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2-10 ロベルトとの出会い

アランの持つバージルの印象は無だった。

印象がないのではなく、彼自身が‘無’なのだ。


いつも表情がなく、ごく稀にあったとしても退屈を具現化したものだった。

とにかくいつでもなにかに興味を持つこともなく、ひたすらつまらなそうにしていた。


弟である逸朗に対しても愛情もなく、興味もなく、存在を認識していたのかもわからない。


その下の弟妹に関しては視界にも入ってなかったのではないか、とアランは疑っていた。


次期侯爵だから、と致し方なく城にいるだけで、己の家族も居城もヴァンヘイデンの名さえ、彼には必要ないのではないかと、アランは感じていた。直情型のアランを従者としてバージルに付けるのはあまりにも合わないだろうと侯爵が判断し、アランはラッキーなことにまだ幼かった逸朗の世話係となった。


あのときバージルに付いていたらどうだったろう、と考え、3日で逃げたな、と笑う。


それでもアランから見れば侯爵が元気だったときは家族がまとまり、愛情に溢れているようにみえていた。


暫くして落馬が原因で寝込むようになり、長患いの末侯爵が亡くなると、侯爵夫人が気を病んだ。

侯爵代理としてバージルが取り仕切り始めたが、仕事は完璧に熟しつつも冷酷無慈悲な処断が多く、宰相が逸朗に泣きつく始末だった。

泣きつかれてもバージルは逸朗のことなと歯牙にもかけないのだから、道を糺しようもない。

ましてや苛烈な手段ではあったが、間違ってはいないので尚更だった。


そんなとき、夫人の心をお慰めする、と煌びやかに現れたのは吟遊詩人として名を馳せ、各地を廻っていたロベルトだった。

背が高く、美しく波打つ黒髪、涼しげな目元に、複雑な色合いで光るブラウンの瞳、高く通った鼻筋の下にはぽってりと肉感的な艶やかな唇。

奏でる音楽は楽器よりも彼自身の声の方が伸びやかで柔らかく、心地いい。

舞えば、彼の周囲だけ花弁が散るような儚げな優美さがあった。

侯爵夫人が惑わされないわけがなかった。

ロベルトは公認の夫人の恋人として城に残った。

彼はまさにバング家とアイスラー家をヴァンパイアに貶めた張本人だった。


彼がどのようにヴァンパイアに成ったのか、それは誰も知らない。

まだ名もない吟遊詩人として山から山へと旅していたときに崖から落ち、目を覚ましたときには成っていた、とアランはロベルトから聞いたが、真偽のほどはわからない。

とにかく彼がヴァンパイアの始祖なのだ。


彼には通常の道徳観念、善悪が欠落していた。

面白ければ善であり、退屈であれば悪であった。そこがバージルと性格的に合ったのかもしれない。彼はロベルトといるときだけは実に楽しそうに笑うこともあったのだ。

それは眼にしたアランが衝撃に腰を抜かすくらいに珍しいことだった。

ロベルトとバージルが多くの時間をともに過ごすうちに、彼がヴァンパイアと成ったのは必然だったのだろう。

逸朗もアランも暫く会わないうちに激変していたバージルに驚き、それがすでに己とは違う生き物になったことをロベルトから聞いた。

あまりのショックに逸朗は寝込んだくらいだ。

しかもロベルトは面白半分で逸朗をもヴァンパイアとしてしまった。

渇望と飢餓の時期をアランと乗り越え、ヴァンパイアとして立ち上がったとき、おそらく逸朗はロベルトをヴァンヘイデン家から排除するつもりだったのかもしれない。

己を追うようにアランもロベルトによりヴァンパイアとなり、挙げ句、弟妹までも手を出され、逸朗はキレた。


ロベルトを惨殺したのだ。


首を切られてもなお、愉しげに口元を歪めていたロベルトは最後まで己の欲望だけに生きていたのだろう。


ロベルトを失ったバージルは気が狂ったように罪状かかわらず斬首を行うようになり、彼の所業に恐れを為した夫人が彼を城から追い出した。

そして夫人も暫くして気落ちが原因でこの世を去った。

逸朗が侯爵となり、アランがその補佐に付いた。

バージルの消息はまったく掴めなかった。


あのまま侯爵の座にあってもバージルは幸せではなかっただろう。とくに爵位に拘っているようでもなかった。

だから城をおとなしく出ていったときも、バージルにヴァンヘイデンへの怨みなどはなかっただろうとアランは思った。

怨むとは、相手に感情が湧かなければ起こりえないものだ。

バージルにいいものであれ、悪いものであれ、感情を抱かせることができたものなど、ロベルト以外にあり得ない。

逸朗に怨みなど持ちはしないだろう。

それほどバージルは彼に興味はなかったはずだ。

今ですら、会ったときに彼が逸朗とアランを覚えているとは思えない。


だからこそ己への怨みが今回の事件の動機だと思ったのだ。


「と、すれば、ギヨムしか考えられない」


アランはひとり呟く。


己を怨むほど愚かなものは他にない。

あのクレモンですら、泣き言は言っても怨み節はなかった。

すっかりアランを恐れてしまったからだ。

ましてや彼はルーマニアの地下に幽閉されている。


恥ずかしげもなく本部に訴え出たギヨム。

それを一蹴されたことを怨んだに違いない。


アランを弑して、ミーナを得ようとしているのか。


「どうやら伴侶であることは間違いないようだからな…」


ギヨムがミーナを得たい気持ちはわかる。

焦げ付くような想いが胸に燻って、どれほど苦しいだろう、とも思う。しかし、やり方が卑怯だ。

だったらアランに直接訴えればいいだけのことなのに。


無駄に命を散らしたのだ。


アランは怒りに震えた。

あとからあとから湧き出る憤怒が真っ黒なオーラとなって、己を包むかのようだった。


「次は容赦しない。私に後ろ暗いことは、もうないからな」


殺意を込めてアランは囁いた。

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