余談14 逸朗だって結婚したい
フランス滞在は2週間にも及んだ。
アランとミーナ夫妻は新婚旅行などする気はないようで、式が終わってから1週間は屋敷で、ミーナを自慢したいアランのための御披露目舞踏会を連日開催していた。
ヴァンヘイデン夫人を披露するのが目的のため、誰でも参加自由だったので、村の若いものたちがそれぞれ精一杯のお洒落をして毎晩踊りに来ていた。最終日には村中の人が参加して、ただの飲み会になってしまい、城の使用人だけでは仕事が回らなくなり、苦笑するマカナを筆頭に、村の女たちが手伝いに奔走したりもしていた。
ダンカンもご機嫌で、彼女のうしろを付いて回り、手伝っていたが、最後の一曲だけは!と強請り、照れるマカナをしっかりと抱きしめて踊っていた。
彼はまだヴァンパイアとは伝えてないらしく、彼女との距離を節度ある程度に留めていた。
そのせいなのか、大輔から見ていて逸朗ほどの嫉妬はしないのだな、と思ったが、ジョシュアが彼の口から漏れた独り言を耳にして、意地悪く微笑んだ。
「ウィリアム様がヴァンパイアのなかでも異質のヤキモチ妬きなのは確かですよ」
マジか、と大輔は唸ることしかできなかった。
城からすべての食料、保管されていた素晴らしい酒が綺麗さっぱりなくなった頃、ようやくお祭り騒ぎの長かった披露宴も終わりを迎えた。
結婚式に文句を垂れていた逸朗も最後は実に楽しそうに村人と呑み明かし、踊っていた。この気さくな彼が本来の姿なのかもしれない、と伴侶の意外だが、非常にしっくりくる振る舞いに大輔はさらに惚れ直した気分になって笑った。
そんな大輔も久々に女性相手に飲んだり食べたり、踊ったり、と開放感に包まれていた。
あとで逸朗からはこってりと説教を喰らったが、ごめんね、いちくん、と小首を傾げて謝るだけで、すべてを許されることに気付いてからは、あまり気にしなくなった。
ちなみにこの武器を使用する際は首を傾げることが重要だと大輔は学んでいた。
ただいちくん、と呼ぶと、あとが大変なのだが、首を傾げるだけで逸朗は固まり、脳停止することがわかった。
その間に大輔は逃げ出し、事なきを得る技を身に付けつつある。
最終手段じゃなくって、本気の必殺技になってるじゃん。
大輔はほくそ笑む。
帰国前日の夜。
連日傍に大輔がいて、甘い蜜月を送っていたことで上機嫌の逸朗が愛しい伴侶の髪を透いていたとき、唐突に蕩けるように囁いた。
「私たちの結婚式はいつにしようか?」
たっぷりの時間を使って逸朗の言葉を理解しようとした大輔はベッドに横たわっていた身体をゆっくりと持ち上げた。
「……………………………はぁ?」
それでも気の効いたセリフひとつ頭に浮かばず、聞き返すことしかできなかった。
それがさも可笑しかったように声を挙げて笑った逸朗は愛おしそうに彼の頬を指で撫で上げた。
「ヴァンパイアが結婚式なんて、頭がおかしいとか言ってたのに?!」
言いながら、突然結婚式に関する意見を変えた逸朗の心情がなんとなく理解できた大輔は彼をねめつけた。
「俺が村の子と仲良くなったのが気に入らないの?」
視線をわざとらしく彷徨わせて、逸朗は拗ねたように俯いた。
「いや、私はただ、大輔が私のものだと披露する場だとしたら式にも意味があるな、と思っただけだ」
「そんなに女の子と踊ったのがイヤなわけ?」
先程まで幸せに輝いていた瞳がふわりと伏せられ、黒く沈む。
なにか言わなければ、と思うが、逸朗の胸には渦巻く嫉妬しかなく、この場の雰囲気を好転させるような言葉が出なかった。
仕方なく、唇をきつく噛む。
逸朗の嫉妬に、大輔は豚のように鼻を鳴らして抗議する。
「それをいうなら逸朗だって、村の女の子の視線独り占めしてモテモテだったじゃん。俺が踊った数の倍は踊ってたし、少なくとも俺はあんなに身体を密着されたりはしなかったよ」
大輔も踊るには踊ったが、相手の女性のあとを考えると不安で、かなり節度ある対応をしていた自覚がある。
にもかかわらず逸朗に対する女性たちはかなり積極的に彼を誘惑しにいっていた。
あれが俺なら持ち帰る。
横目で窺いながら大輔が思うほどに落としにかかっていたのだ。
それに比べれば己の触れ合いなど戯れ事にもならない程度だ、と主張したい気分だ。
「私が望んだわけではない」
低く答える逸朗はさらに深く項垂れた。
