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余談15 大輔と逸朗、仲人になる?

いつも逸朗のほうが早く帰っている。


俺は大抵帰宅が21時を過ぎるから、ジョシュアに送ってもらうと、すぐにキッチンで食事をする。

だけどその時間にはマカナはすでに帰ってしまっていないから、俺の顔を見てからマカナの作り置いたものを逸朗が甲斐甲斐しく温めて直して出してくれる。


あまり巧く進めていない仕事のせいで、帰るまではへろへろのぼろぼろだけど、食べている間、大好きな逸朗と話をしてるうちに俺は元気を取り戻す。それがわかるんだろう、彼もとても嬉しそうに微笑むから、やっぱりどきんと胸が高鳴って、少しだけ俺は恥ずかしくなる。


もうずっとこうしてるのに、俺は未だに逸朗に毎日のように恋をする。


その日も相変わらず俺は泥のようになってジョシュアに引き摺られるように帰宅した。

キッチンからいい匂いが漂ってきて、逸朗がそこにいると思った俺は急に絞りきった雑巾のような身体に力が戻った気がした。

漲るほどの回復力はなかったけれど。


でもキッチンにいたのは逸朗じゃなく、


「おかえりなさいませ、大輔さま。すぐに召し上がれますから、手を洗ってくださいね」


頬を薄く染め上げたマカナが得意のロコモコをテーブルに運びながら出迎えてくれた。


マカナのロコモコは最高なんだよね、なんて呆けた頭で考えながら、ぼんやりと俺は時計に眼をやった。


21:38の表示が青く点灯していた。


「え?あれ?なんで?どうしたの?」


そこへ俺の声を聞き付けたのか、自室から出てきた逸朗がやや困惑げに俺に声を掛けた。


「話があるそうだ」


彼の下がった眉と、マカナの困ったような愛想笑いに俺は総身を冷やした。


「え、まさか、辞めてハワイに帰るとか?!」


もしもそうならどうしようか、彼女なしで俺はこの先生きていけるのか、一瞬のことだったけど、俺は本気で悩んだ。


それには小さく頭を振ってマカナは否定した。

とりあえずホッと胸を撫で下ろして、俺は逸朗に勧められるまま椅子に座り、食事をはじめた。


「うまっ!」


一口食べて、思わず漏れる。

だけど本当にマカナのロコモコは絶品だから仕方ない。俺が勢いよく平らげてる姿を見ながら逸朗もマカナも頬がゆるゆるに緩んでいた。


食べ終わった頃を見計らったようにダンカンが傍に来て、マカナの淹れた珈琲を俺と一緒に飲み始めた。それをきっかけにマカナが話を切り出したんだ。


「大輔さま、確認したいことがあってお時間をいただいたんです」


言ってから、ちらりと彼女の視線が横に座るダンカンに注がれる。彼はそれを熱く受け止め、背中を押すように微笑んでみせた。どうやら順調に良い関係を育んでるらしい、と俺は感じて嬉しくなった。


「その、ダンカンには秘密があるそうなんです、でもそれを話していいのか、彼には判断できないそうで…」


不安を含んで潤んだ瞳が俺にじっと注視され、居たたまれない気持ちになる。

間違いなくヴァンパイアであることだろう。

そう推測して、瞬時に俺は脳を回転させる。


「主である大輔さまがお話になるなら問題ないと彼が言うものですから。お休みの日まで待ってたほうがいいのはわかっていたんですが、気になって気になって…」


これ以上、話す先がないのか、黙ってマカナは俯いた。

俺もどう話すべきかを思い悩み、逸朗に至っては完全に無になっていた。するとダンカンがいつもに比べ、重々しい雰囲気で口火を切った。


「俺、彼女を伴侶にしたいんすよ。でもやっぱりちゃんと話した上でしないとダメだと思うんすよね。結婚とかよくわかんないんすけど、そろそろ我慢も限界っつうか、伴侶にしないと俺がヤバいっつうか…」


