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2-6 闇の暗躍と魔術師の抵抗

バージルは厚くカーテンを閉じた薄闇の部屋でゆらりと椅子から立ち上がると、隙間から僅かに漏れ射す陽を遮るためにしっかりとカーテンを合わせた。すると部屋はほぼ闇に沈む。


暗闇に紅く瞳が輝き出し、周囲がうすぼんやりと見渡せた。デスクの上にあるランプに手を伸ばして火をつけようか、悩んだ。

ここはギヨムの屋敷だが、電気もガスも水道も、当然通ってはいる。しかしバージルはそれを厭う。ずっと闇のものとして、文明から遠ざかった生活をしていたせいだろうか。

100年ほど前にギヨムと再会し、以来この屋敷にて居住し始めたが、未だバージルは文明に慣れることができなかった。

それまではひたすら己の渇望のまま、人を狩って生きてきた。どのくらいの年月を経たのかすらどうでも良かった。

拐ってきた女を抱き、血を奪い、それで満足していた。

ゆえにバージルの姿は人の姿を取ることはなかった。なにを面白くもない人でいる必要があるだろうか。己はヴァンパイアとして実に愉しく生きているのだから。

しかし世の中が急激に発展し始め、闇を纏わなくなってバージルの狩りが非常に困難になった頃、まさに女を狩ろうとしたときにギヨムに見付かったのだ。


「バージル様?バージル・オースティン様ではないですか?」


久々に呼ばれた己の名に、ぞわりと歓喜が湧いたバージルはその後に続くはずのヴァンヘイデンの名がなかったことに、嫌悪ではなく喜悦を感じたのだと瞬時に理解した。

そしてその忌み名を口にしなかった男にも己と同じ嫌悪をヴァンヘイデンに持つものだと、わかった。だからこそ、畏敬のこもった呼び掛けに応じる気になったのだろう。


「誰だ?」


捕らえた女を離し、バージルは己を呼んだ男に近付く。離された女はことの次第がわからず、茫然としていたが、逃げられることに気付いて抜けた腰のまま、這ってその場から離れようとした。

バージルはそんなことよりも己を呼んだ男に興味を向けていたが、男はそうではなかった。

迂闊にもバージルの名を呼んでしまったのだ。

名前を聞いた女を生かしてはおけない。

傍に控えていた侍従に手を振るだけで指示を出し、侍従が命を正確に理解して動いたのを確認してからバージルに駆け寄って跪いた。


「お懐かしいことでございます。覚えていらっしゃるでしょうか、ギヨムでございます」


「ギヨム…」


バージルは面倒だと一族を構える気はなかったので、あまり血族を増やさなかったが、ときに堪えがたいほどヴァンパイアにしなくてはならない、と渇望してしまう人に出会うことがあった。

本能のまま生きるために闇に堕ちたのだから、当然のようにバージルは我慢などせずに、心のままにヴァンパイアと成した。

だが、それだけだ。

成ってしまえば興味などなくなる。

面倒をみる気もない。

だから造っただけで、あとはいつも放置した。


それらが生き延び、呼応し合うようにヴァンヘイデン家のものに出会い、一族に迎えられたものがいた。聞けばヴァンヘイデン家の始祖の名を口にする。ならば一族のものだと、受け入れるが、彼らの血は悉く残虐性が高かった。

