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2-2 大輔、指輪をはめる

大輔は己の左薬指にはめられた鈍く光る指輪に眼を落とした。模様も飾りも宝石もない、ただの輪っかに過ぎない、表向きはなんの変哲もない指輪。

けれどこれは裏側に複雑な模様が彫り込まれている大輔だけの特別仕様のものだった。


ダンカンとマカナの披露宴を兼ねたパーティのため、せっかく日本に来たのだから、と大輔が用意したのは貸し切りの温泉宿だった。

大広間での膳による会席料理、浴衣に布団、そして温泉。着物の美人女将がいて、やっぱり着物の仲居がいて、ロビーに滝の流れている、昔懐かしの巨大温泉宿である。

訪れるのが外人ばかりの団体貸し切りだと伝えてあったため、宿側も張り切って琴の演奏で出迎え、庭園では野点もして、夜には和太鼓集団によるパフォーマンスまであった。

当然のように会食パーティにはカラオケも用意されていた。

そして極めつけは夜の海で上がる華々しい花火である。

わざと低くあげて貰ったので、夜空と水面の両方に花火が上がり、まさに幻想的な彩りだった。


これで盛り上がらないわけがなく、参列したヴァンパイアたちは興奮に白磁の肌を杏のように染め上げていた。


本当なら大輔はマカナに白無垢を着せたかったのだが、彼女の盛大なる拒絶を受けて、仕方なく着物をプレゼントして着て貰った。

友禅の一点ものなので、女将なんかはその価値を理解して眼を輝かせていたが、マカナはひたすら恐縮するだけだった。


それに合わせてダンカンには羽織袴だと強行突破するつもりだったが、これは残念ながら断念せざるを得なかった。

曰く、


「やめてくださいよ、護衛なのになんかあっても動きにくいじゃないっすか」


という、仕事熱心な言い訳に大輔は負けたのだ。

実際、本当になにかあったとき危ない、という逸朗の判断もあった。

なんといってもヴァンヘイデン一族が一堂に会するのだ。敵があったとしたら、このチャンスを逃すはずがないほどの好機なのだから。


しかし現状、狙われる相手に思い当たる節もなく、憂慮ではあるのだが、万が一を想定するのもパーティ主催者の役目でもあった。


楽しく3日間の温泉を堪能してもらい、主要メンバー以外の一族はそれぞれの地へと散っていった。

ちなみに喜ばれたお土産は温泉まんじゅうだった。大輔は渡しながら首を捻ったが、貰う相手は渡した先から開けて食べていたので、よっぽど気に入ったのだろう。


温泉での最後の夜に逸朗が、この特別仕様の指輪を大輔にはめたのだ。


「式は諦める。が、せめて指輪をしてほしい」


切実な音をのせて放たれたプロポーズに大輔は頷くだけだった。はめてから、妙な違和感を覚えて大輔は伴侶の瞳を覗き込んだ。

あまりにもしっくりと指に馴染み、はめている気配すらなくなるほどなのに、外そうとしても吸い付くようにずれることもなく、はまっていたのだ。


これは二度と外せない感じじゃない?


思った大輔に逸朗は真剣な表情で告げた。


「ルカに頼んで魔法陣が刻んである特別製だ。大輔が心変わりをしない限り外せない。そしてどこにいても私の指輪と惹き合うようになっている」


言って逸朗は己の手を大輔の眼前でひらひらさせた。そこには同じく鈍い光を放つ指輪があった。


「これは大輔のだけだが、恐怖を感じると私にも伝わるようにしてもらった」


「………ありがとう」


これ以上なにも言えない大輔にとって眼に見えない鎖から見える鎖で再度縛られた気分だった。


まだ結婚式をやったほうが良かったかな、と考えながら、大輔は指輪を見る。

嬉しくないわけではない。彼の愛情と嫉妬の深さには困ることもあるが、基本的には大輔も逸朗を愛しているのでお揃いの指輪を着けることは嬉しくはある。


ただ、視界に指輪が映ると、妙に息苦しくなるのだった。

まだ縛るのか、とどこかで辟易している自分を感じ、大輔はぞくりと身を震わせた。


こんなにも愛してるのに…


大輔は逸朗と並び立つ男になりたいのだ、とはめられた指輪を見て認識した。

隷属するのではなく、同じ未来を同じ高さで見据えて、共に手を取り合い、歩んでいきたいのだとわかった。


だからこそルカの魔法陣が刻んである内容に大輔は納得できなかったのだ。

心変わりを心配することに腹が立つ。

指輪同士が惹き合ってどうしようというのだ。

ましてや恐怖を感じ取ってなんになる?


怖いだけなら毎日のようにゴードンにビビってるけど!