真剣な眼差しを俺に向けて話すダンカンの横で、あまり理解できていないらしいマカナの表情が曇り、小鳥のように首を傾げた。


きっと彼女は伴侶になってくれ、と言われたことが、すでにプロポーズで、だからダンカンに結婚がわからない、と口にされて些かの混乱状態なんだろう。


まぁ、人だもんね。


これは早々に説明をしないとふたりの関係にまで及ぶ問題かも、と俺は感じて、逸朗を覗きみた。

彼も同じことを感じ取ったのか、仕方なさそうに首をふるりと振ってから、俺に頷いて見せた。


だから俺は一呼吸、ゆっくりとしてからマカナに話し始めた。


「あのね、これはヴァンヘイデン一族に関わる秘密なんだよね、だからね、マカナがこのことを知ったとしても絶対に口外してもらっちゃ、困るんだ」


常にない俺の低い口調に、幾分緊張した様子の彼女だったが、薄々なにかがおかしい一族だという認識はあったようで、意外と驚いた表情もなく、マカナは力強く頷いた。


「まずね、この人たち人じゃないんだ」


俺は逸朗にはじめてヴァンパイアだと告白されたときのように、説明をする。

するとマカナは眼を見開いたものの、あぁ、やっぱり、と口のなかで呟いた。それから窺うように俺に視線を送り、


「あの、大輔さま、も?」


と、とても小さな、ともすれば聞き逃しそうなほど細い声で聞いてきたので、俺はにっこりと笑顔を浮かべた。


「残念、俺はただの人」


それなら、とまた呟き、隣に座るダンカンを見上げた。

そして恐る恐る、彼に質問した。


「じゃあ、狼男?」


それには俺は大爆笑したし、逸朗は心外そうに眉を顰め、ダンカンは困ったように彼女を見つめていた。


「違うよ、違くもないけど、全然違う生き物だよ。なんでそう思ったの?」


笑いが止まらない俺にじとりと逸朗は胡乱げな瞳を向けた。マカナは恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤に染めて俯いた。


「その、大輔さまが逸朗さまと逃げられたときに、ゴードン様が臭跡を追え、とダンカンに言ってたので、犬みたいだな、とそのとき思いまして、人でないなら狼男なのかな、と」


その答えにさらに爆笑した俺に対して、消え入りそうにマカナは身を縮めた。それが可哀想だと思ったのか、ダンカンが彼女の肩を抱きながら俺を鋭く睨み付けた。

ひーひー笑いながらも、その痛い視線を感じて、俺は身を竦ませた。すると逸朗が響く低い声音で、ダンカンの名を呼び、叱責する。


「ごめん、ごめん、狼男はちょっとツボった。本当にごめんね。彼らは確かに嗅覚も聴覚も鋭い。だけど狼じゃない」


俺はもう一度、深呼吸をしてから真剣な顔つきを意識してマカナに伝えた。


「ヴァンパイアなんだ」


「……………」


それは長い沈黙だった。

あまりの長さに逸朗は立ち上がって珈琲のおかわりを淹れていたし、ダンカンは動かない彼女が心配なのか、何度もマカナの髪にキスを繰り返していた。

俺はひたすら変わってゆく時計の秒数を眼で追っていた。


どのくらいそれは続いただろう。


逸朗が3杯目の珈琲を淹れようと立ち上がったとき、マカナが無言で立ち上がり、彼の代わりに無心に珈琲を淹れ始めたんだ。


いつもの作業をいつもと同じように繰り返して、多少は落ち着いたのか、真っ白だった頬に幾分かの赤みが戻ったとき、彼女は決然と俺をみて聞いてきた。


「そのヴァンパイアは私の想像するものと同じなのでしょうか?」


さすがに平常心を保つ努力はしていても、彼女の瞳にははっきりとした恐怖が宿っていた。どう伝えても結局彼らは人の血を必要とする生き物なのは間違いない。

だから俺はなるべく気にしてない風を装って、人の代表として語り掛けた。


「映画に出てくる吸血鬼を想像してるなら、全然違う。見ててわかると思うけど、太陽は平気だし、ご飯も普通に食べる。夜は寝るし、朝は起きるし、仕事もあるし、見た目もめっちゃ整ってて背が高いけど、人と変わんない」


ここから、彼らの特異点を挙げていく。

そう思うからひどく緊張して、指先がものすごく冷たくなる。


「ただ、力は強いし、動こうと思ったらかなり早く動けるし、ビルの間くらいは平気で跳べるし、登るのも全然できるみたい。しかも本気になるとちょっと、かなり、というか、限りなく人に近い吸血鬼、みたいな姿にもなるんだ」


そこまで言って、マカナを窺う。

睫毛がふるふると細かく震えてる以外は、気丈にも真っ直ぐ俺を見据えていた。

最後の難関を、だから俺は口にする勇気が出た。


「あと、ちょっとした怪我はすぐに治るし、風邪はひかないんだって。でもそのためには人の血が必要なんだ」


その瞬間、マカナからひっと鋭く小さな悲鳴が漏れた。

ダンカンの身体がびくりと震え、項垂れる。


逸朗は彼女の淹れてくれた珈琲を飲み干していた。


こくりと生唾をのむ音がして、マカナは横のダンカンに視線を寄せた。項垂れ、いまにも泣きそうに顔を歪めている彼を眼にして、心が定まったように瞳を上げた。

晴れ晴れとしたものではなかったが、困ったように下がった眉から、彼への愛情が感じられ、秘密を聞いても、その気持ちが消えなかったことを物語っていた。


「じゃあ、大輔さまも、逸朗さまに?」


「うん、伴侶、て制度がいまひとつオレにも理解出来てないんだけど、一人に付き一人の伴侶で、それ以外のヴァンパイアからは狙われずに済むらしいよ。俺は逸朗のだから、彼にしかあげてない。マカナもダンカンの伴侶になれば、ダンカンには飲まれるけど、それ以外が飲もうとしたらダンカンが相手をぼこぼこにすると思う」


