余談13 結婚式でダンカン、漢になる
大輔はそわそわとして、リビングを掃除しているマカナを眺めていた。
相談したいことがあって彼女の手の空いたときにでも、と先程からタイミングを見計らっているのだが、なにしろマカナは忙しい。
出勤してから昼前のいままで、それはもう家政婦の鑑のようによく働いていた。
ダンカンを買い物に行かせたところをみると、掃除が終わったあとはランチの準備に入るのだろう。
顎に指を当てて、声を掛け倦ねている大輔にヘンリーが背後から囁いた。
「マカナの手が空いたら教えてやるよ」
思いもよらないところからの囁きにひぃっと声にならない悲鳴を上げた大輔が勢いよく振り向くと、茶目っ気に瞳をきらきらさせたヘンリーと眼が合った。
「驚かさないでよ!」
「悪い悪い」
両手を小さく挙げて謝るが、そこに謝罪の気持ちなど微塵もない。大輔は彼をねめつけてから、手に持っている招待状をひらひら見せ付けた。
「マカナに相談したいんだ、時間が取れそうなときでいいんだけど、て伝えてくれる?」
「承知致しました、大輔さま」
美しく胸に手を当てて一礼するヘンリーに白けた視線を投げたあと、大輔は自室に戻った。
招待状は前日の昼に届いたものだ。
白地に金字の繊細な飾りの付いた、とても綺麗なもので、中にはふたりの筆跡で是非とも来てほしい、と書き連ねてあった。
村のこじんまりとした教会で、近親者のみの結婚式を執り行いたい。是非とも出席を願いたい。
アランらしいゆったりとした字にぴったりと寄り添うように
会えるのをいまから楽しみにしてるわ
と、小鳥の足跡のようなミーナの字が踊っていた。
すぐにジョシュアと相談して、1ヶ月は留守にできるように実験の調整をしたので、翌週からは恐ろしいほどのタイトなスケジュールになってしまったが、大輔はまったく気にしていなかった。
ヘンリーが騎士に戻った理由を逸朗から聞いていて、そのとき漏らすように彼が呟いた言葉がずっと気になっていたのだ。
「アランもきっと寂しいだろう」
大輔の存在がよくも悪くもヴァンパイアに影響して、その余波が彼らの感じてしまった寂寥感だとしたなら、大輔自身が解決すべきものではないか、とお節介にも考えていたのだ。
だから近いうちにアランのところへ行って様子を見なくては、と思っていた大輔だったが、逸朗のご褒美逃避行が大輔の予定よりも長かったこともあり、その時間を取れずにいた。
毎日の繰り返しのなかで、気付けば流れている月日に驚きつつ、なんとか時間を捻出しようと心に誓ったとき、この招待状が届いた。
まさに渡りに船だった。
実験の算段も付いた。
スーツなどはどうせゴードンが用意するだろう。
あと大輔にできることといえば、ヴァンパイアが結婚式なんて頭がおかしくなったのか?と首を捻っていた逸朗を連れていくことと、プレゼントだ。
アランが持っていないものはないだろうし、ヴァンパイアがなにを欲しがるのか、正直わからない大輔は従兄弟なんだから、と彼へのプレゼントは逸朗に丸投げ予定だ。
ミーナへのプレゼントならマカナに相談すれば、きっと良いものを一緒に見つけてくれるに違いない、と朝から彼女をストーキングしていたのだ。
デスクに座って日程調整の結果を手帳に書いていたとき、開けっ放しのドアをノックする音がしたので、大輔は振り向いた。
入口を塞ぐように逸朗が立っており、その指にはやはり彼宛の招待状が挟まれていた。
「大輔、アランの」
「行くよ、絶対連れてくから!」
己の結婚式ならいざ知らず、人のものに出るなんて馬鹿らしい、と招待状が届くなり、毒を吐いていた逸朗だ。
大輔は彼を参列させる使命に燃えていた。
「私は、べつに」
「逸朗も従兄弟なんだし、行くのは決定事項!」
一緒に行きたいよ、と大輔が弾むように言ったので逸朗もふわりと頬を緩めた。
