2-11 悪い報せは夜届く
逸朗が大輔を伴ってイギリスの屋敷に着いたのはアランから電話を貰った翌々日の夜になってからだった。
着くなりゴードンが執事として仕切り、ダンカンとジョシュアが警護に指示を出す。
マカナは日本で留守を護るよう言われたので、日本に残留していた暢気なヴァンパイアたちを急遽集め、マカナの警護は完璧だった。
むしろ爆心地のこちらよりずっと安全だろう。
でなければダンカンがマカナひとりを置いておくわけもない。
過保護と独占欲は、大輔曰く
「ヴァンパイアの特許」
だから。
だからこそアランは逸朗が大輔を連れてきたことには驚いた。そしてあれほど離れなかったジョシュアすら、大輔を放って屋敷の警護に専念していることも。
ダンカンに聞けば、にたりと笑うだけで答えはない。仕方ないのでアランは逸朗に懸念を話した。
「大輔を連れ出してよかったのか?」
逸朗は金色に煌めく瞳をアランにやってから、ため息をつくように伏せた。
「私も迷ったが、あれが行くと言って利かない。私の傍にあれば全力で護るが…ルカから貰った魔法陣があればヴァンパイアなど怖くないそうだ」
アランは眼を見開いた。
とてもあの大輔の言葉とは思えない。
ヴァンパイアが怖くない?
そんな馬鹿な、とアランはとうとう大輔本人に問い質した。
「ルカの魔法陣とやらはどうなんだ?」
大輔は破顔して、ふたつのスタンプを見せてくれた。ひとつは拘束、もうひとつは吸収。
「これがあれば俺、本当に戦力になれるかもしんないよ」
自信たっぷりに言う大輔にアランは是非ともその力を見せてほしい、と頼んだ。
それはそうだろう、ヴァンパイアであれば興味がないはずがない。
頼まれた大輔は茶目っ気たっぷりの瞳を輝かせて後悔しないでよ、と上から目線で豪語した。それがまたヴァンパイア好みの色気が迸り、アランも傍にいた逸朗も眩暈を治めるのに苦労した。
調子に乗っている大輔はただ捺すだけでは面白くない、とアランに襲うよう、挑戦状を叩きつけた。あまりの展開に眼を丸くしたアランは逸朗を窺ったが、意外にも彼は鷹揚に頷いてみせた。
逸朗もダンカンが完敗したという、伴侶の実力を見たかったのだ。
「どうぞ」
気軽に言って、大輔はダンスホールの中央で普通に立った。彼らを遠巻きにして逸朗をはじめ、ダンカン、ジョシュア、ゴードンといつものメンバーに加えて、屋敷のヴァンパイアたちも見学している。
アランとしては当主として大輔を捕らえなければならないが、従兄弟の伴侶だと思うと、触れるのも躊躇われた。
難しい選択だが、当の大輔が襲え、というのだからやらねばなるまい。
腹をくくって、アランは大輔を捕らえるため、正面から切り込む、と見せかけて、彼の眼前で飛び越え、背後に廻った…はずだった。
気付けば、大輔が優雅な足捌きで床面に美しい円を描くようにまわり、着地直前のアランの両足を容易く薙いだのだ。
声を出す間もなく、アランは見事に回転し、床に叩きつけられていた。そして、その彼の胸に大輔はぽん、とスタンプを捺した。
もちろん、練習用のものである。
そして右手を翳し、愉しげに唱えたのだ。
「ルカ・クリステア」
指輪が淡い光を発し、光の糸束になってアランの胸に飛んでくる。ぴかりと強く輝いたあと、アランは急激に力を奪われる感覚に陥った。
見れば己の胸から何万もの黒い糸が四方八方へと広がっている。
言い知れない恐怖を感じた。
その直後、糸が唐突に閉じて、アランは完璧に捕縛されていた。
すぐに糸は見えなくなったが、拘束が解ける様子はまったくない。
身動ぎひとつできず、しかもどんどん身体から力が抜けていく。
