余談10 マカナ 気付く?
最近の私は少しおかしいです。
それを言うなら、私の周りがすでにおかしい人たちに囲まれているので、仕方のないことなのかもしれません。
ホノルルの別荘で破格の契約金で短期の家政婦を探している、と斡旋屋にこそりと教えられて、雇われたことから、平凡だったはずの私の運命が数奇なものへと変わったのです。
ホノルルの別荘では大変お美しい男性ばかりの中で、親しみの湧く大輔さまにお会いして、私はやっと一息がつけるような有り様でした。
そのうち、それぞれの関係を察するようになり、どうやら私の雇われた先は非常に珍しいお宅らしいと感じるようになりました。
逸朗さまと大輔さまは大変仲睦まじく、少々私には刺激が強すぎる気もしますが、勘違いでなくお付き合いされているとわかりました。
アラン様とヘンリー様はどうやらそういった関係ではないらしく、親子のようなものだと理解しました。
ゴードン様は執事とのことで、私の直属の上司にあたるそうです。
茂さまと小百合さまはご夫婦らしいと推察しましたが、どうやら結婚はされてないようです。
ちなみに大輔さまが茂さん、と呼ばれるので私も茂さま、とお呼びしておりましたが、その度に微妙な空気が流れますので、本当は違うお名前なのではないかと、未だに疑っております。
逸朗さまが大変大きな組織をお持ちで、そのために大輔さまに護衛が付いていると説明を受けましたので、ダンカンさんとジョシュアさんとはすぐに打ち解けることができました。
いかにお二人ともがお美しくあろうとも、同じ使用人仲間でございますから、気を許しやすかったのです。
とくにダンカンさんは私のようなおばさんにも大変優しくしてくださり、レディとして徹底して扱ってくださるので、とても紳士だと思っております。
さすがはイギリスの方だと、感心頻りです。
ジョシュアさんは大輔さま以外にあまり興味はないようで、しかも逸朗さまに対して使用人とは思えない態度を取られることもありますので、私は実は彼も大輔さまを慕っているのではないか、と懸念しております。
逸朗さまの嫉妬ぶか、いえ、愛情の深さを考えると、ジョシュアさんの想いは非常に不味いと思うのです。
ゴードン様から日本へ一緒に行って欲しい、と請われたときは、少しだけ悩みました。
ホノルルには娘もおりましたし、この年で慣れた地を離れるのも勇気が要りました。
けれど大輔さまがこの一風変わった方たちに囲まれて生活をされるかと思うと、娘よりも彼のことが心配になり、一度は行きたい国だったこともあって、私は日本での仕事を引き受けることにしました。
もちろん目玉が飛び出るかと思うほどの契約金とお給料も魅力でしたが。
実際、こちらへ来て私は良かったと心の底から安堵しました。
逸朗さまの過剰な干渉に堪えかねた大輔さまがフランスへと逃げられたのも、仕方のないことだと私は思いました。
息子を育て上げた私ですから、男がなにかをするのに一々許可を得るような環境はダメだと思うのです。
けれど大輔さまは一族のなかのひとつの重要な環として逸朗さまと生きていくことに決めたようでした。
私は息子のように思っている大輔さまのため、美味しい珈琲を淹れることしかできませんが、彼がそのように決めたのなら応援したいと考えています。
そんな私なのですが、ここ最近、どうも落ち着かないのです。
思い起こせば、珍しく大輔さまが声を荒げて逸朗さまと言い争っていた日から、私はおかしいのです。
あの日は逸朗さまのお仕事がお休みでした。
大輔さまはいま研究されている実験が佳境に入っている段階らしく、ジョシュアさんとふたりで額を寄せあってご相談されることが多くなっておりましたので、逸朗さまは急遽休みにされたのです。
ゴードン様が眉根と額を皺だらけにして憤慨されておりましたので、それとわかっただけですが。
その日も研究室に籠るから、と前日から言われておりましたので、私は朝からたっぷりの朝食とジョシュアさんの分も含めたランチボックスを用意していました。
そこへ大輔さまのお部屋から怒鳴る声がしたのです。
滅多に、というか、悲鳴は聞いても怒鳴ることのない大輔さまの荒々しい物言いでしたから、私も驚いて手を止めました。
心配にもなって、そっとキッチンから覗きましたら、部屋の前にはダンカンさんが立っていました。
ドアはきちんと閉められたまま。