「大輔が行くなら、私も行っても」
いいぞ、と続けようとした逸朗の耳に許されない言葉が入ってきた。
「そりゃ行かないと!絶対ミーナの花嫁姿は見たいし!綺麗だろうね、見逃したら損するよ!」
そのとき、逸朗の背後からひょっこりと顔だけ出したヘンリーがマカナに時間ができたようだ、と教えに来たので、大輔は慌てて立ち上がった。
すぐに行くよ、と声を掛けてから、ノートやらペンやらを用意して、部屋から出ようとしたが、逸朗が塞いだまま動かないので、通れなかった。
「逸朗、邪魔」
幾分乱暴に押すと、彼が素直に一歩下がったので、大輔はするりと抜けてマカナのところに行った。
ヘンリーも彼女と一緒にいたので、大輔はついでのように相談を始めた。
けれどヘンリーがなにを提案しても
「割れ物はダメなんだよ」
「破れるものもダメ」
「刃物なんて絶対NGだからね!」
と、すべて反対されるので、最後に破れかぶれでハンカチならどうだ!と叫んだヘンリーに大輔は眦を吊り上げて怒り出した。
「ハンカチは手巾、て語呂が悪すぎるでしょ!」
腰に手を当ててぷんぷんしている大輔をマカナは可笑しくて仕方ないというように肩を揺らして笑っていた。
日本の祝い事に関することがまったく理解できないヘンリーは呆れたように肩を竦めてからアランのプレゼントの相談をした方が得策だと思い、逸朗の部屋へ行こうとして、足を止めた。
逸朗が大輔の部屋の前で硬直したまま微動だにしていなかったのだ。ヘンリーは慌てて駆け寄り、逸朗の肩を掴んだ。
「どうした?ウィル!」
虚ろな瞳を揺らしつつ、微かな声で彼は嘆いた。
「ミーナを見たいから行くなんて…」
ヘンリーは額に手を当て、首を垂れた。
ふるりと頭を振ってから、こりゃだめだ、と呟き、一旦自室に戻るため、エレベーターに向かった。
結局難航したプレゼント選びも無事に終わり、大輔と逸朗はやっと一息ついた。
アランには以前から預かっていた宝石を逸朗がデザインして、ピアスとリングに加工したものを渡すことになった。
それは見事なエメラルドで、ある日突然原石をぽいっとアランが渡したそうだ。
何かのときに使ってくれ、俺にはもう必要ない、と呟いて。
ナタリーに加工するつもりだったのかもしれない、と考えた逸朗はアランに伴侶が現れたときのために大切に保管していたらしい。
それを聞いて大輔はやっぱり俺の逸朗は良い男だ、と惚れ直した気分だった。
ミーナにはグリム童話集の初版本をプレゼントにした。
女性と見るや、話すためならなんでも質問していたダンカンが以前、彼女から
「姉さんが欲しがってたのよね、いつか手に入れたい、て思ってるけど、難しいもんね」
と、寂しそうに話していたのを覚えていたのだ。
そのことを話したダンカンをマカナはとても誇らしげに誉めていて、彼は無表情で照れていた。耳が真っ赤だった。
どうにか手に入らないかと逸朗に聞いたら、あっさりと上の図書室にある、と言われ、譲ってもらうことになった。
もちろんタダで譲るような逸朗ではないので、大輔は一晩のご奉仕を余儀なくされてへろへろになったが、ミーナの喜ぶ顔を思い浮かべれば、なんでもないことでもあった。
こうして準備万端で大輔ご一行は無事にふたりの結婚式に出席することができた。
小さな教会の鐘が高らかに鳴り響き、晴れ渡った青空に余韻を残しつつ吸い込まれていく。
天井から薔薇の花弁がひらひらと舞い、繊細な旋律を奏でるヴァイオリンの音色と共に入場してきたアランとミーナはこの世のものとは信じられないほど神々しく美しくかった。
その場の誰もが感嘆のため息を漏らす。
浅黒の肌との対比も美しい真っ白なモーニングを着たアランの胸元には鮮やかな朱に染め上げられたシルクのハンカチーフ。
なにものにも染められていない純白のウェディングドレスを着たミーナの胸元にはエメラルドと翡翠でできた、見事な細工のネックレス。
