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2-5 緊急定例会を開催します

この世は便利で溢れている。


大輔は研究所のカフェに併設された定例会専用の部屋で眼前に揃っているメンバーの顔を眺めながら、暢気に思った。


人狼からは狼とケンジが、魔術会からはルカと側役のリディアという女性が緊急開催の定例会に参加していた。参加を呼び掛けた2日後には集まれるのだから、文明の利器とは大したものである。


すでに詳細はメールされており、彼らはなぜここに集まったのかは承知しているので、難しい顔をしてる割には比較的穏やかな雰囲気ではあった。


いつものウエイトレスが珈琲をそれぞれの前に置いて退室すると、それを待っていたようにルカが口火を切った。


「まずこちらの魔法陣をお渡ししておきます」


ルカの瞳は大輔に対する敬愛で光耀いており、隣に座るリディアも彼と同じように真剣な表情のなかに過分に畏敬の念が込められていた。


ルカがテーブルのうえに差し出した紙には見事にデザインされた美しく緻密な魔法陣が描かれていた。


「これはヴィクトー様が以前、その、ダンカンさんを拘束するときに使った、もので…」


ジョシュアを利用して大輔を拉致し、その大輔を追ってきたダンカンを拘束するのに使ったものだった。


「ジョシュアさんは消えにくい特殊なインクを使ったスタンプにして使用したみたいです」


ダンカンのほうが強いのだと、以前ジョシュアが話していたことを思い出した大輔は隙をみて捺して拘束したんだ、とやっと納得した。手首と足首の拘束は理解できたが、首の裏がわからなかった。が、これで謎が解けた、と思った。

まず首の裏に捺して、自由を奪ってから手足を拘束したのだ、と。首の裏ひとつで身動き取れなくできるなら、大輔にも扱える。


「今回のはあれをさらに強力に改良しましたので、たぶんウィリアム様でも拘束できるかと思います」


大輔は思わずにやりと口を歪めた。

それならジョシュアにスタンプにしてもらい、逸朗で試してみようか、などと不謹慎にも考える。


「僕たちの魔術の使い方を大輔さまはご存じですか?」


逸朗からあっさりとされた説明を思い出し、


「ものに宿る力を引き出して使ってる、んだよね?」


と確認した。

ルカとリディアは軽く頷き、僅かに悩むようにお互いの視線を絡め合わせた。

そして吐息を吐いてから、ルカは大輔を真っ直ぐに見つめた。


「僕たちはものから溢れる力を感知する能力に長けてます。むしろそれを視る力だけを鍛えてるような感じで、魔法陣は知識の一端でしかないんです。だけど僕たちはヴァンパイアの力を視ることができないんです。彼らには生きてるものが発する力がないんです」


あれほどの力があるのに、と呟き、ルカは眼を伏せた。


「ただ、最近になって、彼らの身体を流れる、なにかを感じ取れるようになってきました。それは普通に視える光のようなものではなくて、黒く淀んだような纏っているような、不思議なオーラのようなものです。これが彼らの力なのでは、と僕は考えました」


そしてルカはリディアから新しい紙を受け取ると、大輔に差し出した。そこには先程とは違い、円型ではなく、やや歪な八角形の魔法陣が描かれている。緻密で繊細なのは変わらないが、複雑さは拘束の魔法陣とは比べ物にならないほどだった。もはや字なのか絵なのかすら判別できない。


「試してはないんです。ヴァンパイアで実験はできないですから。でもこれが上手く動けばもしかしたら大輔さまでも彼らに勝つことができるかもしれません」


その言葉に狼の眼が光った。


「それで、これは?」


相変わらずの緊張感のない声だったが、狼の顔は真剣そのものだった。大輔すらヴァンパイアを倒せるアイテムなら喉から手が出るほど欲しいだろう。


「彼らの力を吸い続けます」


ルカはこんなときなのに、テストで100点を取ってきた子供のように自慢げだった。

いつも自信なさそうに猫背な彼が幾分か、胸を張っている。


「つまり、これを彼らの身体に描けば力が奪われ続けちゃう、てことなの?」


大輔の確認にルカとリディアはにっこりと笑んで大きく頷いた。


「ただ魔法陣と呪文はセットなんですが、僕たちの使う呪文は特殊なので悩んでたんですけど…」


するとまたリディアがバッグから小さなものが入っている袋を出してルカに手渡した。


「これを身に付けてくれれば僕の名前を唱えるだけで発動するように作ったんです」


バラバラ、と袋から出されたものは華奢なリングに紫水晶が付いた指輪だった。不思議な色を発する紫水晶はよく見ると裏側に魔法陣が刻まれているのがわかる。


「ルカ・クリステア」


そう呟いた声に呼応したかのように指輪の水晶がふわりと光を纏った。思わず大輔の口から感嘆の声が漏れた。


「これだけのことをいつの間に…」


それには弾けるような笑顔をルカはみせて、大輔の手を取った。


「僕ははじめて大輔さまに会ったときから必要になるんじゃないかと思ってたんです。ウィリアム様の嫉妬深さに耐えられなくなったときにこれがあれば大輔さまも助かるんじゃないか、て!」


「あぁ…」


狼が強く納得するように声を溢し、大輔は乾いた笑いを漏らした。そしてありがとう、とだけはなんとか言葉にした。


無邪気な態度でルカはにこにこと、たくさんあるなかからひとつの指輪を選び、大輔の右中指にはめた。


「忘れないでくださいね、僕の名前」


そして己の人差し指を紫水晶に当てたあと、口許に持っていき、何事かを口のなかで唱える。今度は指輪そのものが光を纏い、大輔の指に誂えたように違和感なくフィットした。暫くして、指輪から光は消えた。


「そっちの指輪もちゃんと稼働してるみたいですね」


大輔の結婚指輪に視線をやって、満足そうにルカは頷く。リディアも同じように嬉しそうに眼を細めて、私もお手伝いしたんです、と照れ臭そうに言った。


「うん、俺としては今一つ、意味がわからないんだけどね」


「はい、僕もわからなかったです。だから秘密の魔法陣も入れておきました」


「え?」


小さくウインクして、ルカは小声で教えてくれた。


「絶体絶命だと思ったとき、左手でなんでもいいから触れてください。触れたまま、唱えてください」


「なにを?」


「ウィリアム様の本当の名ですよ」


それから魔法陣をスタンプにすること、数を作って人狼にも使ってもらえるようにすること、などを話し合って散会した。


メンバーを見送ったあと、大輔はふと気付いてしまった。


「俺、逸朗の名前、知ってたっけ…」


絶体絶命のときが来る前に知っておかなくては、と思いつつ、ここまで深い仲になって愛し合ってて、指輪までしてるのに名前を知らない自分に可笑しさが込み上げてきて、馬鹿みたいに大輔は腹を抱えて笑った。


身に迫る緊張感から、大輔には少々ストレス過多だったのかもしれない。


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