事件の話という回想
「あんな格好までして下さって、ありがとうございました。」
真面目過ぎる青年、芦田達樹は、俺に深々と頭を下げた。
この数週間ほど彼を巻き込んで、街で高校生をターゲットにしていた違法薬物販売の捜査に協力させていたのだ。
殆どは彼が半グレの売人と取引するきっかけについての聞き込みになるが、彼の話した事は俺どまりということになっている。
つまり、達樹の証言など情報屋扱いにして、裁判所での証言者にはならないどころか、彼のファイルを警察に作らないって事だ。
万引きの濡れ衣や塾帰りの子に夜遊びの言いがかりをつけて補導して、それっぽい書類を書かせて写真も撮る。
書かされた書類の存在に脅えている所に、半グレが突如現れ、書類を理由に脅されて無理矢理に薬を売りつけられるという流れだ。
金が出せ無くなれば、女の子には売春の斡旋もあっただろう。
こんな糞みたいなやつらによる単なる恐喝被害者だったのだから、彼が反省すべきこともないし、いや、反省すべきか、なんだかんだで薬を飲んでしまったのだから。
しかし彼はまじめすぎだ。
母親に全てを話してしまったのである。
そこで俺が上記の扱いをしている事を彼の母親に伝える事になり、すると、母親は俺を達樹の兄か何かのように扱うようになった。
今日だって、晩御飯は食べて行ってね、だ。
佐和子さん、刑事も公務員だって知っている?
まあ、達樹君のお友達として来訪しているだけだから、ありがたく喰うけどね。
「俺が鰆の西京焼きが好きだって、お前が佐和子さんに教えたの?」
「え?」
俺は俺よりも背が高いが、今は後頭部しか見えないぐらいに頭を下げている彼の頭を、彼のベッドに腰かけた格好のままパシッと叩いた。
「お前が礼を言う必要なんかねえよ。俺はイメクラは好きだし、あの格好は上司の嫌がらせでお前の為じゃないしな。ハハ、嵌りすぎてまだ十代でも行けるのかと、自分でも怖いぐらいだったぞ。」
「女子が騒いでいましたよ。誰君なんだろうって。おかげで俺への注目が無くなって、ええ、病院に検査に行く事が出来ました。」
「そうか。一度か二度程度だったら、薬害は無かっただろ?」
達樹はせつなそうな笑顔を俺に向けた。
「あったのか?」
「いえ、何もなくて。でも、何もなくて事件も終わったのなら、俺はもう加賀美さんに会えないのですよね。」
ベッド脇にしゃがみ込んで可愛い事を言う男の頭をさらっと撫で、頭がいいのに抜け作な男に見落としている事を教えてやった。
「友達としてこの家に来てんだろ。佐和子さんの飯、もう少し喰わせてくれ。」
達樹は顔を上げて、嬉しそうにフフっと笑った。
目尻には少しだけ涙も光る。
「俺、加賀美さんが好きです。今村さんがあなたを想い続けていた気持ち、ええ、わかります。」
あれ、あいつとは達樹の身体を乗っ取ったあの日が初遭遇じゃなかったっけ?
え?会っていたことがある?
「こたつで寝たら風邪を引くよ。」
え?
なつきの声?