実際には殺すだろうが、それは口に出来ない。

これ以上怖がらせる必要もない。

そして俺の言葉にダンカンが力強く頷き、彼女の手を取って、


「そんな奴に生きる資格はない」


と言い切った。

俺が言えば恐怖の言葉でも愛しのダンカンが言えば、愛の囁きになるらしい。途端にマカナの雰囲気がやわやわとして、蕩けた瞳で彼を見つめ返していた。


だから俺は余計な一言を追加してしまったのかもしれない。あんまりマカナが可愛くて、揶揄いたくなったんだろう。

にんまり笑って、俺は高らかに言ったんだ。


「大丈夫だよ、血を飲むのはエッチのあとだから」


俺の言葉が静まり返っていた部屋に木霊し、消えるかどうかの刹那、マカナの顔から火が噴いた。本当に音がぼっ!とするくらいに一気に紅潮して、煌めいていた瞳が虚ろになったんだ。

あまりのことに息までが止まったように、彼女が硬直したので、ダンカンは俺に怒鳴るし、逸朗は殺気を彼に放つし、俺は笑うし、でダイニングがパニックの坩堝に変貌していた。


大騒ぎのなか、やっと我に返ったらしいマカナが、今日は失礼します、と一言呟き、ダンカンを伴って降りていったあと、俺は逸朗の膝に座って、彼の首に腕を絡めた。

片眉を器用にあげて、俺をみる。


「珍しいな、大輔から積極的にくるとは」


くつくつと笑い、意外そうな口調だが、彼の腕はしっかりと俺の腰を捉えている。そして触れるだけのような、軽いキスを落とした。


「言って、良かったのかな、て」


本来はアランとか本部とかに相談すべき案件ではなかったか、と俺は暗に仄めかしたが、逸朗は気にするな、と髪をくしゃりと乱しただけだった。


どうせいつかはバレるし、すでにおかしいと思われていた、と彼の瞳が語っていて、だとしたら、ダンカンが自分の判断で話さなかっただけ彼に対する信頼が深まるな、と俺は考えた。


あとはふたりが考えて答えを出すだけだ。


そう思ったらなんだか胸がきゅっと痛んだから、俺は逸朗に抱いて欲しい、と強請った。

抱きしめて欲しかっただけなのに、悦びの咆哮を洩らすと、彼は俺を抱き上げてベッドまで運んでしまった。


そうじゃないけど、と思いつつ、迫りくる快楽に流されるように、まぁいっか、と俺は彼を受け入れた。


その翌日だった。


いつもと変わらない朝を迎え、いつもと同じようにマカナのパンケーキを頬張り、珈琲を啜っていたとき、逸朗がおはよう、と挨拶しながら傍に来た。


俺と同じプレートをマカナが彼の前に運んできたとき、逸朗がにやりと口許を歪めたんだ。


「おめでとう、マカナ、無事に伴侶になれたみたいだな」


テーブルに置く前だったプレートががちゃりと落ちるように置かれて、俺が驚いて見上げれば、そこにはこれ以上真っ赤になったら高血圧で救急車を呼ばなきゃならないくらいのマカナが立っていた。


爆弾投下した本人は悠然とパンケーキを口に運び、今日も実に旨いな、と感想を洩らしているが、すでに伝えるべきマカナはどこぞへと走り去っていて、部屋にはいなかった。


「え?」


驚く俺に面白そうにちらりと視線を寄越してから、多分に意地悪を含んだ声で逸朗が教えてくれた。


「そうか、わからないか、人だから。マカナからダンカンの匂いがかなりしてるからな、伴侶にできたようで良かったな、と私は祝意を示しただけなんだがな」


「あ、そういうこと…」


納得して、妙に口許が緩くなったようににやつきが止まらなくなった頃、鬼の形相でダンカンがやってきたが、結局、俺と逸朗と、さらに最終的にジョシュアが加わって揶揄いまくっておいた。


俺とジョシュアが出勤したあと、マカナは戻ってきて、やるべき仕事を熟したらしいが、さすがに大人の女性を揶揄うのはやめよう、と俺は誓った。


だって可愛すぎるんだもん。


この1ヶ月後にふたりはパーティという形で披露宴だけはしたいから、是非とも出席してほしい、と伝えてきた。

できればパーティの責任者を俺に頼みたい、とも。

まるで仲人みたい、と俺は笑って、もちろん快く引き受けた。


本当にミーナの指定通り、これで次の花嫁はマカナに決まった。


きっとフランス組もイギリス組も、大挙して日本へ来るからまたもや大騒ぎになるだろう、と予想した俺に逸朗が


「ちょうどいいチャンスだから私たちの式もついでにやってしまおう」


という提案をしてきたが、俺は華麗なるスルーをして事なきを得た。


…はずだ。


たぶん。


きっと。


スルーできた、はず………


勝手に計画されていたら、すぐに逃げようと、心に決めておく。


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