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2-4 世界を支配する偉大なる王

以前の大輔だったら取り乱しただろう。


けれど様々な経験を経て、彼はどうあれば伴侶として一族に名を連ねても恥ずかしくないかを考え、自分なりに鍛練してきた。


せめて力では敵わなくとも、技で己を守れるように、と合気道を習い始めた。

運動神経は悪くなかったのか、もしくは反射能力が優れていたのか、大輔はめきめきと上達していった。逸朗はどんなときでも護るからそれが必要となるときはない、と不機嫌そうに反対していたが、ゴードンが護身術を獲ることに諸手を挙げて応援したのだ。

おかげで大輔はジョシュア相手なら、攻撃を避けられるし、速さにさえ眼が慣れれば攻撃もできるまでにはなっている。


今度こそ足手まといにはならない、ただそれだけの思いだった。


だからガブリエルが残忍な殺され方をしたと耳にしても己を抑えることができたが、さすがに伴侶が倒れたときは悲鳴を上げた。


慌ててソファから立ち上がり、彼の傍に駆け寄る。


「逸朗!」


意識を失ったわけではないらしく、すぐに逸朗は立ったが、膝に力が入らない。

ヘンリーが支えてソファに腰かけさせた。


「カブリエルは大輔の影に、て…」


逸朗を座らせながらヘンリーが溢した疑問に彼は首を振って否定した。


「アランの結婚式のときに大輔の危険はないかと、秘密裏にフランスに滞在させた。いまはどちらかといえば浮かれてるアランのほうが危ないと思ったから」


言われたアランは渋く顔を歪めた。

それからヴァンパイアたちがそれぞれ思うことをそのまま口にして混乱を極めそうになったとき、大輔はそっと逸朗の袖を引き、聞いた。


「バージル、なんとか、て誰なの?」


一瞬にして静寂が宿る。

己の心臓だけが早鐘を打っているのか、と大輔が感じるほど耳で脈を打つ。


ひとりひとりに視線を送り、大輔は無言で彼らに問い掛けるが、答えるものはない。


アランと逸朗、そしてゴードンだけが知っているようで、眼が合ったらふわりと逸らされた。


「その、バージルなんとか、てのがガブリエルを殺さなきゃならないのはなんで?」


淡々と聞いてはいるが、大輔のなかでは怒りが燃え盛っている。幼いのは見た目だけだと理解はしているし、決してか弱い子供でないこともわかってはいたが、それでもあの美しい少年を無惨に殺す意味がわからない。

そんなやつの気が知れない。


小刻みに震える己の拳を、見られないように腿の間に挟み込んだ。


「これは俺が聞いちゃダメなやつなわけ?」


あまりにも返答がなく、僅かに苛立ちをのせて大輔は発した。アランの視線が泳ぎ、諦めたように息を吐いた。


「バージルはな、ウィルの実兄なんだよ」


さすがにこの衝撃には大輔も耐え抜けなかった。

あまりの驚きに隣に座る伴侶をみた。


一気に憔悴した表情で逸朗は大輔を見つめ、唇を引き結ぶと、微かに頷いた。


「前にも話したが、私は母と恋仲になったヴァンパイアによって造り還られた。そのとき私には兄がいた。弟も妹もあったが、彼らは成らずに済んだ。ただの人として寿命を全うした彼らが羨ましかったよ」


そして深いため息を溢した。


「バージルは成ってしまった。しかも残虐なほうに…」


逸朗の言葉に理解できず、大輔は首を傾げる。

その疑問にはジョシュアが答えた。


「成ったあとは非常に飢えるんです。人の血がなければ生き延びれないので、大量の血を必要とするんです。そのときにどれだけの血を飲んだか、その質と、期間とによってヴァンパイアは2つに分かれます」


親指を立てて、


「ひとつは人に戻れるヴァンパイア」


今度は人差し指を立てて


「もうひとつはあくまでもヴァンパイアであろうとするもの」


言って、ジョシュアはダンカンが成ったときを思い出した。彼もかなりギリギリの境界線からこちら側になった、と。だからダンカンはどのヴァンパイアよりも戦闘に関しての能力が高いのだと。


「それって、人と交わって生きていけるヴァンパイアと人を獲物にしかみないヴァンパイア、てこと?」


それには肯定の頷きが返ってきた。


「それで、そのバージルてお兄さんは今までどこにいたの?」


やはり大輔は横に座る伴侶に聞いたが、今度はアランが口を開いた。


「やつの残虐性に伯母も悩んで、ウィルを侯爵にしたんだ。それがきっかけでやつは出ていった。以来、消息すら耳にしたことがない、完全に地下に潜ってたんだな。まさか生きているとは考えもしなかった」


「侯爵…」


大輔はむしろ聞きなれない爵位のほうに気が取られたが、サー・ウィリアムと呼ばれているくらいなのだから、本来、平民の大輔が気軽に呼び捨てできる相手ではなかったのだろう、と思ったら出会ったのが今で良かった、と安堵した。

ただでさえ性別の垣根があるのに、身分の垣根まで抱えるのは御免だ。


このタイミングならどのくらい生きているのか、聞いても答えてくれるのではないか、と淡い期待を込めて大輔は聞いてみた。


「どのくらい前に成ったの?」


ずっとずっと聞きたかった質問を口にして、大輔は幾分か興奮して顔を上気させた。

それが煌めくように美しく艶めきを放ったので、居並ぶヴァンパイアが息をのんだ。ミーナまでがうっとりと瞳を濡らしている。


「カール1世の在位のときだから1200年前か…」


思わず呟いてしまったアランが慌てて口を押さえたが、すでに聞いてしまった大輔は驚きに零れそうなほど眼を見開いていた。

それは彼にとって目眩のする数字だった。

想像も付かない。

日本建国1400年おめでとう、と奈良が盛り上がっていたのが最近なのだから、実にそれと近いほどの歴史を生きてきているのだ。

大輔は感嘆の吐息を漏らした。


「それで、バージルて人はなんでガブリエルを?」


それには逸朗が答えた。

低く唸る声で、怒りを抑えもせずに。


「間違いなく宣戦布告だろう」


「だな、世界を支配する偉大なる王、なんてふざけた名前、名乗りやがって」


アランが荒々しく拳を震わせ、テーブルに叩きつけようとしたが、ゴードンがその手を止めて、辛うじてテーブルの破壊は回避された。


「すぐに一族に通達を出せ。身辺に気を付けろ、できれば身を隠せ、狙いは俺とウィルの一族だ」


しかしそのアランの読みは外れていた。


翌日、本部を介してシュナイダー一族のヴァンパイアが無惨な姿で発見されたと連絡が入ったのだ。


こうなってはバング家も魔術師も危ない。

人狼すら危険がある。


判断したヴァンヘイデン家はすべての家業をストップして、バージルを追うことに専念することになった。


新しい敵が迫る恐怖に負けまいと、大輔も定例会の長としてやるべきことを為すために動き始めた。

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