2-9 アランの探索
シモンからメールを受けた翌日、アランは既にフランスにいた。
戻るなり、声を高らかに己の一族に注意を促すと、美しい妻を伴って当主はシモンと書斎に閉じ籠った。
アランはまず探索のための人員を割り出すために、一族の振り分けから手を付けた。
アラン一族は大きく分けて3つに分類されていた。
騎士、警備、使用人だ。
ざっくばらんな性格のアランらしい雑多な分け方だが、シモンが城に来てからは彼主体のもと、それをさらに細分化させてはいた。
が、今回のことに対応できるだけのものではない。
ひと言にヴァンパイアといってもそれぞれの個性がある。喧嘩っ早いのもいれば、気弱なものもいる。負けなしの百戦錬磨のようなものもいれば、痛い思いをするなら謝っちゃえ、という事なかれ主義もいる。
性格的、能力的に戦闘に向かないものはおおよそ使用人としてあるが、彼らには彼らなりの忍耐も必要になる。
使用人はヴァンパイアよりも人の方が多いのだ。
ヴァンパイアとバレないよう、そして人の血を渇望しないよう、己の精神力を鍛える必要があった。
あとは能力の高いものから騎士として仕えて貰っている。
今回は騎士に探索をして貰い、警備に城の内外を護って貰うことでシモンとの意見を一致させた。
「ガブリエルがやられるくらいだ。探索も警備も必ず複数で組んで行うように徹底させろ。城のなかはミーナに任せる。使用人のなかでも戦えそうなものには訓練させておけ」
「わかったわ。アランは、行くのね?」
己に任せる、と言った夫が城にいるわけがない。アランも探索に出るのだと、ミーナは寂しさを募らせたが、態度には示さない。
「誰と動くの?」
迷った風にアランの瞳が揺れた。
「ひとりなのね?」
聞いてミーナは嘆息した。
アランが組んで動けるとしたら逸朗しかいない。それが理解できるからミーナはなにも言わずに武運を祈った。
ゴードンほど主に情けのないシモンはにこやかに微笑みを浮かべて、満足そうにアランをみて頷いた。
「では、わたくしはミーナ様の補佐に入ります」
「その前に、ガブリエルのところに案内してくれるか?」
絞り出すように言って、アランは項垂れた。
シモンが主の肩に手を置いて、ガブリエルが永眠している墓へと誘った。
ヴァンパイアは滅多には死なない。
が、絶対に死なないわけではない。
アランはこれまで幾人ものヴァンパイアを弔ってきた。そしてその遺体は恐ろしいほど崩れるのが早い。永く生きたからこそ、死ねば形を留めておけないかのように、別れを惜しむ時間すら与えられないほどに早く朽ちる。
ガブリエルも同様だった。
シモンが吊るされた彼を見つけ、下に降ろし、一晩過ぎた頃には、彼の形は失われていた。
早く埋葬しなくては運ぶことすら叶わなくなると判断したシモンが当主の帰りを待たずに森へと運んだのだ。
かつてミーナが子供の頃、冒険して遊んだ森は草原だった。アランが仲間を喪う度に樹木葬として木を植えているうちに森になったのだ。
あの森はヴァンパイアの墓だ。
死とは無縁にみえるヴァンパイアだが、アランはいつも首に構えられた死神の鎌を感じている。
そして、いつ鎌を引いてやろうか、と己の後ろに控える死神すら背負っている気がするのだ。
私自身が死神ではないかと疑ったときもあったな。
そう思い出して、彼は自嘲気味に笑んだ。
ミーナを妻として迎えてから、アランは浮かれて負の思考に囚われずにいたが、ナタリーを喪ってからずっと頭のなかに居座っていた考えを久々に胸に思い起こしていた。
「こちらです」
シモンが示した先には植えたばかりの若木があった。まだ土すら湿っぽく黒々としている。
アランは跪き、ひょろひょろとした頼りなさげな若木に触れ、ガブリエルを偲んだ。