視線が合って、ダンカンさんは困ったように、でも心配は要らない、と微かに笑ってくれました。
その間もはっきりとは聞こえないまでも大輔さまの激昂した声が続いておりました。
「ジョシュアさんは?」
恐る恐る伺った私に、ダンカンさんは人差し指を口許に当ててから、その指先を部屋へと向けましたので、静にして欲しいこと、そしてジョシュアさんが中にいることがわかりました。
できることもなさそうなので、食事の用意を再開しようかと手元に向き直ったときでした。
部屋のなかから大きな音がしたかと思ったら、すごい勢いでドアが開きました。
あまりの音に私は驚き、キッチンから部屋のほうに走り出しました。これがいけなかったのです。
飛び出してきた大輔さまと私は鉢合わせになって、ころりと転びそうになったんです。
あ、腰を打ったら仕事ができないな、とか、これで怪我をしたら大輔さまがご自身を責められてしまうな、など意外と冷静に思考が動きましたが、次の瞬間、床に打ち付けるどころか、ふわりと身体が浮いたんです。
ぶつかった大輔さまの申し訳なさそうな顔から、なぜか歓喜の色が表れ、その後に続くように部屋から出てきたジョシュアさんは驚嘆に丸くしていた眼がにやつくように弧を描きました。
そしておふたりともさっきまでの荒れた感情からは考えられないくらい穏やかな笑顔を私に向けて去っていきました。
去り際に
「さすがダンカンだね。それでこそ紳士!」
と、茶化すように大輔さまが溢していかれて、はじめて私はダンカンさんに抱きあげられてるとわかったんです。
「すみません、重たいでしょ!」
慌てて降りようとした私をぎゅっと強く抱きしめ、すぐに彼は優しく丁寧に下ろしてくださいました。
「重さなんて、感じません」
低く呟いた彼を見れば、ふいと顔を背けていました。
心なしか、耳がほんのりと赤い気がしましたので、本当はすごく力を使ったのだろう、と思いました。
こんなときでさえ、女性に対して優しいのだと私は感動すらしました。
「助かりました。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、すぐに私は逸朗さまのところへと行こうとしましたが、ダンカンさんに腕を取られました。
驚いて彼の顔を見上げれば、小さく首をふるりと振ったので、傍には行かないほうがいいのだと理解しました。
仕方ないのでキッチンに戻り、あとでランチボックスを届けて貰おうと考えました。
それ以来、私は息子ほども歳の離れたダンカンさんの、あの僅かな間、強く抱きしめられたことが身体に残って、ついぞ意識していなかった心の奥が疼くように落ち着かなくなりました。
彼はいまも変わらず、私の傍で飄々とした態度で、とても凛々しく護衛をしておられます。
大輔さまがいらっしゃらないときは…
いらっしゃるときはもちろん大輔さまから眼を離しません。
それはとても大事なことなのですが、なぜか私はほんの少しだけ淋しい気がするのです。
ときどき視線が合うと、はにかむように笑顔をうっすら浮かべられるダンカンさんにどきどきと心臓が早鐘を打つようにもなりました。
私の作った食事を口にして、美味しい、と頬を緩める彼の美しさに息が止まるかと思うこともあります。
然り気無く荷物を持ってくれたときには、その腕に私の腕を絡めたい衝動にかられるときもあります。
彼が同じ空間にいるだけで、落ち着かない気分になり、いないと思うと堪えられないほどの虚無感に襲われます。
まるで恋をしている少女のようだわ。
そんなことを考えて、また心臓が壊れるようにどくどくしています。
ちらりと精悍な顔を横目で窺い、私は紅潮した頬を両手で隠しました。
やっぱり、私はダンカンさんを好きなのかもしれないわ。
息子ほども歳が違うのに、これは絶対に秘密にして、この気持ちにサヨナラしなくちゃいけないわ。
けれど私の眼は無意識に彼を追ってしまうのです。
本当におかしいのです。
彼がこの気持ちを知ったら、きっと嫌がるわ。
そう思うと、私は居たたまれない気分になります。
こんな私がちゃんと大輔さまのお世話をできるのかしら、と目下悩みの種なのでございます。
そろそろ気付いてあげて欲しくて書きました。
ふたりのこれからが幸せで彩られますように、祈りつつ、終わります。
出来ればヘンリーの話も書きたいです。
もう少しお付き合いください。
いつも最後まで読んでくださり、ありがとうございます。