「ヴァンパイアがモテるのはわかってるから俺は気にしないよ。マカナにくっついてたダンカンは別にして、ジョシュアもヘンリーもちゃんと可愛い子をお持ち帰りしてたもん、イケメンは得だな、て感心しちゃったよ」
ヘンリーは陽気に踊り狂っていたが、踊っているなかでも群を抜いて綺麗な女性の肩を抱いてスマートに自室に戻っていく後ろ姿を思い出して大輔は顔を歪めた。
単純に羨ましいのである。
ジョシュアも寡黙に酒を傾けていただけなのに周囲は若い女性が群がっており、そのなかでも可憐な輝きを放っていた女性と庭園に消えていったのも大輔は目撃していた。
そうでなくても参列していたヴァンパイアは等しく美しかったので、カップルで踊りに来たにもかかわらず、彼氏を放ってしまう村の女性が多かったのだ。
もちろんアランも人気だったが、なんといっても新郎である。
横には誰よりも美しく微笑む花嫁がいては手を出そうにも出しようがない。あの夫婦だけは平穏に躍りを楽しみ、酒を味わい、幸せそうな時間を過ごしていた。
「だから結婚式とか突然言われても俺はやる気ないからね」
ちょっと考えて
「ていうか、俺のこと、知らないヴァンパイア、あんまりいないんじゃない?この間の旅行で大概お披露目、終わってるよね?」
と、大輔は真面目な顔で言った。
逸朗との逃避行の際、ゴードンから緊急メールが廻り、結局レバノンで見付かってから一族のヴァンパイアが警護の名目でわらわらと集まり、ふたりを陰ながら追う異様な団体が出来上がってしまったのである。
はじめのうちは気付かなかった大輔だったが、あまりにも背が高く見目麗しい男女の団体が行く先々で眼に付いて、知らないフリをするのも大変なくらいだった。
最後まで接触はなかったが、護衛なしのお忍びではなくなり、ホッとしつつも残念なような複雑な気分で日本に帰ってきたのを思い出す。
「世界中に知らせたい」
大輔が旅行のときのヴァンパイアの団体を思い出していたら、ぽつりと逸朗が呟いた。
予想外の言葉に大輔は頬をひくひくさせる。
「世界配信でもするつもり?!」
その手があったか!と言わんばかりに瞳を輝かせ、顔を上げた逸朗に気は確かか?と大輔は肩を揺すった。
「やらないよ?そんなの観る人の気もしれないけど、いや、逸朗観たさで観るかも、だけど、俺はやらないよ?やるなら替玉、使ってよ?」
傷付いた子犬のような眼で見つめられて、大輔はくらりと眩暈を覚えた。
「いいじゃん、もう充分みんな知ってるよ。逸朗のヤキモチが凄いのも、俺が逸朗大好きだ、てのも。今更そんなこと広める必要もなくない?」
「もう一度」
俯き、拗ねた口調で逸朗が呟いた。
「え?」
「もう一度、言ってくれ」
「逸朗がヤキモチ妬き、てこと?」
「違う」
「俺が逸朗大好き、てこと?」
俯いたままの彼の口許がふわりと緩むのが見えた大輔はしたり顔で小さく頷いた。
「いつも言ってるじゃん、好きだよ、て」
途端に柔らかな雰囲気が逸朗から発される。
しかし声に甘さもなく、低く彼は文句を口にした。
「足りない」
はぁ、と諦めのような呆れたような、どちらにしろ悩み深いため息を溢して大輔は肩を落とした。
「朝から晩まで好きだ、愛してる、なんて言ってらんないよ」
「朝から朝まで、が望ましい」
「まさかの上乗せ要求?!24時間態勢の愛の告白?!」
驚き、眼を見開く伴侶にくつくつと笑い、逸朗はやっと晴れ晴れとした表情を浮かべた。
「もう、わかってるだろう?おまえの、最近磨き上げている技のせいで、私はかなり欲求不満傾向にあるんだ」
悪戯っ子のような瞳を煌めかせ、大輔の腰を抱き寄せた。そして唇を合わせる直前で止め、鼻を擦り合わせる。
上唇が触れて、そこだけが熱を持ったように熱く滾るのがわかって、大輔から我慢できずにキスをしようと彼の髪に指を絡めたが、さっと躱された。
焦れったさに吐息が漏れる。
「してほしかったら言うがいい」
意地悪く囁き、また逸朗は軽く触れるだけの距離を保つ。
ふわりと掛かる息までが大輔の身体の奥を刺激して、沸き上がる情欲に身が震えた。
これ以上、焦らされたら壊れてしまう。
大輔は気が遠くなるような欲望にのまれそうになりながら、か細く呟いた。
「お願い、いちくん」
にやりと黒い微笑みを麗しき尊顔に湛えると、逸朗は勢いよく伴侶を押し倒し、優しく愛撫をはじめた。
フランス最後の夜が静かに熱く、深く、更けていった。




