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2-12 シモン、イギリスに来る

ヘンリーの報告は屋敷全体を揺らすほどの激震を齎した。ダンスホールに幾重もの殺気が連なる。


「落ち着け、どういうことか、はじめから話せ」


逸朗が息の荒いヘンリーの肩に手を置いて宥めるように優しく叩いた。

いつになく真剣な瞳を潤ませて、ヘンリーは固く頷くと、ことの起こりから話し始めた。

大輔はそっと血走る瞳を震わせているアランに寄り添うように隣に立っている。


「俺はどうにもフランスがキナ臭い気がして、ずっとフランスをまわってたんだ。一昨日、アランからレンヌが怪しい、て連絡を貰ったときには俺も噂を拾ってレンヌにたどり着いたとこだった」


「噂?」


大輔の短い質問にヘンリーはちらりと視線を寄越した。話し出して落ち着いたのか、瞳から不安が薄れていた。


「最近になってやたらと女が行方不明になる、て噂だ」


いかにもヴァンパイアが関わっていそうな噂を耳にしたヘンリーは罠かも知れない、と警戒しながらも、辺りに住むヴァンパイアの屋敷を調べることにした。


「そしたらミーナの伴侶だとか訴えてきた半端もんがレンヌにいるじゃないか!」


驚いてヘンリーはすぐに監視態勢に入った。

確かに屋敷に何人かの女が運ばれていくのを目撃したが、それ以上のことはない、と思ったときだった。

屋敷の屋根から禍々しいなにかが飛び出し、空を翔るように街の屋根から屋根へと移動していく姿を眼にした。

明らかにヴァンパイアだった。

しかも生半可なものではない。

直感したヘンリーは必死でそれを追いかけた。


一昼夜かけて追い付いたときにはアランの城が襲われたあとだった。追いかけてる途中で、方向からアランの城だとわかったヘンリーは早々とシモンとミーナに警告を発していたので、城はほぼ無人に近かったが、それでもある程度は警護として残っていたものたちもいた。


「彼らは…」


それにはヘンリーは首だけを振った。


残虐なまでにバラバラに散らばった彼らの遺体ともいえない残骸をヘンリーはひとりで集め、森に葬ってきたのだが、今は言葉にはしたくなかった。

シモンもミーナも逃げたあとだったのが明らかだったので、イギリスのアランのところへ向かっているだろう、と幾分か安心をしていたヘンリーは夜明けまでにヴァンパイアの遺体を村人の眼には触れないようにしてからイギリスまで追いかけよう、と考えたのだが…


「シモンには逃げろ、としか言ってない。俺にも余裕がなかったから。ここに来てるだろうと思ってさっき来てみたら、ウィルしか来てない、て聞いて…」


まさか辿り着いていないのは想定外だったと、悔やむように頭を抱えた。


誰か連絡を受けたのか?と無言でアランが視線を這わせたが、誰ひとりとして頷くものはなかった。

アランがスマホを取り出し、電話をかける。

が、シモンもミーナも応答がない。

アランはパニックを起こす寸前で、なんとか抑え込む。


「アランがここにいるのは知ってるの?」


大輔が彼に聞けば、アランは肯定した。逸朗に電話したあと、ミーナにも警告をするため話をしたので、その際にイギリスにいるとは伝えておいた、と。


「ほかに行く場所はある?」


フランス各地に屋敷はある。

逸朗と違って、各屋敷にちゃんと使用人を置いて生活もさせているので、連絡してみよう、とアランは言って、自室に戻った。逸朗も彼の背中に手を置いて、伴侶を一瞥してから、共に行った。


「大輔さま…」


考え込む主を心配したジョシュアが傍に寄る。その後ろにはダンカンもいた。ヘンリーは呆然とした表情で、大輔に救いを求めるように虚ろな瞳を向けていた。


「ミーナの伴侶、て話、俺は聞いてないからよくわかんないんだけど、本当に伴侶なの?」


それにはヘンリーが小さく頷いた。


「正確には伴侶になる前にミーナが逃げたんだ。彼女はヴァンパイアになる前の子供のときからアランが好きだったらしい。だから伴侶とアラン、選ばなきゃいけないときにミーナはアランに決めたんだ」


「じゃあ、その男はアランを怨んでるし、ミーナのことも諦めない」


ヴァンパイアにとっての伴侶がどのような存在なのか、おそらくこの場で一番身体に染みて理解しているのは大輔だけだろう。


「バージルは囮だったんじゃない?」


大輔の推測にヘンリーはハッとした。


「どうも俺にはバージルて人からうちに対する怨みを感じないんだよね、だってだったら絶対狙いは俺じゃん?逸朗が侯爵になって追い出されたならアランじゃないよ。俺はバージルがただ愉しんでるだけな気がするんだよね」


バージルは暴れたかっただけ、愉しみたかっただけ。

だからギヨムに言われるまま、アランの城を襲った。

もしも監視しているヘンリーの存在にギヨムが気付いていて、仕掛けたとしたら…


「逃げ出すのを待って、ミーナを捕まえた…?」


ヘンリーが呟いたとき、ダンスホールにアランが降りてきた。


「どこにも来てないそうだ」


憔悴した声でアランが言い、ヘンリーが彼に縋って叫んだ。


「アラン、いるならレンヌだ、ギヨムのところにミーナはいる!」


大輔もその意見には賛成だった。

ギヨムも、おそらく暴れて機嫌の良くなったバージルも、レンヌにいる。彼らの屋敷はほかにはないのだから。


そしてシモンの来訪が高らかに告げられた。


一斉に玄関へと駆け出す。

ボロボロになったシモンが玄関の内側で倒れ込んでいた。慌てて駆け寄り、アランが彼を支える。


「シモン、大丈夫なのか?!」


明らかに無事ではない状態なのに、シモンは憮然とした表情で途切れ途切れに主に詫びた。


「申し訳ありません、城から逃げ出し、ここへ向かっている最中に襲われ、ミーナ様を奪われました」


それだけを伝えるのも息絶え絶えで、このままだとシモンまで喪ってしまう、と焦った大輔はジョシュアにアランから採血するよう指示を出した。


アランの血を使おう、怪我なら治るはずだ。


主の意図を理解した彼はシモンを抱いたままのアランの腕をとったが、アランはそれを振り払うと己のナイフで手首を切った。


大量に血が流れだし、周囲に金臭さを撒き散らす。


「少し痛むらしいが、我慢しろ」


渋く言った己の主に、シモンはふふふと笑った。


「わたくしは人であることに誇りがございますので、ヴァンパイアにはなりませんよ」


するとアランはむっとしたように眉を顰め、


「心配には及ばん、おまえはならん」


と囁いた。

流れる血はシモンの身体をどんどん癒していく。まるで魔法のようだと大輔は思った。

やはり修復の際に痛みがあるのか、シモンは盛大に顔を顰めたが、声をあげるようなことはしなかった。

たいした男だ、とヘンリーは感心した。


暫くするとアランの傷も治り、血は滴る程度になった。

その頃にはシモンの怪我もあらかた治ったようだったが、内臓にまで及んでいれば安心もできない。

彼は安静にするため、運ばれていった。


「レンヌだな」


アランが呟き、逸朗が頷いた。


火の粉を払うどころじゃない。

己の妻を取り返しに行かねばなるまい。


また移動か、と思って大輔は吐息を溢す。

ヴァンパイアと行動すると、いつもあちこち移動する。前回イギリスに来たときはドイツを経由して最終地点がハワイだった。

今回は滞在数時間でフランスだ。


うんざりするのは人として致し方のないことかもしれないが、不謹慎だな、とも反省する大輔だった。

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