「護ってやれずにすまない。今更おまえにしてやれることはないが、せめてここで安らかに眠ってくれ。そして仲間たちを見守っていてくれ。私の子になってくれてありがとう」
もっとたくさんの時間を過ごすはずだった。
奪われたものは還らないが、悪意ある火の粉を大袈裟に払い除けるのはアランの仕事だ。
「いってくる」
それだけを呟くとアランは城をあとにした。
探索にヨーロッパ中を駆け巡っていたアランに大輔からメールが届いたのは城から出て1週間は経っていた。魔術師がやはり魔術会本部の門に吊り下げられていたという内容に、アランはすぐにルーマニアに飛んだ。
遺体が見たかった。
見たいというより、臭跡を嗅ぎたかった。ガブリエルはすでに埋葬されていたし、シュナイダー家のも間に合わなかった。
魔術師ならば人だからまだ時間があると思ったのだ。
アランが行くことは大輔から連絡があったようで、本部の門前に幾重にも護られたルカが待っていた。
「大輔さまより伺っております。こちらへどうぞ」
僅かな社交辞令もなく、ルカは淡々と遺体が安置されている場所へと案内した。
会の本部には教会がある。
遺体はそこの祭壇の棺に、花に囲まれて横たわっていた。
花の匂いが邪魔だとは思ったが、アランはなにも言わずに歩み寄る。棺のなかを覗き込んだ。
噎せ返るほどの芳香のなかに慣れ親しんだ血の饐えた臭いが混ざっている。彼女のものか、現場のものか…
アランは無惨な姿に感情的にならないよう、視覚に頼らず嗅覚だけを鋭敏にした。
ふと、嗅いだことのない匂いに気付いた。
逸朗のスパイシーさとは少し違うが、ムスクにスパイスを混ぜたような香り。
微かに陶酔してしまう、魅惑的な匂いだった。
これがバージルの匂いなのか?
アランはそれを記憶に刻み込むように鼻に覚えさせた。
ルカに礼とお悔やみを述べて、彼はまた探索を再開した。
いくら探してもなにもない。見事なほど足跡を残さない敵だった。アランはさすがに憔悴して、イギリスまで来ていたので、逸朗の屋敷で休ませて貰うことにした。
己の屋敷と違い、逸朗の屋敷には緊張感がなかった。
おかげでゆっくりと休ませて貰ったが、アランはそれに違和感を覚えた。
給仕したヴァンパイアにそれとなく尋ねれば、どこを探索しても狙われている感覚がない、と答えた。
視線を感じない、と。
はじめに殺されたのはアラン一族のカブリエルだった。
次がアランが再興させたシュナイダー家のもの。
その次が定例会でアランに忠誠を誓った魔術師。
まだ逸朗の一族と人狼には被害がない。
なぜだ?
ヴァンヘイデン家を狙うなら、一番のウィークポイントは大輔ではないか。
でも実際は違う。
そして己の勘違いを呪った。
逸朗に電話をかける。
「ウィルか!」
『アラン、どうした?』
「間違っていた!ヴァンヘイデンに仇を為したいんじゃない!私に怨みがあるんだ!狙われてるのは私だ!」
『いま、どこだ?』
「おまえの屋敷だ、イギリスの」
『すぐに警護につかせる、そこから動くな。私が行く』
電話を切って、アランは考えた。
果たして逸朗が来るまで待てるだろうか。己に怨みがあるとすれば直近ではひとりしかない。
多少の罪悪感も手伝って不問に処した己を恨む。
「くそ、ギヨム!バージルまで引っ張り出してきやがって!」
ギヨムだけでできることではない。
おそらく卑劣な男の裏にはバージルがいる。
そして彼はただ面白がっているだけだろう。
昔からそうだった。
やはり逸朗を待つしかない。己ひとりで乗り込んでどうにかなるとも思えなかった。
アランはスマホを取り出して、ミーナに電話をした。
ギヨムが動き出した、充分に気を付けろ、と。
愛しい妻との電話を切ったあと、アランから零れるのは後悔とため息だけだった。




