なない程度で頼むよ」
泣きそうな顔で言った使用人に、ヴァンパイアは最大の感謝を込めて茶化した。
「誰がおっさんの血をそんなに飲むかよ!」
実に明るい雰囲気のなか、彼らは無事に復活を遂げ、シモンを連れてイギリスに向かうように人間に頼んで、自分たちはミーナを追ってレンヌに向かったのだ。
ギヨムのことは主から聞いていたので、ほとんどの騎士が警戒していた相手だった。
当然どこに住んでいるのかも把握していた。
いま、彼らはレンヌのギヨムの屋敷を囲んでいる。アランの城と違って周囲は街に囲まれている。彼らは見張り場として宿屋を一軒貸切り、ギヨムの屋敷を囲むように路地に身を潜めて見張りながら、アランの到着をいまかいまかと待っていたのだ。
「アラン様!」
騎士団長のルイが宿屋に忍び込んできた主の名を呼んだ。
主の後ろには逸朗、大輔と フランスの城に滞在したことのある顔ぶれが並んでいた。ということは、イギリスの騎士も戦力として考えられるのか、とルイは幾分か、ホッとした気分で、彼らに頷いた。
「どうだ?」
主の問いにルイは建物の青写真を見せた。
そこにはすでに見張りの場所、数、そして時間が書き込まれてあった。大輔はそれを頭に叩き込む。
「ギヨムの屋敷の見取図です。南東角がおそらくバージルの部屋でしょう、ヘンリー様が仰っていたものが出てきた場所と一致します。ミーナ様の居場所は不明ですが、ギヨムの部屋なら南西の角、ここになるでしょう」
ルイがペンで見取図の一角を指し示した。
「敵の数は?」
逸朗が低く問う。
それにもルイは淀みなく答える。1日もない時間でよくも調べあげたものだと、アランは誇らしかった。
ルイも死にかけてたところをアランが拾ったものだった。
「およそ100、うち厄介なのは60くらいです」
もっとも厄介なのがひとつあるがな、と逸朗は心で思う。
あれは私がやらねばなるまい。
横でおとなしく話を聞いてる大輔をちらりと見てから、逸朗は気付かれないように小さくため息を吐いた。
「私はあまり騎士を連れてきてない。元々の数が少ないことに加え、日本にいるほうが多い。今回、ここに来たのはおよそ30」
そのなかには大輔も含まれている。
しかし逸朗には戦線に伴侶を出す気はない。
「こちらも数はあまり。使えるのがおよそ20」
ルイの返答にアランは哀しそうに顔を歪めた。
随分、減ったな、と小声で呟いた。大輔はそれが聞こえたが、あえて反応はしなかった。
いまは慰めているときではない。
そのことがアランの心を燃やすなら、怒りに火を注いでも、慰めて消火する気は大輔には毛頭なかった。
「ならば明朝、忍び込む」
アランが言って、大輔を見た。
「大輔、あれを使って、今夜から見張りだけでもやれないか?」
「アラン!」
逸朗が叫んだが、大輔はにっこり笑って承諾した。
薄暗い部屋を遍く照らすような笑顔に、その場のヴァンパイア全員が魅入られて固まった。
それすら気に入らず、逸朗が大きく舌打ちをする。
ジョシュアは堪らず吹き出した。
こんなときまで主は魅力を振り撒いてヴァンパイアを虜にするのか、と可笑しそうに大輔に視線を送った。
やっと我に返ったルイが、眼前の人間に見張りのヴァンパイアを倒せるのか?と訝しげに大輔を見た。
そしてくらりと眩暈を起こす。
彼を眼にする度に、ルイは胸が高鳴り、息苦しさを覚える。
以前、アランの結婚式で会ったときは、これほど近くはなかったが、こんな風にはならなかったのに、とルイは胸を押さえた。
「じゃ、ジョシュアとダンカン、連れて行ってくる」
どこかへ食事でもするかのように軽く言うと、彼は立ち上がって、己の騎士を傍に呼び寄せた。
「大輔、さすがにこれは私は許せない」
アランを睨み付けながら、絞り出すように逸朗は唸った。
許されるとは大輔すらも思ってはいない。だが、やらない選択肢もなかった。
「許されなくても、俺は行くよ。ダメなら逸朗が俺を殺せばいい」
淡々と伴侶は断言する。その顔からは決意が溢れ、その瞳に見つめられたら逸朗の気持ちがぐらぐらと揺れる。
「それに俺は死なない。ダンカンもジョシュアもいるから、大丈夫だよ、だよね?」
己の後ろに控えるふたりを振り返った。彼の騎士はふたりとも晴れやかに微笑んだ。
「………わかった、ただし絶対に死ぬな、怪我もするな、できれば動くな、逃げろ」
それから唇を噛んで、食い縛るようにして逸朗は溢した。
「さらに、できれば行くな」
大輔は泣きそうになっている伴侶を抱き締めた。そして愛おしそうに彼の耳に柔らかくキスをする。
「行ってくるね」
逸朗が抱き寄せる前に彼は身を翻して去っていった。
忠実な騎士を従えて。
アランは申し訳なさそうに眉を下げて、項垂れた己の従兄弟の肩を抱いた。さすがにそれを振り払われることはなかった。