ミーナの赤毛とアランのグリーンアイを象徴したアイテムにやはり参列していた女性たちから羨ましそうな声が上がった。
見目も麗しい新郎新婦が誓いの口づけを交わすときには、多くの参列者から言葉もなく、ただただ吐息が溢れた。
あまりにも現実離れした優美さに己がどこにいるのかすら、わからなくなるようだった。
神から夫婦と認められ、互いに指輪を交換したあとミーナは新婦らしからぬ笑いを浮かべた。
にやりと口を歪めた彼女はブライドメイドから受け取ったブーケを高く掲げてみせた。
一斉に参列していた女性陣が色めき立ったが、両手を挙げて掲げたまま、彼女は壇上から降りると静々と歩いてマカナの前に立った。
そしてチャーミングにもウインクすると参列者を見回した。
「私の次の花嫁はマカナを指定するわ」
高らかに歌い上げるように言って、クラシカルローズだけで作られたブーケを手渡したのだ。
突然のことに顔面蒼白になっているマカナは茫然としている。
誰もが言葉を失うなか、今度はアランが動き、ダンカンの背中を押してマカナの前に押し出した。
「え、なんすか、わけわかんないんすけど!」
小声で抗議するダンカンを尻目にアランが朗らかに宣言したのだ。
「私の愛しいミーナがマカナを次の花嫁に決めた。花嫁には花婿が必要だろう。誰か名乗り出るものはないか!」
それに反応したものたちが幾人かあり、ちらほらと手が挙がる。
大輔はことの成り行きにやっと思考が追い付き、楽しくなってきていたので、自分も候補に入るために元気よく手を挙げた。
それに驚いたのはヘンリーたちだったが、彼の横に立つ伴侶は意外にも余裕の微笑みを浮かべているだけだった。
すると真っ先に手を挙げていたシモンがするすると参列者を避けて前に進み出てきた。
「マドモアゼル・マカナ、はじめて貴女を出迎えたときから運命を感じておりました。貴女が花嫁となるなら是非とも栄誉ある花婿にはわたくしをお選びください」
素晴らしい一礼をしてから、彼は魅力的な笑顔でマカナを籠絡する。それに続こうと大輔が一歩足を踏み出したときだった。
「シモン、すまない」
渋い声がしたかと思ったら、マカナの腕が引かれ、彼女は抱きしめられた。そして間髪おかずにダンカンが躊躇うことなく彼女の唇を奪ったのだ。彼女の胸元で挟まれたブーケが潰れて周囲に芳しい香りを放ったが、マカナはそれどころではなかった。
あまりのことに眼を白黒させて、ただダンカンの唇を受けるしかできない。
やっと顔を離した彼は、その場で跪いた。
そして彼女の手を取り、真っ直ぐに熱い視線を注ぐ。
「マカナ、俺はハワイで会ったときから伴侶はあなただとわかったんだ。まったく相手にされてないこともわかってたけど、もう我慢はしない。誰にも渡したくもない。俺の伴侶として生きて欲しい」
静寂が彼らを包み込み、耳が痛いほどだった。
呆気に取られていたマカナの頬を幾粒かの涙が伝い、唇が引き結ばれた。眉根が寄せられ、瞳が伏せられる。
どうなるのか、大輔が緊張にこくりと喉を鳴らしたとき、マカナはほんの少しだけだったが、確かに微かに頷いた。
一斉に教会を揺らすほどの歓声が上がった。
その音の大波に我に返ったマカナが歓喜に常に見たこともないような晴れやかな笑顔で自分を抱き上げているダンカンに気付き、慌てたように暴れたが、彼は容赦なく熱く深いキスで黙らせた。
さらに歓声が高まり、主役のふたりすらも飲み込んでいく。
眼前に繰り広げられる光景に大輔も逸朗も心が動かされるほど感動していた。
そしてどちらともなく、囁いた。
「マカナって、ヴァンパイアのこと、わかってるのかな?」
幸いなことに微かな囁きは周囲の祝意にかき消され、彼らの耳にしか届きはしなかった。
まだまだ前途多難だね、思った大輔はほそりと小さく嘆息した。