アメリカで暴れていたアルバート然り、フランスのソフィア然り。

結局後始末に奔走せねばならぬ結果となり、アランは秘かにどこの血のものかと探っていたのだが、まったくわからなかった。


まさかバージルの血だとは思わなかったのだろう。そしてバージルが名を聞かれたとき、己の造り手の名を口にしていたので、それも仕方ないのである。


だからこそ、己の名を知る我が子が眼前にあり、バージルは不思議に思った。

そして思い出す。

彼にとってギヨムは特別だったのだ。

出会ってはじめて、傍に置いておこうか、と考えた男だった。

本能に生きるバージルなので、なぜそう思ったのか、深くは考えなかったが、一度は造り手の名を口にして、言い直して己の名を名乗ったのだ。

あまりの年月にそんなことすら記憶から消えていたのか、と彼は思いながら、額づくギヨムに甘く囁いた。


「私を屋敷に招待してくれるだろうか」


以来、バージルはギヨムの主として屋敷の最上階の南東の部屋を与えられて住んでいる。


「バージル様、宜しいでしょうか?」


ギヨムが恭しく入室してバージルの前で一礼をする。それに鷹揚に頷き、彼はランプに火をいれた。途端に部屋がぼんやりと照らされる。


「先日はヴァンヘイデンの、さらにシュナイダーのを吊るしておきました。次は魔術師がいいかと捕らえて参りました。いかが致しましょう?」


言われてバージルは久々に愉しかった狩りを思い出した。

ヴァンパイア相手に狩りをするのはないことだったので、その魅力にすっかり魅入られ、人を狩ることすら興味を失っていた。

おかげで今はギヨムの持ってくる血の多く混じったワインだけが彼の食事となっている。


「魔術師か、人ではないか…」


退屈そうにバージルは吐き捨てた。

いくら魔術が使えても人は人。ヴァンパイアほどの愉しさは与えてくれないだろう。

それにギヨムは薄く笑って


「意外と楽しませてくれるかもしれませんよ?」


と主を煽った。

さらに目元を醜く歪めて笑むと、主を見上げて黒く囁いた。


「人ですが、魔術が使えて、女です」


ならば別の愉しみもあるだろう、と言外に語っていた。

それならそれで、面白いか、と久しく女を抱いてないことを思い出したバージルはにっこりと笑った。

その顔はやはり並みいるヴァンパイアのなかでも飛び抜けて美しいものだった。

柔らかな金髪に蝋燭の炎の光量でさえも金色に輝く瞳、白磁の肌に艶かしく浮かぶ形のいい薄い唇、真っ直ぐに走る整った鼻梁。

ギヨムは惚れ惚れとして己の主の美しさに陶酔する。


「いつものとこか?」


その気になったバージルがギヨムに問いながら、すでに足は地下へと向かっていた。後ろから付いていくギヨムが満足顔で肯定した。


主の素晴らしく雄々しい姿を拝するのだ、と興奮を隠せない様子で、ギヨムは地下から人払いをした。

体重を感じさせない動きでバージルは地下のドアを開ける。


うっすらと饐えた臭いと血の金臭さが鼻を刺激するが、バージルには慣れ親しんだものだ。気にするほどのものでもない。

なによりこの香りがすれば、ここへ閉じ込められたものの恐怖心が増す。それがより一層狩りを面白くすることをバージルは知っている。

囚われた女の前に彼は優雅に姿を現した。

短い悲鳴が女の口から漏れ、さらにバージルは興奮する。


どうしようか、壊してから抱くのか、抱いてから壊すのか、悩む彼に女は何事かを呟いた。

聴覚の優れている彼でさえ、聞き取れないほどの小声。


ローブを纏った女の袖が淡く耀いたのが見えたかと思った瞬間、袖から炎が迸り、バージルの胸に猛烈な熱を感じた。

熱い!と思ったときには彼の衣服と共に皮膚までが焼け焦げていた。痛いじゃないか、と溢し、手で払ったときには火傷はすっかり治っており、バージルは薄く微笑んだ。


「これは面白い」


決めた、壊してから抱こう。


「あんたが誰かもわかんないけど、ヴァンパイアなのはわかったわ。せっかくルカ様が忠誠を誓ったのにこんなこと、するなんて!覚悟、しなさい、ただでは死んであげないから!」


そして彼女はまた唱え、指先をバージルに向けた。

雷のような稲妻がその指から迸り、歪に曲がりながらも真っ直ぐバージル目指して落ちてくる。


軽々と飛び上がり、それを避けたつもりだったが、彼女の指がくい、と上がり、稲妻が下から上へと走ってバージルを捉えた。

途端に荒々しいまでの痺れと痛みが全身を襲い、皮膚を焼く焦げた臭いすら立ち上った。


「バージル様!」


ギヨムの悲痛な叫びが耳に入り、バージルは眉を顰めた。

なんと耳障りな声だ。


稲妻がまだ己を包んでいたが、バージルはそのまま女に向かって蹴りを繰り出した。

無謀にも彼女はそれを腕で受けようと身構え、また唱える。

腕を包むローブが淡く光を放ち、バージルの脚を受けた瞬間、ばちんと大きな音を立てた。

弾かれたバージルは痛みの走る己の脚をみて、久々に驚愕する。


皮膚が裂け、骨が断たれ、無惨な状態だった。

立つことすらできずに、その場に跪く。

屈辱よりも、奥底から湧き上がる歓喜に瞳が爛々と耀いた。


怪我などどうでもいい、痛みも構わない。

怪我はすぐに治るし、痛みは一時のことに過ぎない。

けれどこの愉しさは女が抵抗する限り続くのだ。


すでに治った脚で立ち上がり、満面の笑みを浮かべてバージルは彼女をみた。


「おまえの名は?」


「教える義理もない」


にべもなく答えた女の態度に、バージルはぞくぞくした。

女に惚れた経験はないが、これがそうなら悪くない、壊すときを考えると気でも狂ったように胸が踊った。

バージルにははじめての経験だった。


壊すのは最後だ。

まずは抱こう。


疼き始めた性に逆らうことなく考えて、バージルは咆哮した。

最近、人であることが多かった彼が本来の姿へと変わる。

禍々しくも美しい、ヴァンパイア。

ギヨムが喜悦に叫びをあげる。


それを無視してバージルは女に襲いかかっていく。


すでに彼女の胸元が淡く光を発している。

バージルは次はなにが来るのか、どんな痛みに襲われるのか、期待でおかしくなりそうだった。


なんて面白いんだ。


彼の残虐性は衰えることを知らない。


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