恐怖にアランは思わず叫んでいた。
「参った!助けてくれ!」
ジョシュアから拍手を貰っていた大輔が悠々とやってきて、アランの胸にあるスタンプの痕を擦った。すると徐々にだが、拘束が解けていく。
「すごいな、これは」
やっと動けるようになったアランが起き上がって己の腕を擦りながら感心した。
大輔が強気になるのもわかる気がした。
ほんの少しの隙があれば充分なのだから。
「大輔の体術もたいしたもんだよ」
軽くいなすつもりだったアランは思わぬ大輔の強さに感嘆したように言った。
「今のが…」
「拘束のほう」
「もうひとつのは…」
それには大輔は首を振った。そして眉を寄せて困ったように首を傾げた。
アランの視界の端に顔を片手で覆って天を仰ぐ逸朗の姿が入ったが、大輔の続けた言葉のほうが気になった。
「これはね、ちょっとヤバいやつ。拘束も捕らえたヴァンパイアのエネルギーを使ってるんだけど、暴れたりしなければそんなにたくさんのエネルギーは使わないから、すぐには枯渇しないんだろうけど、これはエネルギーを垂れ流すだけなんだ。ただ外にエネルギーを出すだけ」
アランは先程感じた力の抜けていく感覚を思い出していた。あれが永遠に続けばいかにヴァンパイアといえど、長くは生きられない。
思ってアランはぞくりと背中を震わせた。
「私にはしないでくれ」
頼まれたってしないよ、と笑って大輔はアランが立ち上がるのに手を貸した。
終わったと確認した逸朗が傍まで来て、大輔の肩を抱いた。そしてすぐに髪へキスを落とす。
「さすがは私の大輔だ、見事だった」
と、眼を細めて誉めたあと、口許を歪めて文句も垂れた。
「しかし呪文があれの名前とは気に入らん」
「仕方ないんだって。魔法陣て基本は描いた人しか使えないらしくって、それを誰でも使えるようにするアイテムがこれ」
大輔が右手にはめた指輪をみせる。
「描いた人の名前を呼ぶことでこの指輪がスタンプの魔法陣にルカとして発動させるんだって。魔術としては異端らしいよ。しかも魔法陣は普通は一回しか使えないのに、この指輪のは再生の魔術をかけてあるから何回でも使えるんだって、これは他の魔術師には内緒なんだ。禁術だから」
こんな便利なもの、なんで禁術なのかわかんないけど、と大輔は呟いたが、話の聞こえたものたちは顔をひきつらせた。
かなり魔術会的な秘密をさらりと口にしていたような気がしたが、空耳だったと思うことにしよう、と全員が無言で意見を一致させていた。
肩に置かれた手が震えていることに気付いた大輔は横に立つ逸朗を見上げた。
すると彼は声を出さずに大きく笑っていたのだ。
どうしたのかと、大輔もアランも不思議に思ったが、すぐに彼はいつも通りの澄まし顔に戻った。
そして悪戯っ子のように瞳を輝かせて大輔の頭をくしゃりと撫でた。
「大輔は私の名を知っているか?」
突然の質問だった。
そしてそれは大輔が知りたかったのに、なかなか切り出せない話題でもあった。
「逸朗がいい、て言われてたから知らないんだよ」
拗ねたように下唇を突き出して大輔は答えた。
すると逸朗は破顔して、大輔を抱き締めた。
唇を合わせ、そのまま耳元で囁く。
「ウィリアム・ピーター・ヴァンヘイデンだ」
大輔の眼が大きく見開き、次第に弧を描き始める。そして嬉しそうに小声で何度も囁いた。
「宜しく頼むよ、結城大輔。私の伴侶」
隣でアランが呆れたように肩を竦めていた。
そのときだった。
ヘンリーが転がるようにしてダンスホールに駆け込んできた。
そして叫んだのだ。
「アランの、フランスの城が襲われた!」
浅黒の、アランの顔が一気に白くなった。