思って大輔は下唇を突き出した。

なんだか釈然としないプレゼントだな、と彼は文句を垂れた。


「なんだ、こんなとこにいたのか」


自室のデスクで指輪を眺めていた大輔にノックもなく部屋を覗き込んで声をかけてきたのはアランだった。

彼の耳には結婚祝として逸朗がプレゼントしたエメラルドのピアスが光っている。着ける度に穴を開けなくてはならなくて痛い思いをするから、着けっぱなしすることに決めたらしい。


「ウィルの嫌がらせかと思ったぞ」


と、ウインク交じりにアランは大輔だけに聞こえるように言い、大輔はヴァンパイアの弊害だね、と笑ったことを思い出す。

ちなみに同じエメラルドから作った指輪はミーナの左薬指を色鮮やかに飾り立てている。


「ゴードンがお茶を用意したが、来るか?」


物思いに沈んで瞳を伏せて指輪を見つめていた大輔を慮るようにアランが言った。その優しい視線は大輔の指に注がれている。

大輔はぱっと表情を緩めて笑顔を作ると、すぐに行く、と言いながら片方の手で指輪を隠した。それに気付いたアランが眉根を寄せて困ったような笑みを溢しながら彼の傍まで来た。

そして労るように、柔らかく背中を叩いた。


「あれはお前を心配してるだけだ。束縛の意味はもちろんあるだろうが、それだけだ。大輔が気に病むのもわかるが、その指輪にそれ以上の意味はないし、お前を軽んじてるつもりもないと思うぞ。ただひたすらいろんな意味で心配で怖いのだろうよ」


「怖い?」


座ったまま、立っているアランを見上げた大輔は小さく首を傾げた。そして僅かに宿る不満に艶めく黒瞳を揺らめかせた。

ミーナを溺愛しているアランですら、彼から迸る色気に目眩を起こしそうなほどの、直向きで純粋に美しい瞳。

ふいに視線を逸らし、アランは嘆息した。


「おまえ、自覚がないんだな、だからウィルはあんなにも過剰反応なわけだ」


アランの言葉の意味を捉えかねるのか、大輔はもう一度傾げる。

そんな彼に対して首をひとつ振ってから、アランは片手で両目を覆って、天を仰いだ。


「アラン?」


「いや、すまない」


言ってアランは大輔の肩に手を置いた。そして目線が同じ高さになるように腰を屈める。

真剣な眼差しを大輔に注ぎ、彼はヴァンパイアとして忠告した。


「いいか、よく聞いてくれよ、大輔はすごく魅力的になった。人にはわからないが、性別も種族も、あのウィルでさえも障害にならないくらいヴァンパイアにとって魅力的なんだよ、わかるか?」


言われた内容に、大輔の顔から火が吹くかのように真っ赤に染まる。


「それは、血、のせい?」


恥ずかしさで掠れた声すら、アランを虜にしそうな魅力に溢れていて、この勢いのまま唇を合わせそうになる自分をなんとか律する。


「それもあるかもしれないが、単純にヴァンパイア好みなんだ、その色気も雰囲気も」


おそらく元々その素質はあったのだろうが、ウィルによって磨かれたのだろう、とアランは思ったが、口にはしなかった。

もう話すべきことはないのに、アランは彼の肩に置いた手を離すことができない己に新たな驚愕を覚えた。


「ウィルも大変だな、これは…」


ひとつ呆れたような笑みを溢したあと、アランが大輔の髪に指を通したときだった。


「なにをしている、それ以上はたとえアランでも容赦はしない」


開け放したドアから低く唸る声が響いた。

びくりとして大輔の身体が震えたので、アランは大丈夫だ、と頭をぽんぽん叩いた。


「なにもしてはいない、少し話をしていただけだ」


わざとらしく軽く言ってアランは部屋を出て行った。

すぐに逸朗は足早にやってきて、伴侶を抱き締めた。そして探るように全身に視線を走らせる。


「お茶を誘いに来てくれただけだよ」


幾分、苛立ったように大輔は唇を尖らせた。


「…のわりには近かったようだが」


嫉妬の滲む瞳を遠慮なく彼に向けて、鼻をひくつかせた。アランの匂いを嗅ぎとろうとしているのがわかって、大輔はため息を吐いた。そして指輪を見せ付けるように彼の前に手を翳してから、逸朗の首に巻き付いた。


「本当になんもないって。俺には逸朗だけだから、心配しなくてもいいよ」


大輔から心配性の彼に唇を合わせた。

それを身を震わせながら受けた逸朗は大輔を潰さないように最大限に気を付け、できる限りの力で抱き締めた。


これほど伴侶を感じているのに安心できない。


逸朗は大輔の髪に顔を埋めて深呼吸する。


「大輔の気持ちを疑うようなことはしない。私が心配のするのはおまえに懸想するほうだ」


それだけを呟くと、逸朗は大輔の手を取り、居間に誘った。


「ヴァンパイア限定でモテるのもしんどいよ」


立ち上がりながら溢した伴侶の言葉に逸朗は不覚にも笑みが漏れた。それを自覚したのなら一歩成長があったかもな、と考え、アランの行動に今回は眼を瞑ることに逸朗は決めた。


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