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2-3 悪い報せは突然に…

逸朗に連れられて行った居間には帰国せずに日本に残ったメンバー全員が集まっていた。


マカナとダンカンはもちろん、護衛兼研究員のジョシュア、執事のゴードンもこちらでの仕事があるのだから当然なのだが、一度はアランに付いてフランスへ帰ると宣言していたヘンリーも、アランとミーナも帰国する気が失せた、の一言で階下にあるゲストルームでの滞在を延期していた。せっかく来たのだからこのまま新婚旅行に洒落こもう、という算段を立てているアランはあまりフランスから出ない生活だったので、日本文化の繊細さに完璧に参っているようだった。

とくに浴衣がお気に召したらしく、呉服屋を廻っては買い漁っている、とヘンリーが嘆いていた。


大輔にとってはお馴染みの顔ばかりが並んでおり、親戚にでも会った気分になっていた。


狼と小百合も披露宴には参列していたが、自由気ままな人狼らしく、


「人狼の郷のもいいけど、ここの温泉もいいね」


と、然り気無く自慢しつつ、もう少し温泉を楽しむと帰りもしなかったので、ここにはいない。


シモンはフランスの屋敷をあまり長くは留守にできない、とさっさと帰国してしまったので、フランス組は彼に連れ去られて泣く泣く帰るヴァンパイアが多かったが、イギリス組は一族の主が日本にいるのだから、自由に全国を観光する、といって明るい顔で手を振って旅立って行った。


「大輔さま、本日のお茶はゴードン様が準備してくださいました」


マカナが駆け寄ってきて小声で教える。

テーブルのうえに眼をやれば、確かに伝統的なイギリスのアフタヌーンティセットがあった。

小さなサンドイッチに、スコーンそして甘い甘いチョコレート。

それらを簡単に食べさせてしまう、ガッツリした味わいのミルクティ。

懐かしい匂いに大輔はイギリスで味わったものを思い出した。


マカナが来てから、本格的なティタイムをしてなかったな、と大輔は気付き、ゴードンが彼女に遠慮していたのだとはじめて知った。そんな無言の心遣いがいかにも彼らしい、と無表情に微笑みを張り付ている執事が誇らしかった。


「お、大輔が傍にきてやっと機嫌が直ったか!」


軽口を叩きながらヘンリーがチョコレートをつまんで口に放り込んだ。甘っ!と顔を顰めるが、すぐに瞳を蕩けさせた。

大輔は己の横で腰を抱いて口許を緩めている伴侶を見上げ、諦めたようにふるりと首を振った。

自分の心を疑うような嫉妬でなければ、それでいい、と達観する。ヴァンパイアにとって魅力的だというのなら、己ひとりが気を付ければ済むだけのことだ。思って大輔はヘンリーの横に腰かけた。

ゴードンから紅茶を受け取り、さっそくスコーンに手を伸ばす。


隣に座られたヘンリーは腰を浮かして逸朗に席を譲ろうとしたが、当の逸朗が大輔の後ろに立ち、伴侶の肩を抱くようにしていたので、このままでもいいのか、と多少の疑問を残しつつ、ソファに座り直した。


大輔が現れたことにより、殺伐としていたヴァンパイアの空気が途端にやわやわとして、和むのを感じたマカナはホッと胸を撫で下ろした。


それほど逸朗の機嫌が悪かったのである。


指輪を与えたとき、もっと大仰に喜ぶと思っていたのだ。

嫌がっていた式も挙げないのだし、お揃いの結婚指輪をはめるのだし、と顔には出さなくても逸朗は胸を高鳴らせて伴侶にプロポーズしたつもりだった。

しかも世界一点ものの、完全オリジナルの特別製である。

もっといえば宝石を使ったりしたかったのだが、大輔の気持ちを考えて敢えてシンプルなものにしたのに。


あろうことか伴侶は複雑な色合いの瞳を憂いさせて、たった一言。


「ありがとう」


で済ませたのだ。

機嫌を損ねるな、と逸朗に訴えるほうが頭がおかしい。


けれど単純なもので、己の視界に伴侶があって、手の届く場所に存在があれば彼は至って満足もしていた。

安心できない不安もあるが、少なくとも己の守備範囲に伴侶がいる。それは彼の精神を安定させるには充分な理由だった。


マカナの着物姿の美しさや海の幸の調理法など、興奮したようにアランが捲し立て、ミーナが潤んだ瞳で語る己の夫を見つめ、褒められて真っ赤に炎上しているマカナを愛おしそうにダンガンが肩を抱き、相変わらず伴侶しか視界に入ることを許さない逸朗がいて、周囲に漂う胸焼けしそうな甘い雰囲気にヘンリーは辟易したように息を吐いた。

同じ独り身のゴードンもジョシュアも、ヘンリーほどは胸焼けを起こさないらしく、平気な顔で話に加わっている。

この甘さに対する耐性を得たのか、と呆れた視線を送りつつ、それでもこの場に留まりたいと思う己に笑いが込み上げてきた。


ひとりじゃない、孤独じゃない、話をして聞いてくれる相手がいて、共感してくれる仲間がいる、それがとても愉しいのだとヘンリーは知ってしまったのだ。

今更、この程度の甘さに負けてはいられない。

この愉しさを失いたくはなかった。


それぞれが共有する時間を楽しんでたとき、アランのスマホがメールの着信を報せた。


すぐにヘンリーとミーナにも届く。


アラン一族にだけらしく、あとの携帯は沈黙したままだった。

ダンカンは鍛え直させる必要を感じた逸朗がアランに託したのでフランスで生活している時期もあったが、本来はサー・ウィリアムの一族である。

メールがないのは仕方ないのだが、ダンカン本人は少し不本意そうに眉を顰めている。


せっかくのティタイムだからと、あとで読むつもりだったアランも、ヘンリーとミーナにまで届いたメールを無視するわけにもいかないと思い直し、失礼、と断ってからスマホを手にした。


そしてすぐに表情を険しくする。


続いてミーナが息をのみ、ヘンリーの眦がきつく上がった。


「どうかしましたか?」


ゴードンが感情のない声音で問いかけたが、誰も答えようとはしない。緊迫する雰囲気にとうとう逸朗がアランの名を低く呼んだ。


「すまない、シモンからだ」


我に返ったようにアランが言って、視線を逸朗と合わせた。


「このまま一族会議になりそうだぞ、ウィル。帰ったものは仕方ないが、日本に散らばってるやつらは把握しておくようにすべきだな」


彼の野太い声が静寂のなか、耳を痛めるほどに響いた。


「なにがあった?シモンはなんと?」


問う逸朗にアランはどう解釈すべきかを悩むように、メールを読み上げた。


「カブリエルの遺体を発見。城門に見せしめか、吊るされていた。声明文なのか判断に苦しむがサインが書かれた紙が一枚ある」


あまりの内容に大輔は生唾をのむ。


あのカブリエルが?


暗殺に長けていると、ダンカンの代わりに己の護衛に付いた、あの幼い彼を思い出す。


大輔のその思索を破るようにアランが続けてメールにある名を読み上げた。


「バージル・オースティン・ドナルド、と…」


その名を聞いて、逸朗が倒れた。



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