2-7 ルカからの報せと仲直り
大輔はルカからの電話で眼を覚ました。
まだ空は黒く沈んでいて、朝が来るまでは遠い。枕元のスマホが軽やかに曲を流していた。
ルカから電話があることすら珍しいので、大輔は嫌な予感を胸に電話に出た。
「大輔さまですか?僕です、ルカです。まだそちらは夜ですよね、申し訳ありません」
「大丈夫だから、どうしたの?」
身を守るためのアイテムとはいえ、ルカから大輔が指輪を受け取ったことが逸朗にわかり、しかもそれが彼の魔術によって外せないことが判明すると、伴侶は荒れた。
あまりにも理不尽な嫉妬にさすがの大輔もキレて、一緒には寝ない、と宣言して以来、大輔は独り寝をしている。
珍しく逸朗も意地を張って仲直りには至っていないのだが、少々罪悪感はありつつ、大輔には有難い環境だった。
もちろん寂しさはあるが、いまはそれ以上に開放感のほうが大きい。
「実は5日ほと前から行方のわからない魔術師がいたんですけど、先程見付かりました」
声のトーンから生きてはなかったんだな、と大輔は察した。案の定、ルカの続けた言葉は悲報だった。
「ぼろぼろの状態で亡くなってました」
「…………ごめんね」
「大輔さまが謝られることではないです、でもありがとうございます」
「うん、それで…」
「彼女はどうやら果敢にも闘ったようです。ローブに描き込まれた魔法陣がすべて使われておりました。どうやら使いきって…死んでしまったようです」
女性だったのか、だとしたらかなり無惨なことだったろう、と大輔はため息しか出ない。
しかしルカは思いの外、力強く語りだした。
「定例会のあと、僕は魔術師に対ヴァンパイア用に僕の開発したヴァンパイアのエネルギーを吸い出すものをさらに攻撃に特化した魔法陣に開発し直して、教えたんです。発動する力をヴァンパイアから貰えば無限に闘えるし、防御にもなるだろうと思って。彼女のローブの魔法陣の何個かはそれが使われていました」
「じゃあ、巧く使えた、てこと?」
「はい!」
これで魔術師もヴァンパイアに対抗する術を得た。人狼にもすでにジョシュアの手配で例の魔法陣スタンプを大量に作って渡してある。
ルカの作った紫水晶の指輪が足りないが、それも追加で作るように頼んである。
ヴァンパイアはヴァンパイア同士、力の限りやるつもりであるらしく、特に準備は調えてない様子だったが、得意の諜報活動は活発にしていた。
大輔はルカの報せに礼を伝えてから、幾分躊躇いつつ、逸朗の部屋を訪れた。
ノックのあと、彼の低い声が入室を許可したので大輔は薄く開けたドアからするりと入った。
ベッドに横になった逸朗が深紅の瞳を大輔に寄越す。その姿に大輔の胸がとくんと鳴った。今すぐにでも触れたい、と熱望しながら、その気持ちを無理矢理に抑え込む。
「どうした?」
聞こえてたくせに、と思いながら、大輔は近寄ることなく伴侶にルカからの報せを伝えた。
「そうか、とうとう魔術師まで…」
「残るは人狼だけだけど、日本まで来ないといないんでしょ?」
「さすがにここまでは来ないだろう。どうやらヨーロッパにアジトがありそうだしな」
逸朗が起き上がり、顎に手を当てて思索する。
大輔は自室へ戻ろうとしたが、彼の静かな美しさに眼を奪われて動けなくなっていた。
そして急に馬鹿馬鹿しくなった。
彼の嫉妬が理不尽で腹が立ったのは間違いないが、己の気持ちを抑え込んでまで意地を張ってなんになるのか。
素直に笑って流して、抱き締めてしまえばいい。
だけど、と大輔は思う。
笑って流してもいいけど、許さない。
許せば、理不尽な嫉妬を肯定してしまうことになる。それはダメだ。
だから彼は伴侶に向かって、己の放つ耀きすべてを打ち込む気で向けた。
逸朗が一番好きだと思っている仕草で、微笑みで、瞳で、唇で、大輔は表には出さずに精一杯の誘惑をする。
逸朗には薄闇に染まる部屋に陽光が射したように感じた。朝が来るにはまだ暫くのときがあるのに、ほわりと明るく照らされた気がしたのだ。
考え事から戻り、視線をあげると、そこには未だかつて存在したことのないものを見た。
これほど神々しく耀き、蠱惑的に微笑むものがあっただろうか。
麗しい唇は己に対しての渇望にうっすらと開き、柔らかく見つめる瞳にはどんなものでも溶かすだろう熱が過分に湛えられていた。
逸朗はごくりと喉を鳴らし、ふらりと立ち上がって、朦朧とする意識で己の伴侶を抱き締めた。貴いものを抱くように、恭しく持ち上げると無言のまま彼をベッドに運ぶ。
あまりの美しさに常に湧く情欲はなく、唇を合わせることすら躊躇った。それは彼を冒涜する行為のような気がしたのだ。
己の傍に横たえ、触れるのも烏滸がましいと思いつつも、伴侶の髪を丁寧に指で漉いた。
気持ち良さそうに大輔が眼を細めて、やっと逸朗は呪縛が解けたように己のものに戻った伴侶にキスを落とした。
「どうしたの?」
唇を合わせただけで、それ以上を求めない逸朗を訝しく思った大輔が聞いたが、それには首を振られただけだった。
「まだ、指輪のこと、怒ってるの?」
声音に不安が混じる。
それにも首を振って応え、逸朗は優しく微笑んだ。
「愛してるんだ、こんなにも愛してるんだ」
独り言のように呟き、彼はそっと伴侶の瞼にキスをする。
そして髪を漉きながら、大輔をもう一度寝るように促した。
朝まであと少し。
こうして傍で寝顔を見られるだけで幸せなんだ、と逸朗は実感した。だからくつくつと笑みが漏れた。
不思議に思ったのか、大輔の眉が上がる。
それに逸朗は応えることができなかった。
口が裂けても言えるもんか。
たまに離れるのも悪くない、だなんて。
最後に深く口付けをして、逸朗は大輔を夢の中に誘った。
そして彼はゴードンが起こしに来るまで飽きることなく伴侶の寝顔を堪能していた。




