二年前の秘密は誰にも言えない
当麻の母は父の妹となるが、職業が看護師ということで母と同じ職場の同僚であり後輩となり、実は両親の離婚後も付き合いは深く続いている。
きっと父と叔母よりも、母と叔母の方が仲が良いかもしれない。
割を食うのは娘だけど。
そう、当麻のお迎えや母親が夜勤の時の見守りは、従姉の私、ということになっているのである。
当麻が大人しい子で良かったとナオ君と彼の方を見返して、彼等がこたつに潜った姿で眠っていたことを知った。
「こたつで寝たら風邪を引くよ。」
最初は二人きりじゃないことに思う所があったが、考えてみれば、なんだかナオ君と結婚したらこんな感じを経験しているみたいで、意外と当麻の存在が許せていたりもする。
いや、当麻の母親が今日は遅くなるという事だから、私はそれまでナオ君の家でゴロゴロ出来るという事なのだ。
ありがとう、当麻。
お姉ちゃんは可愛がってあげるよ!
「ただいま。」
私は目から殺人光線が出ると良いなと思いながら、当り前のようにして玄関に入って来た邪魔者に対して睨みつけた。
いかにも柔道をやっていましたと言う風情の、無駄にデカい筋肉質の男は、小娘である私の眼つきに物凄い勢いで怯んだ。
「なつき。」
「起きるでしょう。当麻君が!」
ナオ君の寝顔だってまだスマホで撮って無いのよ!
私は急いでスマホを掲げたが、ナオ君は既に起きて私達にぼんやりとした顔を向けていた。
カシャリ。
寝ぼけ眼のこんな顔も可愛いから。
ああ、三十代男に可愛いなんて思う日が来るなんて!
いえ、二年前の彼が三十代じゃ無かった(おそらく)時も、可愛いって思った。
――お嬢ちゃん達、ここは危ないよ。
私に掛けられたものじゃなかった。
組事務所と噂の会ったそこを警察が押収している最中に、事務所から出て来た派手なシャツを着たサングラスの男が、私と同じように野次馬していた女の子の集団に声をかけたのである。
卵型の輪郭のなかにある彫りが深くてくっきりした二重は大きく、まるで芸能人みたいだなと私は彼の顔立ちにほやっとなった。
けれど、光沢だけじゃなくスカーフみたいな模様もある悪趣味なシャツにジーンズ、そして、サングラスをヘアバンドみたいに頭に乗せ、右わきには競馬の新聞を挟んでいる。
私はその時、彼が父の相棒刑事ではなく、組事務所の下っ端チンピラとしか認識できなかった。
彼に声を掛けられた女子高生たちもそうだろう。
それでも彼女達は、怖いというきゃあではなく、カッコいい人に声を掛けられて嬉しいのきゃあをあげていた。
「あの、何があったのですか?」
「内緒。でもね、危ないから。君達が怪我したらお兄さんが怒られちゃう。」
「怒られちゃうんですか?」
「そう。中におっかないゴリラがいるからね。」
「てめえ!何をナンパしてんだよ!この酔っ払いが!」
「わお!ゴリラ到来!」
私の目の前で彼は彼がゴリラと呼んだ私の父に首根っこを掴まれ、そのまま引き摺られるようにして連れ去られ、奥に止めてあったパトカーに投げ込まれた。
投げ込まれる時、父に蹴りを足に入れられていた所も見た。
「うわ、さいてぃ。あのひと何もしてなかったのに!」
「格好いいからひがんじゃったんじゃん?」
カッコイイチンピラが消えれば女子高生たちは興味を失ったという風にぞろぞろと消え去り、私の目は肩を怒らせながら現場へと戻っていく父の姿を憎しみを込めて追っていた。
彼が犯罪者なのはわかっている。
父が正しい事をしているのもわかっている。
でも、心に生まれたもやもやなどうしようもない感情は、あの日の私は父にぶつけるしか無かったのである。
可哀想なお父さん。
今目の前にある父の顔も、あの日以降に私に理不尽に攻撃された時と同じ顔つきと表情をしている。
「お父さん。夜はすき焼きにするつもりだったの。お父さんがお風呂に入っている間にお父さんの分のお肉も買い足してくるからお金ちょうだい。」
父は嬉しそうに笑った。
「一緒に行こうか?外はもう真っ暗だ。」
「疲れてるんでしょう。」
「なつきとスーパーに行くぐらい平気だよ。」